第278話 英雄vs魔女

「言っておくが我はむかつく相手に遠慮はせんぞ」


フォスの手の中に小さな光のナイフが出現する。

今の小さな身体では惟神の力を十分には発揮できず、その身体に見合った小さな力しか使うことは出来ないが、それでも十分な威力を持っている。


それはどこの国にも対処できなかった黒い流れ星に単騎で対応することができたことから疑いようがない。

そしてそんな力を目の当たりにしたマナギスは、じっと見つめるようにそれを観察していた。


「ふむ…「惟神」というやつかな?なるほど、君は神様の一種なんだね。ちょっとだけがっかりだな」

「あ?」


「だってそうでしょう?人の世を治めていた皇帝なのだから大層凄い人なのかと思えば…神様になって人間を辞めているなんて…実にもったいないよ。それは人の持つ可能性を捨てて得た力だ。そんな物に何の魅力もないよ」

「なんだ?もう負けた時のイチャモンをつけてきてるのか?」


「いいや?本当なら君とはお友達になりたかったのだけど興味が無くなった。せいぜい私たち輝かしい人類のための礎となっておくれ」

「勝手に人を人外のバケモンみたいに言うんじゃねえ、よ!」


フォスは勢いよく地面を蹴り、マナギスに迫った。

先手必勝。


フォスの能力はその性質上、相手に一撃を加えることができればそこで勝敗が決する。

故に相手の出方をいちいち見守るよりも先に仕掛けたほうが確実だ。


そして彼女は能力に頼っただけのでくの坊ではなく、鍛錬と研鑽を積み重ねた人の武の極致に至った者だ。


だからこそ内心マナギスの言葉にフォスは静かに怒りを募らせていた。

確かに自分は真人間とは言えない。


一般的な人とは大きく仕様を逸脱していることはフォス自身が一番よく理解している。

だがしかしそれでも彼女は自分を一人の人としての一種の誇りを持っていた。


「だから見るがいい、我が積み重ねた人としての重みを」


小さな身体を最大限生かし、まだ辺りに散らばっている瓦礫の隙間を縫い、壁を蹴る。

とても幼子が出せるとは思えないスピードでマナギスの背後まで回り込むと、ナイフをその背に向けて突き出す。


しかしマナギスもフォスに喧嘩を売るだけはあり、すぐにその動きに反応してみせ、振り向くと同時にフォスに右の掌を向けた。


「ああそうだよな。お前みたいなやつはどうせわけのわからん魔法みたいなもんを使いだすんだ。人の可能性だなんだと大口をたたくのなら…解剖だなんだと言わず、まずは身体を鍛えて出直しやがれ引きこもりがぁ!!」


次の瞬間、グルンとフォスの身体が回転したかと思うと、フォスはマナギスの突き出した右腕にしがみつき、惟神のナイフを突き立てた。


「この感覚…貴様…っ!」


ナイフが刺さった瞬間に強烈な違和感をフォスは感じたが、今は構わずに体重を利用してマナギスの右腕を切り裂き、地面に着地すると同時に再び地面を蹴って体勢を崩したマナギスの顔に蹴りを叩き込んだ。

幼子の身体でのそれは純粋な威力という点ではそこまでではないが、人体の急所を正確に打ち抜いたために痛いでは済まないほどのダメージを与えられた…はずだった。


「痛いなぁ。なるほどなるほど。これが君の積み重ねた重みか~…長い時を生きて来た中で培った身体捌きという事かな?うんうん、実に素晴らしい」


マナギスは体勢を崩したとはいえ、それ以外にダメージを受けた様子はなく、首をコキリと鳴らしながらゆらりと立ち上がる。


フォスの惟神の一撃を受けた右腕はローブに隠れてよく見えないが、ぶらんと揺れて垂れ下がっており、まともな状態ではないのは一目瞭然であったが、それすらもマナギスは気にしている様子はなかった。


「無下に切り捨てたことは謝るよ。確かに君の技術は素晴らしい…でもやはりそれだけに神様に成り下がったのが残念でならないよ」

「…」


静かに、しかし不快な物を見るような目でフォスはマナギスの事を睨む。

小さな手に握られた右腕を抉り、切り裂いたはずのナイフには…一滴の血もついていなかった。


「怖いなぁ、そんなに睨まないでよ。私のような善良な一般人は神様に睨まれたら震えてしまうじゃないか」

「貴様…ふざけているのか頭に蛆虫でも湧いているのかどっちだ」


「いつだって私は真面目だし、頭脳も…これでも研究者なので他人に誇れるくらいにはあると思っているよ」

「ああそうかよ。両方ってことだな?…そんなクソみてぇな腕してるやつがどの口で人がどうとかほざいてんだよ!あぁ!?」


マナギスの垂れ下がっていた右腕が地面に落ちた。

まるで大きな玩具が落ちるような…おおよそ人体がたてるとは思えない無機質な音をたてて腕だったものが転がる。

一見普通の腕に見えるそれは…独特な球体関節を持った人形の腕だった。


「いやぁ、ははは!そんなに怒る事じゃないよ。義手というものさ。これでも私もそれなりに長生きだからさ、そりゃあ不慮の事故やらなにやらあるんだよ。千年単位でこの身体と付き合っているからさ?五体満足だっていうほうがおかしいでしょう?」

「ああそうだな、確かにその通りだ。だがただの義手に…どうして「人」の存在を感じるんだよ」


その言葉を聞いたマナギスは口角をあげて笑みを作った。

三日月型に開いた口から覗く真っ赤な口内がまるで血のように見えた。

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