第293話 人形少女は吊られる
なにかがおかしい。
奇妙な違和感を感じる。
なにか大切な事を見落としているような…それでいて取り返しのつかない事態が起こっているような気持ちの悪い感覚がずっとしている。
「マスター?」
最初に異変に気が付いたのはクチナシだった。
私と近い存在だから、私の身に起こったことに敏感なのかもしれない。
「え…?」
私の左手がいつの間にか吊り上げられているように持ち上げられていた。
「リリ?何をして…」
クチナシを皮切りにコウちゃんとアーちゃんも私のほうを見て困惑の表情を見せた。
それだけ今の私の姿勢はおかしなことになっているのだろう。
でも身体が動かない。
吊り上げられた腕を動かすことも、他の部位を動かすこともできない。
この感覚…あぁ思い出した。
もうとっくに忘れていた忌まわしい記憶。
この世界で最も長くて、最も苦痛だったあの感覚。
「さて、まずはどれだけのことができるのか見せてもらおうかな」
いつの間にか人形たちの拘束を抜け出し、立ち上がっていたマナギスさんがゆっくりと腕を動かすと、私の腕もそれに連動して動く。
間違いない、私は…身体の主導権をマナギスさんに奪われてしまっている。
人形を支配する魔法…私の最大の弱点と言っていいはずのそれは以前、マオちゃんの機転により解消できていたはずだった。
それがなぜこんなことに…?
私の視界に半透明の糸のようなものが映る。
「これは…マスター!!」
クチナシが弾かれたように駆け出し、私に手を伸ばす。
それを見たマナギスさんが不敵に笑い…。
「ダメ!クチナシ!」
私の身体は勝手に動いて腕から刃を展開、クチナシに斬りかかる。
「っ!」
うまく私の攻撃を躱したが、反撃をすることは出来ないらしく逃げるだけ…。
「コウちゃん!」
「ちっ!」
名前を呼んだだけで理解してもらえたらしく、コウちゃんが光の矢をかなりの本数放ち、私の動きを阻害しようとするけど、何がどうなっているのか異常に軽やかな動きで私はそれを回避していく。
「うぉぉお…凄いなリリちゃん。ここまで無理やりな動きができるなんて…完成度が違う。君を作った人の腕に嫉妬してしまいそうだ」
「アルス!あの女を止めるぞ!」
「はい!」
コウちゃんが光の槍を手にマナギスさんに向かい、アーちゃんは黒い触手を展開してそれを援護する。
しかし私は空間移動を使わされ、マナギスさんを庇うように移動させられ…さらには…。
「っ!だめ!コウちゃん下がって!クチナシ!!!」
私の手に魔力が集まりカオスブレイカーを放とうとしている。
何でこの人いきなりここまで私を使いこなせているの…!?
こうなったらもう…一か八かやるしかない!
私は無駄な抵抗を辞めてカオスブレイカーを放つことにした。
お願い間に合って…!
そして私の手から漆黒の柱が放たれて…惟神にすらも穴をあけて直線状の全てを消し飛ばした。
────────────
「ひゃぁ…凄い。想像以上だよリリちゃん」
闇が晴れ、さらには一直線上に何もかもを薙ぎ払ったというとてつもない惨状を見てマナギスはため息を吐くように言葉を漏らした。
しかし次の瞬間には満足そうに笑い、リリの頬を撫でる。
「ふふっ。やっぱり私の目に狂いはなかった。君を手に入れた今、私の研究はさらに次の段階に進むよ…おや?」
マナギスはそこでリリの身体が動かせないことに気が付いた。
リリの身体に繋がる魔法の糸を動かしても、リリの身体は微動だにしない。
「んん?あれれ?どうしてだろう?」
「…私ね、実は魔力を使い果たすとしばらく動けなくなるんだよ」
最後の瞬間、カオスブレイカーを放つ際にリリは抵抗を辞め、むしろ全ての魔力を込めて放った。
そうすれば自分の身体を魔力が回復するまでは動かすことができなくなるから。
パペットは物理的にではなく魔法的手段によって動いている…それは支配権が移ったとしても変わることは無く、リリの身体はマナギスでも動かせなくなっていたのだ。
「なるほどねぇ…考えたねリリちゃん。でもまぁいいよ問題なし。とりあえず行こうか?」
パチンとマナギスが指を鳴らすと足元に魔法陣が現れ、二人を囲むように展開された。
「今日だけでこの転移魔法陣を含め事前に仕込んでいたほぼ全部の奥の手を切らされたよ。…やっぱり見切り行動はダメだね。失うものが多すぎる。もっとも今日は得た物も大きいのだけどね」
その言葉を遺してマナギスとリリの姿は煙のように消えてしまった。
────────────
「行ったか?」
「ええ、おそらく」
マナギスが立ち去ったのを確認した後、瓦礫の下に身を潜めていたフォス達が姿を見せた。
「ちっ…どうなってんだ一体」
「わかりません…しかし助かりましたね。ありがとうございます、お人形さん」
アルスが今だにうずくまるようにしているクチナシに頭を下げる。
リリのカオスブレイカーが直撃する瞬間にクチナシが二人の事を庇っていたのだ。
それを見越してリリは全魔力を込めた一撃を放ったのだが、その目論見は成功していた。
ただし…。
「姉様が…そんな…」
当のクチナシは光の無い瞳で茫然としていた。
「おいクチナシ。何が起こった?リリはいったいどうしたんだ」
「姉様…が…わ、私の姉様が…」
フォスが全力でクチナシの腹を蹴り上げる。
瓦礫を巻き込みながらクチナシの身体は数メートルほど浮き上がり、地面に落ちた。
そして起き上がる気配のないクチナシの髪を掴み上げ、その瞳を覗き込みながらフォスは話しかける。
「おいガラクタ、そういうのは後にしろ。今がどんだけヤバい状況なのかわからんか?」
「…申し訳…ありません…」
「ああ。で?何が起こった」
「…理由は分かりませんが…マスターの身体の制御権をあの女に奪われたように思えました」
「なに?以前あいつは自分で自分の身体の主導権を持っているから大丈夫だと聞いたことがあったが?」
「…それを上書きして…制御権を奪われたのだと…」
そう言いつつもクチナシ本人がそれはありえないと思っていた。
どれだけ卓越した人形遣いだとしても、神の一柱であるリリの制御権を上から書き換えるなんてありえない。
それに最後の時、マナギスの身体を拘束していたはずのパペットたちすらも制御権を奪われていた。
つまりは。
「あの女は…マスターの惟神を破った…?」
「はぁ…?そんなことが可能なのか?」
「出来るはずがありません…同じ神ならまだしもアレは神ではなかった…なぜ…」
「くそっ…アルス!こいつと一緒に魔王のところに行って事情を説明しろ。何とかしてリリを取り戻すぞ」
「はぁい。フォス様私が居なくても平気ですか?」
「貴様は我をなんだと思っている。早く行け!今のクチナシは期待できんからな」
「了解です~。ふふっ、でもフォス様がリリさんを心配するなんてなんだか新鮮ですね」
「心配してるわけあるか。ただあの女の手にリリが堕ちているという状況が許容できないだけだ!ろくでもない事態にしかならんだろうからな」
そうして二人を送り出した後、フォスはさらに壊れてしまった町の状態を確認すると共に指示を飛ばしていく。
「ジラウド!住民と騎士たちの被害状況を調べて報告しろ!」
「はっ!」
頼まれたわけでもないのに率先して人々を導いていくその姿はまさに王だった。
だからだろうか、一人の住民がフォスの元に一つの魔道具を持ってきた。
「あの…英雄様!」
「あ?」
「忙しいところ申し訳りません!実はこれより各国間での情報共有を目的とした会議が魔法通信で行われるらしく…」
「だから?」
「はっ!なのでここに通信機器をお持ちした次第で…」
「…お前は馬鹿か?なぜそれをこの国に関係のない我のところに持ってきた」
フォスはズキズキと頭が痛むのを感じた。
「いえ…実は現在この国には代表と呼べるような人物がおらず…連絡を受け住民たちで協議した結果、満場一致で英雄様にお任せしようと…」
「そんなことがあるか馬鹿者が。どこの世界に他国の者に自国代表として会議に参加させる国があるんだ阿呆が。一人くらい地位が高いやつがいるだろうが。そいつにやらせろ」
「本当にいないのです!以前姫の誕生祭の時に起こった今だ未解決の惨殺事件で皆死んでしまったのです…私たちだけでは知識も経験も皆無に近く…どうか我々をお助けください!」
男がその場に土下座をした。
更にその後方に複数の住民たちが集まり、同じように頭を下げる。
「てめぇら…人をいいように使いやがってクソが!どうなっても責任はとらんぞ!ボケが!」
やけくそ気味にフォスが魔道具を手に取った。
そうして始まった国際会議において…さらに龍の住処と呼ばれていた場所が先ほど消し飛んだという事件を伝えられたフォスの顔は灼熱の炎のように真っ赤になっていたという。
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