第283話 命の使い方
薄ら笑いを浮かべながら両手を上げて無防備を晒しているマナギスの姿はフォスには「降参」というアピールのように見えた。
先ほどまで謎の自信に満ち溢れ、わけの分からない世迷言を言っていた人物が降参するなど素直に信じられないフォスは警戒を解くことはせず、しかしそれを悟らせないために再び先ほどのクッションに腰を掛けた。
なお、その時にそのクッションの正体がアルスの触手の集まりだとようやく気付いたのだが、ここで慌てて立ち上がるのもみっともないため我慢してそのまま座り続けた。
「なんだ?それは。まさか諦めたとでも言うつもりか?」
「諦める…その言葉は私とは最も縁のない物だね。人は諦めなければ何でもできる。諦めなければ夢は必ず叶う。ね?諦めるなんて馬鹿らしいし、人として間違っていると思うだろう?」
「黙れ化け物が。じゃあなんだ?その間抜けなポーズは」
「だから今日はこの辺りにしておこうって事で…もう敵意はないよって」
「本気で頭が湧いてるのか?今さらお前がやめたとかいう理由で手打ちにできると思うのか?」
もはや話が通じるとは一切思っていないがフォスが会話をする理由はただ一つ。
マナギスの謎の不死性のからくりが全て解けてはいないからだった。
おそらく何らかの方法で他人の魂を身代わりにしているのは間違いなく、死ぬまで殺せばいいという結論もおそらく有効ではあるとフォスは確信している。
(問題はその魂をどこから、どういう方法で調達しているかだ。ないとは思うが極論として全人類を殺し尽くさないとどこからでも調達できるとなると手が出せない…それにもしそうなったら…)
フォスの脳裏に浮かんだのは不気味なぬいぐるみを抱える幼子の姿。
(あいつなら間違いなくやる。どういう方法でもいい、まずはあの女を無力化しなくてはならない。リフィルが直接出てくる前に)
故にフォスが選んだ方法は会話。
時間を稼ぎつつ一挙手一投足を見逃さずに観察をすることだった。
「できないかな?ほら、君は私に執着する理由なんてないだろ?だったら私がもういいならいいのではないかなと」
「我が殴られたのに殴り返さない馬鹿だと思うか?」
「充分殴り返されたと思うのだけど?いやしかし納得してくれないのならどうしようもないよね~。もうちょっと準備したいのよ~。時間がなかったから最低限の用意でここにきて君に喧嘩を売ってみたわけだけどさすがに無理だったよ。次はちゃんと用意してくるからさ?お願い」
「おいおい、諦めなければ出来ないことは無いんじゃないのか?バケモノのくせに裸の女一人どうこうもできないのかよ?」
「いやいや諦めないという言葉の意味をはき違えてはだめだよ。諦めないというのは挫折と失敗を見ないふりすることではなく、何度でも挑戦を繰り返すことさ。今回はダメだった、ならば次こそは!それが諦めないという事だよ」
ニッコリと人のよさそうな笑顔を見せるマナギスにフォスのイライラはつのっていく。
「なぁおい、さっきから都合のいい言葉を都合のいいようにしか言ってないが…いい加減うんざりなんだ。もう何度言わせたよ?うるせぇって。いいからとっととかかって来い。お前が今この場で出来ることは死ぬか、我に殺されるかの二択だ」
「物騒だなぁ…でもまぁ仕方ない。じゃあちょっとだけ頑張ることにしようじゃないか」
マナギスが人形の右腕で首に下げていたブローチのような物を握り掲げた。
光を反射して独特の光を放つそれにフォスは見覚えがあった。
「それは…お前、どこでそれを手に入れた」
「ん?あぁもしかしてこれ知ってるのかい?いや、そうか君は皇帝である以前に英雄だったんだね。じゃあ「これ」と縁もあるわけだ」
「それが何か知っているのか」
「もちろんだよ!だってこれは私が作り出した「物」の中でもっとも素晴らしいと自負している作品だからね!」
嬉しそうに、頑張って作った物を自慢したい子供のように澄んだ瞳でマナギスはブローチをフォスに見せつける。
やはりとフォスは確信した。
マナギスが手に持つそれは、原初の神が探している謎の石だった。
「ふふふ!これはね私に人の可能性を示してくれた大切な物なんだ…検体名「レイ」。この世界で最初に英雄、もしくは勇者と呼ばれた少女の身体、その一部さ」
「は…?」
そしてマナギスは高らかに数千年前の出来事を楽しそうに語った。
英雄と呼ばれた少女にとっての悲劇を。
マナギスという名の魔女にとっての希望の物語を。
「なんだ…お前…何を言っているんだ…?」
フォスは背中を冷たい何かが撫でるような感覚を覚えた。
今はアルスが持っている石の正体が何かを知って…。
「あははははははは!びっくりした?まぁそうだよねぇ、英雄の力がまさか一人の少女によってもたらされていたなんて信じられないでしょう?でも人間ってやっぱり素晴らしい物なんだよ!たった一人の無垢な少女の真摯な祈りがたくさんの人に絶大な力をもたらしてくれる!それまで虐げられるだけだった人族が魔族を打ち倒すほどの力を得た!どん詰まりだった暗闇を切り裂く光明を得ることができた!何の成果も出せず、ただ目上の人間に従い腐っていくだけだった私が人に希望を持つことができた…あぁ…なんて人間って素晴らしい…」
バケモノ。
フォスがマナギスを煽るために散々言っていたその言葉がここにきてぴったりと当てはまった。
今までフォスはたくさんの存在を見てきた。
だがそれでも…彼女の目の前で笑う女は…間違いなくフォスをもってしてバケモノだと言うほかなかった。
「どこが…」
「うん?」
「それのどこが希望だ!人の可能性だ!少女の祈りがだと…?その子はお前にいいようにされるために生きていたわけじゃないだろうが!」
「私がいいようになんてしてないよ?全ては世のため人のためさ。きっと「レイ」も喜んでいるさ。だって彼女は精神を壊され、自我を失ってもずっと言っていたもの…皆を助けられるようになりたいって。なんて健気で美しい祈りだろう…現に「この彼女」は基本的に虐げられている魂に根付きやすい習性がある。暗闇の中において諦めない者に力を与えやすいという特徴がある。優しい子だよほんとうに…彼女のような子こそ報われなければならない。だから私がお手伝いをしてあげているのさ」
フォスは今すぐマナギスを叩き斬ってやりたい衝動に駆られた。
普段なら自分とは何も関係ない…知らないところで不幸な結末を迎えた者にこれほど心裂くなんてことは無いのだが。この瞬間は無性に胸が痛くなった。
それはかつてその力を持って英雄と呼ばれていたが故か…それとも「石」を原初の神の対抗策として利用しようとしていたことに対する罪悪感からか。
(そうだ…原初の神…あいつはあの石に以上に執着していた)
それは…あの子の…かえ…し……て…。
フォスが最後に原初の神と会った時に言っていた言葉が思い出された。
「まさか…あいつは…そうだ、レイという名前!!」
フォスの頭の中で途切れ途切れだったものが線で一つに結ばれていく。
そうして導き出されるのは…どうしようもなく救われない一つの真実。
「どうしたんだい?急に俯いて…もしかしてようやく私の研究のすばらしさを理解してくれたのかい!?だとしたら嬉しいなぁ。実は以前は邪魔が入ってしまってね…こうして細かい欠片になって彼女は世界に散らばってしまった…そこだけが残念でねぇ。私はその時の事は遠くから見ていたのだけどさ?最後の瞬間、レイが今までにない反応を見せていてね…彼女は母親にも執着していたようだからもしかしたらあの時の人が母親だったのかもしれないよね~…まぁあれは当時からいた神様だったみたいだから血が繋がってるとかではないだろうけど。ん?待てよ…あの時のレイの母親の顔…あ!!!!!?もしかして私の家で皇帝様達が戦っていた相手って!?いやいやいやいや!おやおやおやおやおやおやおや!これはとてつもなく凄い事だよ!本当に最近の私はついている!これはうかうかしていられないぞ!!!」
マナギスはウキウキとした様子でフォスに背を向けた。
どうやらこのまま逃げ去ろうとしているらしい。
「待て。何が何でもお前を行かせるわけにはいかねぇ」
フォスの投げた光の剣がマナギスの胸に突き刺さる。
少しだけ痛そうにしながらもやはりそこまでダメージはないようで、何事もなくマナギスは振り返る。
「やめようって。本当にもう君にかまっている暇はないんだ」
「貴様になくてもこっちにはあるんだよ。胸糞わりいバケモノが。お前をどうにかすればそれこそ原初の神にも交渉材料ができそうだしな…アルス!!!」
フォスが大声で名前を呼ぶと、ほとんど同時に影から這い出してくるかのように車椅子に乗ったアルスがフォスの元に現れた。
「お呼びですかフォス様」
「ああ、説明は後だ。あの女を死なない程度にぶち殺す」
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