第275話 悪魔さん達の苦悩5
「なになに?クチナシちゃんどうしたの?」
先ほどまでの無表情とはうって変わり、年相応の可愛らしい顔で小首を傾げたリフィルにクチナシは目線を合わせるためにしゃがむと優しくリフィルの頭を撫でながら話す。
「時間も遅いですし、そろそろ終わりにしておきましょう」
「え~?でもまだ悪魔のおねーさんたち死んでないよ?」
「彼女たちはアルスさんの配下ですので勝手に殺してはいけないのですよ。アルスさんはもちろん、マスターも困ってしまうかもしれません」
「むぅ…でも~」
「それに先ほど寝室に寄ってきましたが、アマリリスが寂しそうにしてましたよ。「お姉ちゃんが戻ってこない…」って。せっかくのお誕生日なのですから一緒にいてあげてください」
「むむむむむ…わかった、戻るよ~。アマリが寂しがってるのならしょうがないよね」
ふっと悪魔達の腕から力が抜けて手に持っていたナイフがカランと床に落ちた。
同時に身体の自由も戻り、崩れ落ちるようにして二人は倒れる。
「はい、リフィルはいい子ですね。あとの事は私に任せてアマリリスの所に帰ってあげてください」
「うん~クチナシちゃんおやすみぃ~」
ぬいぐるみの手を動かして手を振った後にリフィルはあっさりと部屋を出ていたのだった。
「大丈夫ですか?」
「「…」」
クチナシが悪魔達に問いかけるも返答はなく、虚ろな瞳は何も映していない。
「ずいぶんと「抜かれた」みたいですね。一応もう再生能力も戻っているとは思いますが…そんな体力や気力も残ってないみたいですね。しかたない」
血の海に沈む悪魔達に、クチナシの手の中から溢れ出してきた赤と青の液体が降り注いだ。
二人の傷口が液体に触れたカ所から逆再生のように再生が始まり、か細かった呼吸も正常に、瞳に光も戻って行った。
「会話は出来ますか?」
「な、なんとか…」
「助けていただいて感謝します…」
「お気になさらず。とりあえず片付けはやっておきますから、今日は私の部屋で寝てください。私は睡眠が必要ないので」
「え…でもそれは悪いというか」
「行ってください。少しでも休んで体力を戻しておかないと、明日寝坊でもしてメイラに怒られたくはないでしょう?」
「う…」
「色欲、ここはお言葉に甘えておきましょう」
二人は急いで着替えだけ済ませるとクチナシに頭を下げ部屋を後にした。
「あの人形…何考えてるのか分かんなくて不気味だけど案外いい人?だったわね」
「…だといいのですがね」
助かったと安堵を漏らした色欲に対して、嫉妬は歯切れが悪く答えた。
「なによ?」
「一連の会話の流れで彼女は一度も私たちを見ていませんでした。興味がなさげだったというか…おそらくですが何か向こうに利があったからこそ助けてくれただけで、それがなければ見殺しにされていたと考えるべきです」
「そう…そうよね。うん…」
「ええ」
今日一日で痛いほど、いや実際に痛みを伴って思い知らされた。
ここでは自分たちでさえ手の届かない化け物が住まう、まさにこの世に顕現した地獄だと。
そして一見まともそうに見える者も例外なくこの場所では狂っている。
二人がこの場所で気を許せるのは自らの主と、お互いのみ。
「こんな場所…これ以上いたら本当に死ぬ」
「…明日、悪魔神様とお話をした後にこっそりとこの場所を離れましょう。もうそれしかありません」
二人は頷き合うと、速足でクチナシの寝室に入り、まったくと言っていいほど物の無い殺風景な部屋で夜を過ごした。
そして翌朝。
「話は分かりました」
まだ日が昇り切っていないほどの時間に色欲と嫉妬は主である悪魔神の元を訪れ、事情を説明した。
速すぎる時間だというのに嫌な顔一つせず二人を迎えたアルスは真剣な顔で話を聞いていたが、その膝の上でふんぞり返っているフォスは大笑いしていた。
「ぶははははは!随分とヘタをこいたなお前たち。調子に乗りすぎだな。自分の事を本気を出せば強いだとかイキリ散らかしている奴に限ってそういう事をやらかすんだアホめ!ははははは!」
随分な言いぐさだが言い返せる言葉を持たないうえに、フォスはアルスの想い人という事もあり色欲と嫉妬は俯くことしかできなかった。
「も~あんまり私の眷属をイジメないで上げてくださいな。そういうフォス様だって前に調子に乗ってリリさんにボコボコにされたんでしょう?」
「うるさい馬鹿め。あれは貴様の呪いのせいだ。アレがなければ余裕で勝ってたわ」
「子供みたいなこと言わないでくださいまし。それでメイラさんの能力に対しての対抗でしたかね?残念ですがあの子は私の眷属ではないので何とも…時間があればもしかすればという感じですかね」
「うっ…悪魔神様でもですか」
「困りましたね…」
ならばと二人はやはり昨日の考えを実行に移すことに決めた。
まとめておいた荷物を手に立ち上がるとアルスに向かって一礼する。
「あの…それではちょっともう無理っぽいので出て行かせていただきます…」
「何かあれば駆けつけますので…申し訳ありません」
そんな二人にアルスはまるで聖母のような優し気な微笑みを投げかけると快く二人を送り出す。
「それがあなた達の決めた事ならば私は止めません。好きな事をやって好きに生きなさい。今までありがとうございました。感謝していますよ愛しい私の子たち」
「悪魔神さまぁ~」
「うぅ…そのような言葉をいただけて光栄です」
涙を流してアルスに感謝の言葉を投げる悪魔達をフォスはじっとっとした目でつまらなそうに見つめていた。
そうして別れを済ませた二人は屋敷の正門を開き、いつの間にか登っていた朝日を受けながら新し一歩を踏み出す。
「これから何をする?」
「そうですね…最近ご無沙汰でしたし人でも襲ってみますか?」
「お?あんたにしては珍しいこと言うじゃない?」
「さすがに息抜きが必要なのですよ私にも」
二人は笑い合うと次の一歩を踏み出そうとして…。
足が動かなくなっていることに気が付いた。
恐る恐る二人が足元を見ると、足の甲を貫くようにして赤黒い棘が突き出しており、地面と足を縫い付けていたのだ。
「どこに行こうとしているの?朝の支度の時間なんだけど」
背後から聞こえてきた声にまるで油の切れたパペットのような動きでゆっくりと後ろ振り向くとそこに、にっこりと笑うメイラがいた。
「あ…いやぁその~」
「私たち今日でその…」
「なぁに?ハッキリと言ってみなさいよ」
言うぞ…言ってやる!今日でメイドはやめたんだと!
そう意気込んだ二人だったが二回の窓からぬいぐるみを抱えた幼子がこちらを無表情で見つめていることに気が付いた。
「あっと…その…」
「え~と…」
ダン!とメイラが苛立たし気に地面を踏みつけた。
「「すぐに支度します~~~~~~!!!!!」」
─────────
そんなことがありつつもなんとか二人は比較的平穏な日々を過ごしていた。
もう二度とこの屋敷の住人を怒らせないように細心の注意を払いつつ、適度の息抜きもこなす。
この地獄のような屋敷にもだいぶ適応してきて一安心したところで二人はマオからお茶に誘われた。
「いつも頑張ってくれてるからたまにはお茶でもどうかなって」
「うっす、光栄っす」
「ありがたくいただかせてもらいます」
魔王という肩書を持ちながらも手ずから紅茶を注ぎ、ケーキを切り分けてくれたマオに感謝を述べつつ二人は日々の疲れをお茶と共に流し込んでいく。
包み込むような優しい味が嫌な事を全て忘れさせてくれるようだった。
「口に合ったかな」
「うっす!めっちゃうまいっす!」
「はい、こんなおいしいお茶は頂いたことがないほどです」
「え、そんな褒められると照れちゃうな。ありがと悪魔さん達」
普通の…いや、可憐な少女のように優しく、はかなげに笑うマオに気が緩んでいたためか唐突に色欲の中で何かのスイッチが入った。
「あ、ヤバイ。なんかすっごいムラムラしてきた」
「ちょっと色欲…」
「ムラ…?」
「魔王様アタシと一回どうです?絶対に気持ち良くしてあげますから」
「色欲!」
嫉妬は必至に色欲を止めようとするが悪魔が己の強い欲望を抑えきれるはずもなく、身を乗り出すようにしてマオに迫る。
等のマオはびっくりしたように目をまん丸とさせていたが、次の瞬間に視線を色欲の背後に向けた。
「あ」
そんなマオの漏れ出たような声が聞こえた直後に色欲の耳にはギィィィィイイイイイイという歪な音が聞こえ…。
数分後にはその場所に首のへし折られた悪魔が二体倒れていて、その悪魔が再生するまでの間、その場に晒されるように放置されたそうな。
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