第276話 人形少女は動き出す

 一晩が経ち、とりあえず落ち着いた私はこれからやるべきことを整理することにした。

と言っても大まかには二つだけしかないのだけど。


その1、レイの母親を止める。

彼女から託された…いや、交わした約束を破るなんてことはしない。


約束した以上は必ず守る。


それに何より世界を終わらせられると困るのでどちらにしろ戦わないといけないのよね。

うんうん、どうせやるならとことんまでだ。


私自身、同じ母親として話してみたい気持ちがあるし、できる事なら話を聞いてあげたいとも思う。

原初の神様がどんな人で、何を考えているのか…レイとの事、いろいろ話してみたいのだ。


それとようやく思い出したのだけど、レイから聞いた特徴からすると、以前に魔界で出会ってマオちゃん…というか魔王の秘密を私に話して消えたマリアさん。


あの人がおそらく原初の神様だと思う。


さすがにこのファンタジー異世界でもあんな髪は二人といないと信じたい。

まぁしかし厳密には違うけど、リフィルもいろんな髪色を持っているという点では似ているところがあるので断言はできないのが辛いところだ。



そしてその2、レイの敵討ち。

レイを騙して非道な実験の末に洗脳まで施して彼女があれほど自分を責める原因になった人物を探し出し、ぶちのめす。


これは完全な私怨ではあるけど、そんな危険人物がうろちょろしてるなんて考えるとおちおち外も歩けない。

もし私の娘が被害に会ったらと考えると野放しにはしておけない。


他人の事を何とも思わないクズな危険人物なんて死んでしまえばいい。

…というかその謎の人物は何歳なのだろうか?


もはやこの世界で普通の寿命なんて考えるだけ無駄だとは思うけど…うーん…こちらに関しては情報がレイの欠片を持っているという事しかないので探すのは骨が折れるかもしれない。


ただ原初の神様もレイの欠片を集めているのならば、神様を追うことでそちらにもたどり着ける可能性はあるんじゃないかなと踏んでいる。


「ま、こんなところかな」


とにかくまずは行動だ。

原初の神様の行方を調べない事には始まらない。


こんなことならもっとコウちゃんたちの話を真剣に聞いておけばよかった。

そうだ、今からでも聞いてみようかな?


どうせ手がかりなんてないのだしそれがいい。

そこで部屋の扉が控えめに数度ノックされた。


「入って」

「失礼します。おはようございます…姉様」


扉をノックした人物、クチナシが部屋を見渡した後に私しかいないのを確認するとぺこりと頭を下げた。

実は頼みがあってこっそりと彼女をここに呼んだのだ。


大切な妹分、いつだって私を支えてくれた…相棒と言ってもいいかもしれない子。

そんな彼女に私は今から最低な頼みごとをする。


「クチナシ」

「はい」


「今から私はあなたに頼みごとをする。それは命令じゃなくて…私がクチナシという個人にするお願い」

「…」


「きっとあなたにとってそれは…嫌な事だと思う。だから命令じゃないという事を第一に考えて返事をしてほしい。嫌なら断ってほしい。怒ったのなら…私を殴ってくれてもいい。それであなたに対して私が何かをするなんてことは無い」


クチナシが私の頼みごとに盲目的に従ってしまわないように何度も念を押す。

正直断られると厳しいかもしれない…だけどそれでも命令は出来ないから。


「そういうことならば姉様、まずは話してください。それがどんな願いなのかを」

「うん、あのね──」


私の頼みごとを静かに聞いていたクチナシは、話が終わるとゆっくりと目を閉じた。

そして数秒の沈黙の後に目を開き、私をまっすぐと見つめて…頷いた。


「え…ちょっとそんなすぐに答えを出すようなものじゃ…」

「いえ、問題ありません。すべて姉様の言う通りにします」


「命令じゃないんだよ!?ダメならダメでいいんだって…!」

「はい、だから私はマスターの力の一部ではなく、「姉様の妹」として問題ないと答えました」


クチナシの瞳は微動だにしない。

一切揺れずに、ただまっすぐと私の顔を見つめている。


「本当にいいの…?」

「はい。姉様、私は嬉しいのです」


「嬉しい…?」

「姉様が他の誰でもない、一人の私を頼ってくれたのが何よりも嬉しい。だから私に自由でいていいと言ってくれた姉様のためなら私は何でもできます。何も怖い物なんてないのです。だから姉様…本当に私の事を考えてくれるのなら、私の気持ちをどうか受け入れてください」


そう言ってクチナシは…笑った。

たぶん他の人が見ても気づかないような些細な表情の変化。

私だからこそわかる、その笑顔に私も微笑みを返した。


「うん、ありがとう。君が私の妹で本当に良かった」

「私もです姉様」


準備は整った。

次は行動だ。

頑張ろう…なにも失くさないために。


────────


黒い流れ星による天災から数日が経った。

あるていどの差はあれど、どの国も被害の回復に注力しており、今この瞬間のみ人類史上初の国間の争いが行われていない奇跡の時期が産まれていた。


しかしそれも時間の問題で、直に失われた資源を奪い合って各地で戦争が起こる事だろう。

誰もがそれを予期しながらも生きるために必死に行動していた。

ただ一国のみ、明るく活気にあふれた場所が存在した。


「それは右のほうだ!ぐずぐずすんな!そっちの瓦礫もとっとと片づけろ!虫が湧いたらさらにめんどくさいぞ!根性見せろガキ共!」

「「「うおおおおおおおお!!」」」


汗だくで働く者たちに高台から檄を飛ばしているのは一人の幼女。


「皇帝陛下!こちらは終わりました!お次は何をすれば!?」

「皇帝じゃねえって何度言えばわかるんだコラァ!中央区のほうに人手が足りてねぇからさっさと行ってこい!」


「はっ!」


今しがた軽装に身を包んだ男たち…元帝国騎士団のジラウド以下騎士達に指示を飛ばした幼女こそ、この国を天災から救ったとして半ば祭り上げられているフォスその人だ。


「ふぅ…めんどくせぇことさせやがって」

「おつかれさまですフォス様。お水どうぞ~。それとも私のをお飲みになりますか?」


フォスを担ぎ上げ、自らの膝の上に乗せたアルスが自らの育ちに育った乳房を持ち上げながら笑いかけた。


「やかましい色ボケが。水をよこせ」

「はぁい。それにしてもよかったですね~帝国騎士団の方々が来てくれて」


「ああ。帝国は無くなったってのに馬鹿な奴らだよ」


フォスが黒い流れ星に対処していた時、滅びる前の神都を後にしていた帝国騎士団たちはたまたま王国の近くまで来ていた折にフォスの惟神の光を目撃し、一直線に駆けつけたのだった。

その後は王国の民たちと共にフォスの威光の元一丸となり、国の復興に励んでいた。


「ふふっ嬉しそうですねフォス様」

「やかましい。それよりガキどもはまだ寝たままか?」


「勇者とヒートの事ですか?そうですね…体調はだいぶ安定しましたけどまだ意識は戻っていません。レイさんがつきっきりで看病しているので安心だとは思いますが」

「そうか」


安心したとばかりにフォスは一息つくと、これからの事に関して頭を悩ませ出す。


「いつまでもここに居るわけにはいかん。さっさと後片付けを済ませんとな」

「あら?フォス様はてっきりここを新たな帝国にするとばかり」


「するか馬鹿。我はもうそういうのはいいんだよ。というかリリの野郎に問い詰めんといけない事もあるしな…お前ももし我に味方をするつもりなら一応準備だけはしておけ」

「リリさんと戦うつもりですか?」


「事と次第によってはな」

「うーん…でも今リリさんを敵に回すと…正直怖い人がいっぱい敵になってしまうのであんまり気が乗りませんねぇ」


それはフォスも理解していた。

故に簡単に敵対するつもりはない…が、それでも今回の一件でリリの危うさを再認識したフォスはどちらにせよ話はしなくてはいけないとも考えている。


「はぁ…めんどくせぇ」

「だったらよせばいいではないですか。たぶんリリさんも何か理由あっての事だと思いますよ」


「だといいがな」


フォスとて戦わなくていいのならそれに越したことは無い。

何よりも…。


「リフィルを敵に回すことだけは避けたいからな」

「本当にフォス様はあの子を警戒していますね~」


「ああ…あいつだけは絶対にダメだ」


この世界にはどれだけ好き勝手に生きようとも絶対に侵してはならないラインという物が存在する。

リフィルはまさにフォスの中でそれだった。


「うふふふ!面白い話をしていますね」


ふと誰かがフォスとアルスから少し離れた位置から離しかけてきた。

研究者のような…それでいて魔術師のような恰好をした不思議な女だった。


「何もんだお前」

「あなたたちが壊した家の持ち主…と言えばいいかな?」


「ぬかせ、お前人間じゃないだろう。そんな気味の悪い気配を漂わせておいて一般的な王国民とかいうつもりじゃないだろうな」

「失礼な子だなぁ。私ほど人らしく生きている人間なんてなかなかいないよ?」


彼女こそは侵してはいけないラインを平然と飛び越えし者。

名をマナギス。

今ここに人の頂点に立った英雄と、誰よりも人という可能性を信じ冒涜する魔女が邂逅した。

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