第294話 会議
フォスが受け取った魔法により離れた人物と会話できる魔道具を起動すると辺りがほんのりと薄暗くなり、複数の半透明の窓のようなものが展開された。
窓の一つ一つには人の顔が移りこんでおり、それがフォスのように各国で魔道具を起動している国の代表たちであった。
「ん…?君は見ない顔だな?」
「は、裸じゃないか!?」
「いたずらか?おい、それはお前のような女が使っていいようなものでは──」
フォスは皇帝時代に会議に参加することは無かったが、ここに映っているほぼ全員に見覚えがあったが彼らからすれば見知らぬ裸の(ぎりぎり胸元まで移っているので大事なところまでは映っていない)美女が国家間会議に参加してきたのだから当然の反応と言えた。
それを心底面倒に思いながらフォスは後ろに控えている住民に椅子を要求した。
「おい、はやく代表に変わって…」
「はぁ…我が即席だがこの国の代表だ。騒がなくていいから話を進めてくれ」
「そういうわけにはいかない。ここでは気密性の高い話も行われる故に素性も分からぬものを会議に参加させることなどできない」
「民の同意は得ている。早く話しを進めろ」
魔道具の向こうの彼らには見えていないがフォスの足は貧乏ゆすりを始めており、少しイラついているのが住民たちには見てとれた。
「いいやならん!そちらの国は王族や立場ある者が皆死亡していると報告を受けている!ならば貴様は誰だ!素性をまずは明かせ!平民などと言うのならそれ相応の…」
「はぁ…なぁお前ら。その様子だとこの国の現状を知っているはずだな?それが分かって通信を繋いだんだろう?条約やなんやで誘わないという選択肢はないのだろうが…なんだ?もしかしてこれから何もわからないやつが出て来るであろう「うちの国」にめんどくさい事を押し付けてやろうとでもしたか?それを国際問題にでもして蹴落とそうって魂胆か?ん?この状況でそんな小物じみたことしてるからお前らはダメなんだよ」
あまりにも歯に衣着せぬ物言いに、何人かの代表は顔を真っ赤にして怒りをあらわにしたがフォスが表情を消し、鋭い瞳で睨みつけるとビクッと震えぼそぼそと悪態をつく。
フォスは様々な事柄が重なった結果イラつきが最高潮に達しかけており、頭の中で血管が切れるような音を聞いたと同時に苛立たし気に言い放った。
「我は今は亡き帝国皇帝の一人娘だ。当時すでに政務等も担当していた。つまりあんたらが腰を折ってペコペコ無様晒していた国の責任者だったもんだよ。今はこの国に協力している、そういうことだ理解したのならさっさと進めろ」
各国の代表たちは一斉に騒めきだすが、簡単に信用できるはずもなく怒声を飛ばしてくる者もいた。
「ジラウド!!騎士を何人かつれてこい!」
「はっ!陛下!!!!総員集合ーーーー!!!!!」
フォスは魔道具を操作し、投影している位置を変更し背後を映す。
そこにずらっと統制のとれた姿で並ぶ帝国騎士達を見て、先ほどまで騒いでいた者たちも驚きの表情で固まる。
「我の姿を見たことは無くても、こいつらに見覚えがある者はいるだろう?もう一度だけ言うぞ、分かったのならさっさと話を進めろ。こんなことでギャーギャー言っている場合じゃないだろうが今は」
しかしそれからフォスを抜きにして小一時間にわたる会議が別で行われ、フォスの代表としての参加が認められ再開したのは三時間ほど経った後であった。
しかしようやく始まった会議も有益なものとは言い難く…自国の被害がどうこうなので支援をしてくれ、そちらの国は物資が~など、どこの国も主張は同じで…。
つまりは「自分の国が一番被害が大きいからこちらからは一切の支援は出来ないが、そちらは助けてくれ」と何重ものオブラートに包んで言い合っている。
「はぁ…」
あまりにもくだらない会議にフォスは無意識にため息を吐く。
それと同時に「流れ星」がどれだけ広範囲に墜ちたのかを知って頭を痛める。
リリの話を鵜吞みにするのなら…悪いのは果たしてリリなのかマナギスなのか。
これから自分はどう動くべきなのかと考えるだけで憂鬱になり、全身が重くなる。
「すぅ~、はぁ~~~…」
フォス史上最大級の…もはや深呼吸なのではないかと言わんばかりのため息が口をついた。
(これなら呪いを抱えたままで皇帝やっていた方が楽だった気がするなぁ…)
リリを見つける前の暮らしを遥か遠くの出来事のように感じながら、すでに会議の内容など聞いていない。
(なぜ時間が経つたびにめんどくさい事ばかり増えるのか…もういい、全部終わったら何もかも投げ出して引きこもろう。アルスの奴に隠れ家の一つでも吐かせてひたすら怠惰に過ごそう…飯食ってあのデカ乳でエロいことして寝よう…それがいい)
これからどうするかではなく、全てが終わった後の怠惰な生活を夢見つつ遠い目をするフォスは無意識のうちにその未来計画にアルスを組み込んでいることに気づいていなかった。
「───!!────い!」
「はぁ…」
「聞いているのか!」
「うおっ」
耳障りな怒声でフォスは妄想の世界から一気に現実に引き戻された。
魔道具に映し出された窓を見ると、各国の代表たちはみなフォスの事を睨むようにして見ている。
「聞いているのか!ここは大事な話し合いの場なのだ!遊び感覚で参加されては困る!」
「その通りだ!何が皇帝の一人娘だ!やはり年端も行かぬ子供…しかも女では政治など出来ぬのだろう!娼婦のような恰好をしておるようだしおそらく男を誘惑でもしていたのであろう!」
「違いない!」
あまりにもあまりな暴言だったが、それを向けられたフォスは顔色一つ変えることは無く代表たちを見据える。
「ああすみませんね。あまりに退屈なお喋りだったのでつい、ね」
「なんだと!?」
「先ほどから言葉が過ぎるぞ小娘!」
「年上は敬う物だと知らんのか!」
「そうだ!滅びかけの小国の分際で!帝国は強大な国だったかもしれんが今、貴様がいる国は隣国に侵略されかけている矮小な場所なのだ!分をわきまえたまえ!」
「ああ、隣国ね。それなら全部返り討ちにしたぞ?」
フォスは一切の動揺もなく大嘘を吐いた。
「なんだと…?」
「そ、そんなはずは…」
今まで唾を飛ばしながら叫んでいた男たちが動揺を始める。
それを冷静に観察しながらもフォスは嘘をつなげていく。
「ははは、あんな雑魚共が我らの相手になるとでも思っていたのか?国力が低下したと思わせたのも全部作戦よ。現にこの会議にその隣国様は参加しておられないだろう?んん?」
リリから聞いた話で隣国が兵を率いてリリの屋敷を襲撃したことは分かっている。
ルート的におそらく迂回してこちらを襲うつもりだったのだろうが、そちらは全滅したようで…そこから他国の被害状況やジラウドたちの話などを統合するとおそらく送り込まれるはずだった兵は全滅している可能性が高く…この会議に代表が参加していない事からも国自体が流れ星にやられた可能性が高いとフォスは踏んでいた。
ならばとそれを利用することを思いついたのだ。
もっとも現時点で戦争になったとしても隣国の戦力でフォスと神楽を使うことができる者が多数いる帝国騎士団を降せたかと言うともちろん否なのだが。
「幾人か顔色が悪いようですがどうかしましたか?まさか隣国を支援して我が国から奪ったものを仲良くわけあう約束でもしていました?」
「そ、それは…」
「い、言いがかりはやめろ!」
慌てて取り繕うように叫ぶ男たちに見せつけるようにフォスは側に用意されていた飲み物の入ったグラスを持ち上げ、握り砕いた。
無数の欠片になって地面に落ちるそれと、掌から流れる血を掲げる。
「喧嘩をするつもりなら買うぞ?逃げも隠れもせんから正面からかかってこい。強い国の代表様?」
場を沈黙が支配する。
直接目の前にいるわけでもないのに、フォスに気圧された男たちはみっともなく汗を流し口をパクパクとさせている。
そして長く感じられたそれを破ったのは、この会議の議長を務めている人物だった。
「一度この場は仕切り直しとしましょう。数名頭に血が上りすぎている方がいるようですのですこし頭を冷やすように。続きは後日ということで」
「「「異議なし」」」
フォス及び言い合っていた男たち以外の全員が議長の意見を支持し、魔法通信が切られた。
「…なんの意味があったんだ、あのクソ会議」
「おつかれさまです陛下」
ジラウドがフォスの傷の手当を始め、他の者たちも動き出す。
彼らの顔は活気に満ちており、妙な雰囲気をフォスは感じ取っていた。
「なんだ?なにかあったのかお前たち」
「ははは、皆嬉しいのでしょう」
「あ?」
「陛下がここを「我が国」と宣言してくださいましたからね。今日この時よりここは新たな帝国となったのです」
まるで石化したかのようにフォスは固まった。
確かにそんな事を口走ったような気はするが、それは勢いという物でそんな気はなく…。
それに先ほど他国に喧嘩を売るような発言をしたことから国に利を与えたとは言い難く、なぜそれで?と焦りと困惑が募っていく。
「い、いや!待て落ち着け、一度ちゃんと話を…」
その時、フォスの言葉を遮るように通信の魔道具が再び起動された。
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