第299話 魔女の黒歴史
ぽた…ぽた…と断続的にこぼれた血がカーペットに染みこんでいく。
鮮やかな赤色のそれはカーペットを黒く黒く染めていく。
「リフィルもういいから!」
「ううん…もう少し…なの…」
「おねえちゃん…」
血を流していたのはリフィルで鼻や耳…目から少しずつだが出血していた。
しかしそれを拭うこともせずに目を見開き、焦点のあっていない瞳でどこかを見つめ続ける。
「お二人とも少し離れてください」
リフィルを止めようとするマオと心配そうにその手を握るアマリリスを退かせてアルスがリフィルの肩に手を置いた。
すると途端にアルスの眼球がぐるんと回転し、白目をむくと盛大に吐血して倒れた。
数秒ほどで起き上がりはするがまた同じことを繰り返し、部屋はどんどん赤黒く汚れていく。
リフィルはリリを探していた。
アマリリス以外は知らない事であったがリフィルには知り合いの現在地を見通すことができる能力がある。
本来ならもっと活用の幅は大きいはずの能力で、ありとあらゆる存在の現在地を確認することができるはずなのだがリフィルは自らの内側に置いている以外の存在は等しく価値のない塵芥なので個を認識することができないのだ。
しかしそれが大好きな母親であるリリとなると探せないはずは無い…はずなのだがどういうわけかリリの存在を感じることができなかった。
アルスはそれを先ほど戦闘した人形兵やリリが囚われた事からおそらくマナギスは何らかの神に対する優位性を持っていることを予想し、それを伝えたところリフィルが虚空を見つめながら出血を始めたのだ。
リフィルは今、世界を見ていた。
気持ち悪く、大嫌いな、吐き気を催すほど腐ったようにしか見えない世界を。
神の力が及ばないのなら…「リフィルの力で見えない場所にリリがいるはず」だと。
だがそれは邪神と言えども幼い少女には負担の大きすぎる行為だ。
負担に耐えられず身体中が悲鳴をあげる。
それと同時に嫌いな物を見つめ続けるという精神的な不安がさらにリフィルを追い詰める。
だが決してリフィルは「見る」ことをやめない。
それだけリリがリフィルの中で数少ない大切な存在だから。
その身体にかかっている負荷はそれを肩代わりしているアルスの惨状から途方もない物であることが計り知れた。
「リフィル!もういいから!あなたは頑張ってくれた、あとはママが探してくるから!だからお願いもうやめて!」
マオが悲鳴にも近い叫びをあげてリフィルを止める。
「もう少しなの…もうす、こし…」
一瞬だけリフィルの身体が揺れたかと思うと…その身体がゆっくりと崩れ落ちた。
「おねえちゃん!!!!」
────────────
一方マナギスは両手を床について項垂れていた。
その前方には「五体満足」で磔にされているリリがいて、マナギスの事を見下ろしている。
「全然解体できない!!!!」
「どんまい~」
この数時間ほどマナギスはありとあらゆる手段を試した。
人形を解体するための器具を全て使いリリの腕を、脚を首を切り取ろうとしたにもかかわらずその身体には傷一つつけることができなかった。
サンプルを採取しなくてはいけないというのに何をやっても破壊することができない現状にマナギスは絶望し、リリは自分の身体の頑丈さに驚愕した。
「くそう!こうなれば最終手段だ!」
パチンと指が鳴ると同時にやけに体躯の大きな人形が二体現れ、リリの腕の拘束を外し両側から外に向かって引っ張り出す。
力で外そうとしているようだが、これはまずいかもしれないとリリは思った。
以前リフィルがいとも簡単に自分の腕を取り外したことがあったのでこれは持っていかれたかぁ~…といまいち緊張感のない危機感を覚えていたが…。
「外れない!!!」
リリの腕はそれでもびくともせず、マナギスは再び項垂れる。
「ありゃ…?」
リフィルは何でもないかのように外していたのになぜ?まぁいいかとリリは深く考えなかった。
だがマナギスはどうしても諦めきれず、うんうんと頭を悩ませたがいい方法は浮かばず…残念そうに顔を曇らせてリリの長い髪に手を伸ばし一本だけ手に取った。
「リリちゃんの言う通り髪一本でいいよもう…」
「ういうい」
しかしどれだけ引っ張ろうとも髪の一本さえ抜けることは無かった。
「…」
「どんまい~そんな日もあるよ。でも意外だねぇ~…私の惟神を破った割にはここまで手も足も出せないなんて」
「そうなんだよねぇ…リリちゃんの身体は神様由来じゃないのかなぁ…どうしたものか」
「神様由来?もしかして神様に対して強いの?マナギスさんって」
問われたマナギスは落ち込むような、恥ずかしがっているような微妙な顔をしてリリから目を反らした。
「なに?その反応」
「いやぁ…何というか…あ、じゃあ私の話をしてあげるからリリちゃんの事も教えてよ。交換条件」
「いいよ~」
勿論約束を守るつもりなんてなかったがリリは要求を飲んだ。
マナギスとしても約束を守ってくれれば情報を得られるし、無理でもリリの魔力が回復した後で話させればいいのだし特にデメリットは無いと話を始めた。
あまりにもリリの身体が無敵なので藁にも縋る想いだったのだ。
「実はねぇ…これ黒歴史と言ってもいいのだけどさ…」
「うん」
「あ~…恥ずかしい…その…実は君たちが使っている「惟神」って私が作ったものなんだよねぇ…」
頬を赤く染めてマナギスはそう言った。
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