第291話 人形少女はわからない

 どういう原理なのかなんなのか、私の目の前ではとにかく気味の悪い事が起こっていた。

魔法やらなんやらあるこの世界で原理だ法則だなど考えるだけ無駄なのかもしれないけれど、それでも誰か説明してほしい。


というのもマナギスさんの身体を食い散らかして、マナギスさんの声で喋った人形がとにかく気持ち悪いのだ。


最初に皮膚…というか表面?がベリべりと剥がれ落ちて空っぽの中身が見えるかと思いきや、なんとそこには生々しく脈打つ人の臓器が揃っていて、さらにその後はまるで木の芽が育つように血管や筋繊維が臓器を隠すように形成され始め、人体模型のような何ともいえない不気味な見た目を経由して無事(?)マナギスさんが出来上がった。


私は先ほど垣間見たレイの記憶からもまぁそうだろうなぁとは思っていたけど間違いない。

この人…ヤバい女だ。


さらには全裸だ。


この空間に存在する私含め4人のうち2人が全裸である。

コウちゃんはアーちゃんの肉片やらがかかっちゃったりで貸していた服を捨ててしまったので全裸に戻っているからね。


「あー…いやぁ本当に危なかったよ。備えあれば患いなし…真理だね」


自分の身体を確かめるようにあっちこっち動かしたりして遊んでいるようにも見えるマナギスさんだったけど…これどうすればいいのだろうか?


まだ何か仕込んでそうな気もするし、危なかったと言っていることから奥の手を切ってしまって何もないかもしれない。


殺す?

でもできるだけ痛めつけて殺したい。

うーん…。


「ほら見ろ、死んでねえじゃねえか」


なぜかコウちゃんがどや顔を向けてきた。

よほど私がマナギスさんをあっさり殺したことが悔しかったと見える。


「そうだね~」

「フォス様は負けず嫌いですね~」


いつの間にか再生をしたらしいアーちゃんがコウちゃんの足元でその胸を押し付けていた。

また全裸が一人増えた。


「ふむ~この空間は以前も見たね。なるほどなるほど、これがリリちゃんの惟神というわけだ。なるほど素晴らしい。ただのパペットがそこまでの力を持つとはね~ますます君が欲しくなってくるよ」

「なんだ?神様には興味なかったんじゃなかったのかよ」


「ないよ、馬鹿馬鹿しいからね。私が興味あるのはリリちゃんの身体だよ。どういう構造で、どんな構成なのか知りたいんだ。神の力にも耐えうる人形…それはまさに私が求めるものだ」

「変態かよ」


なんと私は身体を狙われているらしい。

最初で会った時もそんなこと言っていた記憶があるけど…さてさて。

クチナシがちらりとこちらに目配せをしている。


(私がやりましょうか?)


といったところだろうか。

私は小さく首を横に振ってクチナシを止める。


実はかなり悩んでいる。


殺すことには変わりないのだけど…このまますぐにとどめを刺すか、生かして少しだけ生きていることを後悔してもらうか。


基本は即決即断が心情なのだけど…うーん…。


どちらかというのならちょっと話も聞きたいし生かしておきたい。

でもそれによってめんどくさい事になるのならスパッと殺しておいた方がいい。

どうしたもんかなぁ。


とりあえず闇の中から人形を数体召喚してマナギスさんを地面に押さえつけさせた。

特に抵抗することもなくマナギスさんはおとなしくしていた。


「ねえリリちゃん。私に協力しないかい」

「しない」


私が悩んでいるとマナギスさんがなにやら言ってきたけど、どうなるにしても彼女に協力なんてことはしないので即、断っておく。


「取り付く島もないね。でも私はさどうしても君のような強い人形が必要なんだよ」

「強い人形ね~…何に使うの?」

「やれ人の可能性だなんだと言っていたかと思えば今度はなんだ?実際何がしたいんだお前」


どうやらコウちゃんはマナギスさんと会話をすることにしたらしい。

すぐに斬りかかるかな?と思っていたから意外だ。

何か理由はあるんだろうけどね。


「人の可能性を突き詰めたい。私がやりたいことなんてそれだけだよ。知っているかい?私たちが目にしている物、感じている物全てはやろうと思えば全て数値にすることができる」

「あ?」


「どう説明したものか…例えば人の味覚を数値化し、それを元にありとあらゆる材料や調味料を配合すればその人物がこの世界で最も美味しいと思う料理を作ることができる」


パチンとマナギスさんがわずかに自由な指を鳴らすと小さな炎が現れて、マナギスさんの腕を焼いて小さな火傷を作った。


「今のも言ってしまえば火で火傷をしただけだが、つまりは私の腕が耐えられる以上の温度の火を受けたのが原因なわけで…その人が耐えられる温度をという数値を計算すれば逆に、どれくらいの温度なら人は耐えられるのかを導き出せる…少し違うがそうやってできたものがお風呂といってもそこまで間違ってはないだろう?水が冷たいのも、火が熱いのも、風を心地いいと感じるのも全てはそう感じる数値があって、この世のありとあらゆることは数値化できるし、数値化できるという事は計算ができるという事だ。風が吹くのも、水が流れるのも、物体が上から下に落ちるのも現象としてそこにあって、それも全ては物理法則という数値だ。すべて計算ができる」

「あのごめん…何言ってるのか全然わからない」


長いうえに分かりにくい。

例えも悪い気がするし、伝えたいことも分からない。


「いやぁそうだよねぇ…昔からこういうのを人に伝えるのが苦手でね。え~と…つまりはこの世界に計算できないことは無い。そこに物質として存在している以上は何故そういう形でそこに存在しているのかを計算で導き出すことができるし、現象も何故その時間、その場所にそんな事が起こったのかも勿論計算できる。実際にそれができるのかは置いておいて、とにかく理論上は可能だということで」

「結論から言えボケナス」


「…そんな何もかもが数値で出来た世界において、ただ一つだけ数字では表せないものがある。それが何かわかるかい?心だよ」


急に臭い事言い出したぞこの人。

今時少年漫画でもめったに聞かないセリフだよそれ。

いや前世での今時の少年漫画なんて知らないけどさ…何年前に死んだと思ってるんだ。


「心という物は不思議で時折数字では表せないありえない現象を起こす。もちろん突き詰めれば心も数値化できるのかもしれない。思考や感情なんてもの私たちに備わっているただの機能だし、だいたいの事柄は電気信号だ。私たちが心と思っている物は知ってしまえばなんてことないくだらない物なのかもしれない。でも…私たちが持っているこれをそんなつまらない物だなんて思いたくないじゃないか」


そう言ってマナギスさんはとても綺麗な笑顔を見せた。

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