第281話 捕食者の襲撃

「ふむふむ、確かに綺麗な身体だね。あんまりいやらしさを感じない。それこそ芸術のようだ」


白く美しい彫像のような身体を一切隠すことなく、仁王立ちしているフォスを顎に手を当ててマナギスはまじまじと見ていた。

そのまま数秒ほど観察したのちに満足そうに笑う。


「うん、健康そうで大変よろしい。検体としても問題なさそうだ」

「…」


「ここで疑問なのだけど、その身体は神様だからそんなに綺麗なのかな?それとも君本来の持ち物?不健康な神様とかいるのだろか?心当たりある?」

「さぁな」


「つれないなぁ。私は神様のお友達っていないからあんまりそこら辺は詳しくないのよね。そんなに興味もないし。神様だなんて御伽噺より、手の届く人間のほうが重要だろう?」

「はぁ…聞いてもいないのベラベラと」


フォスは一歩踏み出す。

そして次の瞬間、フォスの姿が消えた。


「んん?あれ?どこに…」


マナギスがフォスの姿を探そうと首を動かそうとしたその時、顔面に凄まじい衝撃が走った。

フォスの拳がマナギスの顔面の中心にめり込むように突き立てられていたのだ。

完璧に計算された角度、長年培った感覚。


それらをもって放たれるフォスの拳はまさに一種の兵器であり、ただの人間が耐えられるものではない。

マナギスの顔面はうるさいほどの異音をたてながらもさらに身体に叩きつけられた衝撃はマナギスの身体を遥か後方に吹き飛ばす。


しかしすかさずフォスはマナギスの胸倉をつかみ上げそれを阻止し、拳を顔面に突き立てたままで床にその後頭部を叩きつけた。


地面に伝わった激しい衝撃に、災害の影響で脆くなっていたその場所は耐えきれず崩壊し、瓦礫の山に変わった。


巻きあがった埃や砂を払いながら、この状態を作り上げたフォスは平然とした様子で指をポキリと鳴らしながらその場から少しだけ離れた。


「なんだなんだ!?」

「おい!あそこって英雄様がいた場所じゃないか?」

「なんだって!?くそ!崩れちまったのか!」


さすがに騒ぎが大きくなりすぎてしまったために、周囲で作業していた住人たちや元帝国騎士団の面々が慌てて駆けつけてきた。


そしてそんな彼らが目にしたのは…その瑞々しくしなやかな裸体を一切隠すことなく、キラキラと粒子を振りまいているかのような金髪を揺らした美しい女性の姿だった。


「ななななな!裸のねーちゃんがいるぞ!?」

「ちょっとアンタ!そんな恰好で何をしているんだ!」


王国民たちはフォスの姿に目を反らしたり、逆に目を反らせなくなるほどに魅了されたり…あるものは何か羽織るものを探したりと多種多様な反応を見せたが元帝国騎士団の面々は一斉にその場に膝をつき、頭を下げた。


「頭を上げろ。我はもうそういうのじゃないと言っているだろう馬鹿どもが」


あまりにもな言い方ではあるがそれはフォスなりのケジメであり、彼らの事を想うが故の言葉だった。


すでに皇帝という立場ではなく…そもそもが国を守り切ることができなかったという自責の念をもつ彼女はすでに忠誠を向けられるような存在ではなく、元帝国騎士団の面々には違う生き方を探してほしいと思っていたのだ。


フォスは偉そうではあるがその実、偉くはない。


ここまでの歩みに失敗はあったとしても後悔はない。


どれだけ落ちぶれようと自らの誇りは失ってはいない。


だが──


「お前たちがいつまでもそれに付き合う必要はない」


元帝国騎士団はそんなフォスの心情を理解していた。


帝国が栄えていたころは毎日のようにわがまま放題だったフォスの意を汲み、行動したいた彼らにかかれば全てを話されずともフォスがそう考えているであろうことは容易く理解できた。


しかしそれでも、彼らとてそれまでの事に後悔はないのだ。

いつか見た眩いばかりの光に魅せられたから、あの人に仕えたいと心の底から思ったから。

故にそれこそが彼らの誇りなのだ。


「それでも我らは皇帝陛下の元に集う忠実なる僕であります」


フォスは跪いている元帝国騎士全てに視線を向けていくも、誰一人として頭を上げる者はいなかった。


「はぁ…馬鹿としか言いようがないな。もういい、お前らがそうしたいのなら好きにしろ」

「「「「はっ!!!!我らが偉大なる皇帝陛下に変わることの無い忠誠を!!!!」」」」


今ここに新生帝国騎士団が設立された。

帝国は存在しないが…それでも彼らは帝国の旗を掲げる騎士たちなのであった。

そしてそんな一連の様子を見ていた王国の住民たちはにわかにざわめきだす。


「お、おい…あの姉ちゃん皇帝様らしいぞ」

「そんなまさか…いや、でも騎士の皆さんが膝をついてるし…」

「それにあの堂々とした立ち振る舞いに美しさ…ただもんじゃないぞ」

「うん、なんかカリスマ性っていうか…偉いのが当然の人みたいな雰囲気がある」


騒がしくなりだした広場でめんどくさそうに頭を押さえつつもフォスは住民たちを睨みつけながら叫ぶ。


「騒いでんじゃねぇ!お前ら作業は終わったのか!さっさとやらねえといつまでも終わらんぞ!」


その場を抑えようとした一喝であったが結果は逆の方向に作用してしまった。

住民たちのざわめきはさらに大きくなっていく。


「あの口調…なぁもしかして!」

「ああ間違いない!」

「あの髪色や瞳の色…あの雰囲気!間違いなくあの英雄様だわ!」

「さすがは英雄様だ!急に大人の姿になることもできるんだな!」

「うおおおおおおお!英雄様!」

「いや待て!皇帝陛下なんだろ!だったらそうお呼びしないと失礼なんじゃないか!?」

「皇帝様!」

「「「「皇帝様!」」」」


何故か住民たちから拍手と歓声が送られ、帝国騎士達も跪いた状態で満足げな顔をしていた。

一糸まとわぬ姿で大勢の人間に囲まれどうしてこうなったのかと頭痛を覚えたフォスの中で何かが切れようとしていた時…ものすごい勢いで黒い物がフォスに向かいぶつかってきた。


「なんだ…!?」


不意打ち気味に衝撃を受けたため、たまらず倒れてしまうフォスだったが、硬い地面に倒れたはずなのに身体に痛みはなく、いつのまにか柔らかいクッションの上に寝かされていた。

そしてフォスの上にまたがるようにそれはいた。


「はぁ…はぁ…あぁ何という事でしょう…」


息を荒くして頬を赤く染め、ねっとりとした目でフォスを見下ろしているのは…言うまでもなくアルスだった。


「おまっ…!何をしてるんだ!」

「はぁ…ヒートたちの様子を確認して…戻って来てみれば…あぁ…あぁ!あっは!!夢にまで見た大人のフォス様が…!どうしてこんなことに?気になりますけど今はどうでもいいのです…はぁ…はぁ…ずっと…ずっと我慢してたんです…我慢して我慢して…こ~んなに長い間焦らされた経験なんてないですからぁ…もうダメなのですフォス様ぁ…」


しゅるしゅると何故かひとりでに脱げていくアルスの服から、そのあまりにも大きな胸部がこぼれ落ちかける。


「待て!静まれ色ボケ!ここではまずいだろうが!?おい!周りを見ろ!」

「そんなことは些細な事です…はぁ…はぁ…んんっ…!んはぁ…むしろ見せつけてあげればいいじゃないですか…あっは!それは…きっと気持ちがよいはずです…!」


「状況を考えろドアホ!なんでこの場面で盛れるんだ!?」

「私は悪魔の神ですよ…?たとえどんな時だろうと…あはぁ…私の欲望を止める障害にはなりえないのです。ねぇフォス様お願いします…この散々焦らされた哀れな私に…お慈悲をくださいませ…」


アルスの背面から伸びた黒い触手が暴れるフォスの身体を捉えて動きを阻害する。

ここにきてフォスは今まで感じたことの無いような恐怖を覚えた。


──喰われる。


かつて奴隷であった頃にありとあらゆる辱めを受けたことがあるフォスであったが、そんな彼女をして初めての感覚、恐怖だった。


「ま、待て!わかった少し話そう!な!?今は待ってくれ!頼むから!」

「あっは…もうダメです。焦らされ過ぎて…もう止まりません…大丈夫ですよ。ゆっくり…ゆぅ~っくりと溶け合いましょう…?愛して絡み合って溶け合って…お互いの境界が分からなくなるまでに…」


「ぎゃあああああああああああああああ!!!」


耐えきれずフォスは悲鳴をあげた。

アルスに対し暴走させないという意味で普段から意図して散々と自分が上だと教え込み、クッション代わりにしてまで自分の優位性を保持していたフォスだったがこの瞬間、完全に立場が逆転してしまっていた。

大量の甘い蜜を蓄えた毒花がついにその花弁を開き、フォスを捕食しようとしている。


「誰か!誰でもいい!我を助けろー!」


そんなフォスの心の叫びに答えたのは…さらに最悪な人物だった。


「あいたたたた…酷いことするね皇帝様」


瓦礫の下から、這い出すようにしてマナギスが現れた。

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