第285話 真打

 黒く不吉な輝きを放つ石。

もしこの場にその石の元となった少女の事を知っている者がいたのなら一様に不快な顔をしたことだろう。


それくらい石が放つ輝きは濁り切っていた。

事態を完全には理解していないフォスとアルスでさえその輝きに不快で不吉な物を感じていた。


「ふふふふふ!」


フォスは石を掲げたままその場から動かず笑っているマナギスの顔を原型が無くなるほどに殴りたい衝動に駆られているが、暴れる人形兵が邪魔で近づくことができずにいた。


人形兵はフォス達を狙っているでもなく、ただその場で狂ったように暴れているだけのように見えるのだが、何故か最も近くにいるマナギスには一切被害が及んでいない。

一見なにか「仕込み」がしてあるようにしか見えないが、実のところはマナギスは人形兵にそういう設定は施していない。


ただ単純に「頑張っている私が巻き込まれるはずがない」と信じているだけなのだ。

そして不思議な事に実際、人形兵はマナギスを傷つけることは無く…それがさらに彼女の中での狂った思想を加速させてしまう。


「フォス様!このままでは…」

「いや、あいつの言っていることが本当ならばあのデカブツには時間制限があるはずだ。それまで耐えれば…!」


現状、人形兵に対して有効な対策を用意できないフォスとアルスは振り下ろされる巨大な腕から逃げる事しかできなかった。


そんな状況でフォスは完全にマナギスの言葉を信じたわけではないが、人形兵の「燃料」が尽きるその瞬間をフォスは待っていた。

実際に時間が経つにつれて人形兵の動きは少しづつ鈍くなっていた。

しかし───


「うふふふふふ!そんな悠長なこと言ってていいのかな?」


マナギスは煽るようにフォスに笑いかける。


「なんだと?」

「私が本当に人形兵だけに頼っているのなら、わざわざこの子の弱点を教えるわけはないと思わないかい?」


「てめぇ…もったいぶってないでハッキリと、」

「フォス様、あれを」


アルスがマナギスの手にある石を指さした。

相変わらず黒い光を放つ石だったが、よく目を凝らすと石の周りを白く小さな粒子のようなものが渦巻くようにして漂っているのがわかった。


「あれは…」

「陛下!!」


フォスの思考を遮るようにしてフォスを呼んだのは息を切らせたジラウドだった。


「来るなジラウド!こっちは危険だ!」

「それどころではないのです陛下!民たちが…!!」


「あ…?」


ジラウドの後方…本来なら肉眼で視認するのは難しいほどの距離で何人かの騎士や住民たちが倒れていた。

それを常人離れした視力で見たフォスはアルスに振り返り、目で合図を出す。

アルスは慌てて触手を動かし近くの最も高い建物の屋根に上り、町中を見渡した。


「これは…」

「アルス!呆ける前にどうなってるか言え!」


「町中の人が…一様に倒れています!何人か無事な人もいるようですが…倒れている人のほうが数が多い…!」

「なんだと…おいジラウド!どういう事だ!」

「わかりません。騎士達と住民の避難を進めていたのですが…突如として住人たちが倒れ始めて、少ししたのちに騎士の中からも急に倒れだす者が現れ始め、何かあったのではないかとこちらに…」


それを聞いてフォスはおそらくこの事態に関係七得るであろうマナギスを睨みつける。

その頃には人形兵はもはやほとんど動いておらず、全身から血のような液体を流しながらその場に佇んでいた。


「何をした」

「なんとなく分からないかな?魂をね頂いてるの」


何でもない事のようにマナギスは笑顔を浮かべたままでそう言い切った。

今までの言動から予想はしていたがフォスはそれを完全には信じる音ができなかった。


「そう簡単に人の魂を抜きだし出来るとでも?」

「ふふっ!簡単にではないけどね。だけどやろうと思えばできるんだよ。この石はね、人の魂に作用するんだ。人の魂と結びついて力を与えてくれる…誰かの力になりたいという少女の祈りが具現化した素晴らしい石さ。私はそれに少しだけ手を加えて干渉の方向を逆にしているだけ。わかるかな?石が自ら魂と結びつきに行こうとするのを、ベクトルをいじって魂のほうがこちらに来るように作り替えたんだ。私は別に「力」なんて欲しくはないからね~。だから違う方向で私の力になってもらってるんだ。まさにwin-winってやつだよね。レイも喜んでくれてるといいのだけど」


気持ちよさそうにマナギスが話している間にも石を取り巻く粒子のようなもの…人の魂はどんどんとその数を増していく。


「さて!皇帝様、ここから交渉と行こうじゃないか」

「…」


「とりあえずここでお互いに手をひこう。痛み分けという事でさ?」

「そんな真似を許すと思うか」


「どうかな?私はまだ君の人なりをよく知らないからねぇ。だからこうして人質を取って交渉してみているわけで。ここで見逃してくれるのならとりあえずこの国の人からはこれ以上魂はとらないよ。そんなに取ったわけじゃないから今ならみんな無事に起きられると思うわよ?もっともまだ引き延ばすつもりなら保証は出来ないけどもね。私も自分の甘さを突き付けられたし、人形兵の燃料もほぼ使い尽くしてしまった。正直に言うと収穫よりも失ったもののほうが多いよ…はぁ悲しい」


フォスは歯を食いしばり、拳を握った。

どう考えてもマナギスをここで見逃すことはフォスにとってマイナスにしかならなかった。

ここで最も最適な選択をするとしたらマナギスの言を無視して人々を犠牲に戦うべきだろう。


「ぐっ…くそ…陛下…」


視界の端でジラウドが倒れた。

フォスは決して聖人君子というわけではない。


人を理由もなく好んで虐げようとは思わないが、意味のない人助けをするほどの善人でもないのだ。


英雄と呼ばれ、皇帝という地位についたのも全てはそういう流れができたから。

ただ享楽に生き、一番は自分…それがフォス。

しかしそれでも彼女は目の前で意味もなく消えゆく命を見捨てるほど無責任でもなかった。


「わかった。とっとと失せろ」

「おや?意外と素直だね」


フォスはマナギスの提案を飲んだ。

この瞬間、フォスはマナギスに弱みの一つを晒す結果となってしまった。


「ふふふふふ!そうかそうか、皇帝様はそういう人か。うんうん、これはいい情報だ…もしかしてだけどさ?ここで私がさらに君が欲しいって言ったら、まだ交渉の余地はあったりするのかしら?」

「調子に乗らないでください、そうなったら私があなたを殺します」


フォスの元に戻ったアルスが彼女に似合わない表情でマナギスを睨む。


「おっと、そうかもう一人いたんだった。なら諦めたほうがよさげかしら?欲張りすぎはよくないしね」


そう言ったマナギスが指を鳴らすと、沈黙していた人形兵がゆっくりと動き出し、その腕にマナギスを乗せて立ち上がった。


「…やっぱり命令をするってなるとさらに燃費が悪くなるね。無事に帰れるかなコレ」


マナギスはぼやきながらも人形の義手を見せつけるようにフォス手を振ると人形兵は立ち上がる。


「じゃあね皇帝様。次に会うときはちゃんと君の相手が務まるようにしっかりと準備をしておくよ」

「…言ってろクソ女」


もはや負け惜しみのようなセリフだったが、それでもフォスは言うほかなかった。

そのままマナギスは悠々と背を向けて逃げ帰ろうとした──その時。


フォスの真横を漆黒の柱が通り過ぎた。

その柱はマナギスを乗せた人形兵にぶつかり、そのまましばらく拮抗したのちに人形兵の下半身を吹き飛ばした。


「うんーコツを掴めばいけるね」

「お見事ですマスター」


聞きなれた声にフォスとアルスが振り返ると、そこに瓜二つの顔をした二体の人形…リリとクチナシの姿があった。

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