第284話 一秒の価値
「あはははっ!怖いなぁ。人外で超常の存在が私を殺そうと迫ってくる…ここで諦めれば私の人生はジエンド。しかしいいでしょう、ここで見せてあげようじゃないか!諦めなければ何事も何とかなるという事を!私が君たちから無事に逃げおおせることで証明して見せよう」
そう笑いながら叫んだマナギスの手に握られた石が淡く輝き始めた。
「アルス!何が来ても構うな!ただあの女を殴り倒せ!」
「はぁい!」
フォスが両手に光の剣を作り出し駆け出す。
その背後からはアルスの無数の触手が追従し、明確な殺意を持って二柱の神がマナギスという一人に迫る。
そんな状況でも笑みを消さないマナギスは石を掲げていない左腕で懐から袋に入った砂のような物を取り出し、足元に投げつけて撒いた。
「傀儡召喚」
マナギスが呟くと、砂の一粒一粒から小さな魔法陣のようなものが広がっていき、無数のパペットが姿を現した。
「ちっ!小賢しいんだよクソが!我はな…この世で一番そのモンスターが嫌いなんだよ!」
私怨マシマシで行く手を阻むようにして立ちはだかるパペットたちにフォスが光の剣を振るう。
まるでそこに硬さや抵抗などない紙かのように切り裂いていき、さらにはアルスの触手もパペットたちを薙ぎ払うようにして動いているため時間稼ぎにもなっていない。
この世界において最弱のモンスターであるパペットでは神を止めることなどできはしない。
だからこそフォスはそこになにか不穏な物を感じてしまう。
「こんなもの何百体持ち出してきたところで我らが止められると思っているのか!!」
「うーん…一応は普通のパペットたちよりは強化されてる特別製なのだけど全然ダメみたいだねぇ」
そんな話をしている間に黒い触手が一気にパペットたちを貫き、左右をかき分けるようにして道を開いた。
「フォス様!」
「たまには役に立つなお前!」
フォスは一直線に空いたパペットたちの隙間を最大速度で駆け抜け、マナギスに迫る。
そして脳内では瞬時に次に取る行動を選択する。
(まずはあの石を握った腕を切り離す!そのまま無力化できるまで細切れにしてやる!)
そんな様子を慌てる様子もなく見ていたマナギスは次の一手を投じた。
「実はこれはもうこの子だけしか残っていないのだけど…しょうがないよね。全力だからね」
パチンとマナギスが指を鳴らすと足元に先ほどとは比べ物にならないほどの巨大な魔法陣が発生した。
地面に刻まれた陣から目を開けていられないほどの光が放たれ、一瞬だけフォスの目をくらませた。
すぐに立ち直ったのだが、その一瞬はマナギスが準備を終えるには充分の時間で…。
「「人形兵」召喚」
姿を見せたのは歪で不気味な形をした巨大な人形。
それぞれ長さの違う六本の腕、ねじ曲がった足に裂けたような口からは複数の人の悲鳴のような鳴き声をあげ、関節の隙間から真っ赤な血のような液体を垂れ流す、まるで恐怖という物を形にしたかのようなパペットがそこにはいた。
「なんだ…こいつは」
「私の作品の一つで、その名も「人形兵」さ。素材と「燃料」の問題でなかなか量産は出来ないのだけど…わざわざ「兵」と冠しているだけあって強さはなかなかのものだよ」
再びパチンとマナギスが指を鳴らすと人形兵はその巨大な体躯を無茶苦茶に振り回しだし、悲鳴のような耳障りな鳴き声と共に辺りを破壊し始めた。
それにマナギスが召喚したパペットたちも巻き込まれているが本人は気にした様子もなく笑っている。
「ちっ!クソが!図体がでかいだけでどうにかなると思うな!」
フォスがその場から飛びのくと同時に手の中に光の矢と弓を作り出し、人形兵の額に向けて構えた。
人形兵は狂ったように暴れまわっていたが、冷静にその動きを見極め…矢が一筋の光の軌跡を描きながら放たれた。
剣の扱いはもちろん、ありとあらゆる武器の扱いに絶対の自信を持っているフォスが放った矢は正確に人形兵の眉間を貫き、破壊の光が人形兵を焼き尽くす…はずだった。
しかし光の矢は人形兵に触れる直前で不自然に弾かれるようにして、明後日の方向に飛んで行ってしまったのだ。
「なに…?」
自らの惟神に絶対の自信を持っていたフォスは目の前で起こった光景を信じきれずにその場で固まってしまう。
対象に確実にダメージを与える能力を持つフォスの惟神は、程度の差はあれども全く通用しないという事は彼女の長い生を持ってしてもなかった。
原初の神にでさえ倒すに至らずとも、ダメージを与えることは出来た。
しかし今、フォスの放った矢は何故か弾かれてしまったのだ。
「おかしい…我の惟神はたとえ対象が魔術的な防御を施していたとしてもそれを貫通するはず…」
「フォス様!」
背後からのアルスの呼び声に、はっとして前を見ると人形兵の歪な形の腕が振り下ろされようとしていた。
寸前のところでアルスの触手がフォスを絡めとり、後ろに引き寄せた。
それと同時に別の触手が人形兵に向かうが、先ほどのフォスの矢と同じように何かに弾かれてしまい、触れることもできない。
「ふふふふ、あはははっ!どうだい見ただろう!すごいだろう!これが人という種の力だよ!皆が手を取り合い、各々ができる事に必死になれば神様だって手を出すことができない無限の力を発揮できる!神様が与える不思議な力なんていらないんだ!願いを叶えてくれる摩訶不思議な御伽噺になんて頼るまでもない!人は人の力だけでどこまでも行ける!なんだってやれる!あはははははははは!!」
マナギスの心底楽しそうな笑い声に人形兵から発せられる複数に連なった悲痛な悲鳴が重なる。
それは真に苦痛に耐えられないかのような悲観と絶望の混じったような悲鳴で…フォスはその正体に気づいてしまった。
「お前まさかその人形兵とやらも…!」
「ん?ああ、もちろんこの子を動かしているのも人だよ。一秒動かすのにおおよそ一人くらいの魂を消費しているんだ。燃費が悪いのが改善点だよねぇ…今は燃料となる人を取り込む際に肉体ごと吸収することで血肉も糧にしているのだけど、そっちはやっぱり全然でねぇ…50人分の肉体を使い潰してようやく一秒だよ。やれやれだよ本当に…もう少し根性を持った人はいないかな。燃料になる人達にやる気さえあればもっと動くとは思うんだけどなぁ」
もはやフォスだけでなく元人間であるアルスもマナギスを不気味な何かと認識していた。
見ているだけで気持ちが悪い。
話を聞くたびに頭に見知らぬ言語を直接叩きつけられているようで吐き気がする。
そんなバケモノ。
「─────────────!!!!!!!」
意味が理解できれば人形兵から発せられる悲鳴は不気味なものなどと言う話ではなく、命の全てを冒涜したような唾棄すべき物に変わる。
関節から流れ落ちる血のようなものはとどめなく流れ、まるで犠牲者たちの涙のようでもあった。
「さて、そろそろ人形兵の稼働時間も限界が近いけど…こっちの準備も終わったみたいだ。いや~よかったよかった」
そう言ったマナギスの腕に握られた石は先ほどまでの淡い光とはうって変わり、禍々しいまでの黒い怒りを放っていた。
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