第296話 気まずい二人

 屋敷に残ったマオとメイラは子供たちが部屋から出てこないのもあり、二人でお茶を楽しんでいた。

リリはこの二人がどういう会話をするのか想像できないと思っていたが、実はこの二人は仲があまりよろしくない。


「…」

「…」


無言でマオがお茶を飲み、メイラはメイドとして部屋の扉の横で目を伏せて控えている。

そこに会話はなく、ある種の気まずい空気が流れていると言ってもいい。


二人がこうなってしまったのは理由があり、それはマオの…過去のマオのめんどくささが原因だ。


当時、まだ出会って日の浅かったリリとマオ…その時はマオは今ほどリリに依存してはいなかったが、ようやく現れた自分の居場所になってくれるかもしれないリリにそこはかとない独占欲と執着心が生まれ始めていた時期であり、そんなときにリリが連れてきてしまったメイラに敵対心までは持っていなかったものの嫉妬のような感情を抱き、いい感情は持っていなかった。


そして宿屋の娘という経歴を持つメイラはマオから自分に向けられた感情を理解しており、必要以上には関わらないようにしていた。

そんな二人の微妙な関係は色々と落ち着いたはずの今でも尾を引いており、現在の微妙な空気感の構築という結果に落ち着いてしまっていた。


マオは余裕のなかった当時を振り返り、メイラには悪い事をしたと思いながらも関係の再構築をするタイミングがなく悶々としており、メイラのほうも自ら歩み寄っていい物かと足踏みをしてしまっているためいつまでたっても関係性は変わらず…それでもここまでやってこれたのはリリが基本的にはマオと一緒にいるためにリリがうまく緩衝材の役割を果たしていたために気まずい空気にならなかったのと、子育ての慌ただしさやリリと同じように子供たちもほとんどの時間をマオと過ごしていたため二人っきりになるというシーンがほぼ無かったから。


(このままじゃダメだよね…リリはともかく、子供たちは最近は以前ほど私にべったりってわけじゃないし…あの子たちをだしにしてるみたいでいい気はしない…後悔は残したくないし頑張らないとね)


今がのんびりしている状況でないことは理解しているが、マオは自分がいつ死んでもいいように後悔を残したくはなかった。


創られた命はどれくらいの寿命があるのか分からない、たくさんの命を奪った自分は今この瞬間に地獄に落ちるかもしれない。


だから今この時を精一杯に。

パチンと軽く頬を叩き、マオは身体をメイラのほうに向ける。


「メイラさん」

「あ、はい。お代わりお持ちしますか?」


「いや、えっと…そうじゃなくて…」

「?」


ちょっとだけ勇気をだし声をかけて見たものの、やはりどう話してよいかわからない。

気まずいとはまさにこのことだと、自らのコミュ力の無さを呪いながらマオは手元のティーセットに視線を落とし…閃いた。


「メイラさんこっちに来て座らない?」

「え…」


「ほら私お茶いれるのが趣味だからさ…本職?のメイラさんにちょっと味見してほしくて」


自分とメイラの微かな線でつながった共通点。

互いにお茶を入れるのが趣味な事。


正確に言うのならばマオは料理が好きで、メイラは誰かに尽くすという行為が好きなのだが…そこにお茶を煎れるという行為が入るためにマオはそこに光明を見出した。


「いえ、しかし…」

「遠慮しないで、私がお願いしてる立場なんだから。それにあなたの部下の悪魔さん達は休憩中とかよく私のお茶を飲んでるよ?」


本当は仕事中にも来ているが、さすがにそこは黙った。


「あの悪魔どもめ…」


マオの気づかい虚しく、休憩中の悪魔たちの動向を把握しているメイラはサボりに気づいてしまった。

更には仕えるべき主人になんの遠慮もなく茶を煎れさせるという行為にメイラの顔には圧倒的な怒りが浮かんでいた。


ここでは関係のない話だが、後日屋敷の裏庭で頭を地面に突き刺すようにして埋められた悪魔たちの姿が目撃されたそうな。


「まぁまぁ。とりあえずほら、座ってよ」

「…では失礼します」


おずおずとメイラはマオの向かい側に緊張した様子でちょこんと座る。

マオもギクシャクとした様子で立ち上がり、お茶の準備を始め、やけに硬い空気の中で二人だけのお茶会が開かれた。


「どうぞ…」

「あ、ありがとうございます…いただきます…」


鮮やかな、見ようによっては血にも見える真っ赤な紅茶をメイラが受け取り…そこでお互いに気が付いた。


メイラが普通の食事では味を感じられない体質だという事に。

マオはともかくメイラ本人でさえも緊張のあまり忘れてしまっていた。

それでもせっかくだからと紅茶を飲もうとした手をマオが掴んで止めて、再び気まずい空気が流れる。


「…ごめんなさい」

「いえ…私も失念していました…」


「…」

「…」


ただただ無言。

もはやどうすることもできないほどに沈殿した空気を感じながら、なんとか打開しようとどちらからともなく口を開こうとしたその時、勢いよく部屋のドアが開かれリフィルとアマリリスが泣きながらマオに飛びついた。


「二人とも…?どうしたの」

「大変なのママ!リリちゃんが!りりちゃんがぁ…!」

「うぇええええええええええええん!」


「リリ?リリがどうしたの?」


マオは二人もあやそうとするが泣きじゃくる二人はうまく話すことができずにいる。

だが、そこに状況を説明できる者が現れた。


「魔王さん」

「え、アーちゃんさん?それにクチナシも…なにか…あったんですか?」


嫌な予感を感じ、マオはつばを飲み込む。

そして…リリがさらわれたことを告げられた。

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