第290話 人形少女は吹き飛ばす
「──────────────────!!!!!」
もうとにかくうるさいとしか言いようがない悲鳴のような鳴き声と共に上半身だけの人形が片腕を私たちに振り下ろす。
すかさず私たちを庇うようにクチナシが前に出て拳を握りしめた。
まさかあれと殴り合うつもり!?そんなの無理に決まってるじゃん!…ってまさかあの「私の頼み」を実行するつもりなんじゃ…!?
「待ってクチナシ!まだ…!」
人をまるまる3~4人は叩き潰せそうな大きさの手が迫ってきて…クチナシがそれに向かって拳を突き出す。
重たく硬い物同士がぶつかり合うような轟音がして…なんとクチナシの拳は人形の手を見事に受け止めていた。
「えぇ~…」
お互いに力は拮抗しているらしく、どちらも腕がわずかに震えている様子が見て取れる。
いやすごくない?あのサイズさでどうして受け止めきれるのか…まさかの怪力キャラだったのか妹よ。
「…やはり魔力を介さない物理的な力は弾くことができないようですね。そうだとは思っていたのです。もしこうやって直接的な接触も不可能なのだとしたら、そもそも地を踏んで歩くことすら出来ないはずですからね」
「どゆこと?」
「物理も弾くのなら地面も弾いてしまうはずではないですか」
「たしかに」
言われてみればそうだ。
その能力を自分で制御できるのならともかく、そんな知能はなさそうだし、何よりたぶん死角から打ち込めた先ほどのカオスブレイカーもそこそこ弾かれていたのだからほぼ間違いなく常に発動している力なのだろう。
ならば魔法だけではなく、物理も反射なのなら宙にでも浮いてないとそもそもまともに歩くことすら出来ないはずだと。
それどころか一体地面に落とすだけでえらいことになるのではないだろうか?ずががががががと永遠と地面を弾きながらどんどん地中に落ちていって最後には…ギャグみたいな描写になるが世界滅亡である。
「え?まってくっちゃん。ということは今完全にパワーだけでその人形止めてるの?」
「はい」
「おい!だべってる暇があるなら早くそいつを何とかしろ!」
コウちゃんに怒られてしまった。
さっき余裕で倒せるみたいなこと言ってたのに~全くもう。
まぁでもクチナシが受け止めてくれている間に倒してしまおう。
あの人形は今上半身だけなので片腕を地面についてバランスをとっているため、これ以上は向こうも動けないみたいだしね。
「よし!ではもう一度…」
「リリさん後ろ!」
再度カオスブレイカーを放つための準備を始めようとしたところ、アーちゃんの声に咄嗟に背後に意識を向けるとなにやらミミズが這ったような奇妙な文字のようなものがびっしりと刻まれた等身大の人形が大量に私に手を伸ばしていた。
「うわっ!?なに!」
びっくりしてとっさにまわし蹴りを放って近くにいたやつらは払ったけど、いつの間に現れたのか数えるのもめんどくさいほどに大量の人形がいた。
そしてそれは私だけではなくコウちゃんやアーちゃんにも群がっていて、私が何気なく放った蹴りで倒せたところから強くはないが数が多く二人も動きを制限されているようだ。
「マスター、大丈夫ですか」
「うん!大丈夫だけど…この子たち一体どこから…」
本当に突然現れた。
不気味な人形がたくさん…ホラーかな?
「っ!おい!あのクソ女はどうなってる!」
コウちゃんが凄い勢いで人形たちをスクラップにしながら叫ぶ。
クソ女…マナギスさんのことかな?どうなってるも何も死んでるんじゃ?とマナギスさんの死体があった場所に目を向けると…気持ち悪い光景がそこにあった。
一体の人形がマナギスさんの死体を「食べていた」。
メイラの食事がどれだけ上品だったのかを思い知らされるほど汚らしくグチャグチャと一心不乱に人形はすでにマナギスさんだった肉塊をむさぼっている。
肉を喰らい、血管を啜り、血を飲み干す。
頭蓋を器に脳にかぶりつき、胃や腸も中身ごと飲み込んだ。
「リリさん!以前私と一緒に天使を倒したあの魔法をお願いします!」
触手で人形を薙ぎ払っているアーちゃんがそう私に言った。
アーちゃんと一緒に戦った時に使った魔法…まさかカオススフィアのこと!?
「いやでもあれは…」
カオススフィアは発動すれば辺り一帯を巻き込んでしまう融通の利かない魔法だ。
私やクチナシは無傷で耐えられるけど…ここで使ったなら街を巻き込んでしまいコウちゃんに怒られそうな気がする。
惟神を使えば町への被害は抑えられるけどアーちゃんたちは近すぎて巻き込んでしまう。
確かに人形たちはどうにかなるけど…。
「私がフォス様を守ります!だから早く!」
「なにか手があるならやれ!」
「わかったよ!でも後で文句はなしだよ!!【惟神】!からの地水火…ええい!めんどくさい!オリジナル魔法カオススフィア!」
私としてもなにかまずい事が起こっているのはなんとなくわかるので大急ぎで惟神を展開し、私たちと人形を闇の世界に閉じ込め、いつもよりも巻きでカオススフィアを放った。
制御も位置指定もなし。
とにかく作って放り投げるだけ。
そして発動するのは全てを飲み込み、破壊する漆黒の爆発。
大量の人形たちが飲み込まれていく時のぶつかり合い、こすれ合う音が耳触りだ。
時間にしてわずか10秒ほど。
カオススフィアが消え去りった…のだけど惟神も発動しているので本当に消えたのか分かりずらい。
闇の世界で真っ黒な魔法なんて放つもんじゃない。
「そうだ、コウちゃんたちは!」
二人がいた場所を見ると、肉片や血のようなものでべしょべしょになって項垂れたコウちゃんの姿がそこにあった。
たぶんアーちゃんが覆いかぶさるようにコウちゃんを庇ったのだろうと思われる。
いまさらアーちゃんの心配はしてないけれど…コウちゃんにはドンマイとしか言えなかった。
言ったら怒られそうなので言わないけど。
そしてクチナシのほうはもちろん無事で、あの気味の悪い大きな人形もカオススフィアには耐えられなかったようで姿も形もなかった。
よかったよかった。
「マスター」
とりあえず安心しているとクチナシが声をかけてきた。
「ん?どうかした?」
「どうやらまだ終わっていないようです」
クチナシの視線の先、そこにポツンと一体の人形が佇んでいる。
それは先ほどまでマナギスさんを食べていた人形で…。
「いやはや…凄いねリリちゃん」
それがマナギスさんの声で喋り出した。
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