第279話 魔女の力
「別に大したことではないよ。私はね君のように神様の力なんて持っていない。だから人間らしく仲良く協力し合っているだけさ」
「協力だと?」
「そうだとも。協力して助け合って…我々人間は無限の力を発揮する」
マナギスが腕の無くなった右肩を動かし、空に向ける。
すると切り離された右腕が断面から淡い光を放ちながらひとりでに動き出し、次の瞬間にはマナギスの元に戻り、まるで切り離された事実などなかったかのように元通りになった。
「…安っぽい見世物だな」
「そうかい?こんなこともできるよ」
そのままマナギスが右腕を掲げると、周囲に転がっていた瓦礫が宙に浮く。
そして瓦礫はさらに細かい石に砕け、一斉にフォスに向かい勢いよく迫る。
「そんなもんに当たると思うのか?」
隙間なく飛来する石はそこまでの大きさはないものの、身体の小さなフォスにとっては一つでも当たれば馬鹿にはならない代物だ。
しかし本人の言葉通り、それを避けることなどフォスには容易く、わずかな隙間を縫うようにしてフォスは石を躱していく。
まるで石自身が勝手にフォスを避けているようにすら見えた。
「まだまだ!こういうのはどうかな!」
「なっ!?」
ドンッという衝撃と共に急にフォスは身体の動きが鈍くなる感覚を覚えた。
「いや違う…これは重力を操っているのか…!」
「正解!すごいでしょ?重力魔法なんてめったにお目にかかれないよ~!」
上からものすごい力で押さえつけられているかの如く、フォスは身動きが取れなくなった。
足元にはフォスを中心にヒビが入り、どれだけの力が掛かっているのか一目瞭然であった。
救いは飛来していた石もフォスを捉えている重力に囚われ、フォスまでたどり着くことは無く地にめり込んでいる事だろうか。
「ぐっ…くそっ…!」
「ほう!意外と耐えるねぇ。魔力もそんなにないみたいだしどうやって耐えているのかな?惟神の力かな?ふふふっ!でもそれがいつまで続くか…ってあらら」
不意にフォスを襲っていた重力の奔流がかき消えた。
突然解放されたために身体中に入れていた力が行き場を無くし、フォスは尻もちをついた。
そしてマナギスはと言うと右腕を見つめながら、何かを確かめるように数回ほど拳を握り、開きを繰り返したのちにため息を吐いた。
「はぁ…全く、こんないいところでガス欠だなんて…やっぱり根性がない人はダメだねぇ。本気度が足りないよ」
独り言のように呟くマナギスを、軋む身体に活を入れて何とか立ち上がりながらもフォスは睨みつけていた。
そして気が付いた。
先ほどまでマナギスの右腕に感じていた人の気配…いわゆる魂といったものが感じられなくなっていることに。
「てめぇ…まさかさっきの魔法…誰かの魂を糧にして使ってるのか…!?」
「おや?おやおやおやおやおやおやおや!おやまぁ!!もう見破られちゃったかぁ~!さすがは皇帝様!でも糧にって言い方は好きじゃないな、言ったでしょう?これは協力だよ。私は人の魂…命を少しだけ借りているだけさ」
「なんだと…?てめぇみたいなイカレた女に好き好んで魂を差し出す馬鹿がいるって言いたいのか?」
「ん~…まぁ確かに同意は得ていないけどもさ?適当にさらってきた人とか実験の途中で精神が壊れちゃった子とか…あとは技術提供している国で出た犯罪者とか、身寄りのない子供とかを使ってるからねぇ。あんまり同意の取りようがないんだよね」
明らかにまともでないことを、さも当然のように語るマナギスにフォスは言いようのない不快感を覚えた。
確かにフォスも聖人君子とは言えない。
かつての帝国には自分の身を守るために人の間に明確な格差を作ったこともあった。
だがそれでも、マナギスはとにかく不快だった。
「はっ…とんだ腐れ外道じゃねえか」
「そうかな?そうはいうけどもね?皆は私に感謝してると思うんだよね」
「あ?」
「だってそうだろう?ただ単に無駄に使いつぶすだけだった命に私が価値を与えてあげたのだから。凄いとは思わないかい?才能も特別な力も何もないただの人が、人の命が!私がほんの少しだけ手を加えて後押しをしてあげるだけで天下の皇帝様を押さえつけるほどの魔法を使うことができる!素晴らしい!やっぱり人は無限の可能性を秘めている!」
まるで舞台役者のような大振りな動きで、酔っているかのような恍惚の表情をマナギスは見せた。
「それで?その素晴らしい命とやらは消えちまっているようだが?それでも感謝していると?」
「そこだよねぇ問題は。たかが「書物にも載っていないような最上級魔法」を使っただけで消えてしまうなんて…これがどういう事かわかるかい?」
「お前の腐った脳で出した計算でも間違っていたんじゃねぇのか」
「いやいや。大国を収めていた皇帝様がつまらない事を言わないでおくれよ。人の可能性は…命の尊さや価値、輝きは計算や理屈では測れない物だろう?人は誰しもやればできるんだ。今の君との攻防で数十の魂が消えたわけけど…彼らは気合が足りなかったという事だよ」
やれやれ困ったものだとマナギスは首を振る。
「気合があれば消えなかったとでも言いたげだな」
「言いたげ?そう言っているのだけど?彼らにやる気があれば…前を向いて本気になっていれば魔法の発動に使われたくらいで消えるはずがないんだよ。人はそんなに弱くない、人の命は!そんなに矮小な物ではないんだ!!消えたくないのなら消えたくないと必死になれば!生きたいのなら生きたいと全力で叫べば消えてなくなるはずなんてないんだ!…まぁそういう意味では先ほど消えた彼らは消えるべくして消えたという事でもあるよね。だって彼らは人の可能性を馬鹿にしたのだから」
もうダメだとフォスは思った。
この女は話が通じないと理解した。
彼女の周りにはそんなのばっかだが、ダントツで話が通じない…というより言っていることが理解できない。
リリに近いところもあるが、リリはまだ同意や納得は出来なくとも言っていることの意味は分かる。
だがマナギスはそもそも話になっていない。
人間賛歌を謳いながら、命を冒涜している。
つまりは、
「我の一番嫌いなタイプだよ、お前は」
「そうかい?私は君の事そこそこ好きになっているよ?神様だからいらないとは思ったけど…君の魂なら人のものと言ってもいいかもしれない。きっと君は我々人の命の輝きを否定するようなことはしないだろうからね」
「黙れ。お前はここで殺す」
フォスが痛む身体に今一度力を入れてマナギスに攻撃を仕掛けようとした時、彼女の頭の中に声が聞こえた。
「手伝ってあげるよ。こーちゃん」
まるで人の精神を蝕むような甘ったるく舌足らずな声。
それはフォスが下手をすれば原初の神よりも警戒している人物。
リフィルの声だった。
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