第274話 悪魔さん達の苦悩4

 闇が支配する夜。

慌ただしい一日を終えたメイラの寝室でパチ、パチと木を弾くような音が聞こえていた。


「あ~そうきたか~」

「降参しますか?」


小さなテーブルを挟んで、メイラとクチナシがボードゲームに興じている。

これは二人の日課のようなもので、最初は一日の情報交換をしていたのだが次第にこうして二人で遊ぶ時間に変わっていた。


「しないよ。まだまだ始まったばかりだし」

「しかし私にはもう勝ちが見えています」


「絶対負かしてやる」

「できるものなら」


再びパチと駒がボードに置かれる音だけが部屋の中に響いていく。

元々無口であるクチナシと、雑談時は相手に合わせて話すことの多いメイラの組み合わせはほとんどが無言となってしまうが、不思議と二人の間には気まずい雰囲気はなく、無言もまたコミュニケーションの一つとして成立していた。


「ここ…?いや!ここだ!」


メイラが自信ありげに駒を置いた瞬間にクチナシが自らの駒を目にも止まらぬ速さで置いた。


「チェック」

「…あ」


およそ十数分に及んだ死闘を制したのはクチナシで、メイラは悔しそうに項垂れていた。


「メイラは分かりやすいですね」

「くそぉ~…まだ三回目なのにもう別のゲーム探してこないといけないじゃん…」


「頭を使わない物を持ってくればいいのでは?」

「いいや、絶対にこの系統のゲームでクチナシちゃんを倒す」


基本的に二人で遊ぶゲームはメイラが探してくるのだが、頭脳系のゲームはクチナシの得意とするところで、最初の数回はいい勝負をするのだが、それ以降はメイラを遊ぶようにしてクチナシが圧勝してしまい、そうなるとまた別のゲームをメイラが探して…といったことを繰り返していた。


運が絡むようなゲームの場合はメイラでも連勝できることはあるのだが、意外と負けず嫌いなところがあるメイラは頭脳がものを言うゲームだけを持ち込んでいる。


「ならば一つのゲームに集中してみるのはどうです?一つくらいはピタッとハマって意外な才能が開花するかもしれませんよ」

「嫌だよ…絶対にそれ思いついた戦術を私で試したいだけでしょ」


「…」

「そこ、ゆっくりと目をそらさない」


メイラはリリのようにクチナシの表情の変化を読み取ることは出来ないが、それでもなんとなく行動でクチナシの気持ちが分かるようにはなっていた。


だからゲームに勝って意外とテンションが上がってウキウキしているような様子が見て取れてメイラはクスリと笑った。

もっとも表情はわからないのでゲームでは心理戦を仕掛けてもポーカーフェイスで流されてしまい、結局負けてしまうのだが。


「なにか?」

「ううん、なんでも」


「そうですか…では私はそろそろ行ってきます」


ボードゲームの後片付けが一段落したのちにクチナシは席を立ち、部屋の外に歩き出す。


「ええ~?もう?もう少し待ってもいいんじゃない?」

「いえ、そろそろ限界だと思います」


メイラは不満そうに口を尖らせたのをみてわずかに苦笑した。


「もう十分怖い思いはしたことでしょう。それにいいところで止めておかないとあの子のためにもなりませんから」

「分かったよ。私は行かないほうがいい?」


「ええ、何かあった時も私なら何とかなりますから」

「了解。気を付けてね」


ぺこりと頭を下げると、クチナシはメイラの寝室を出て目的の場所に向かったのだった。


─────────


「んくっ…はぁ…ううっ…」

「くはぁ…あくぅ…んん…」


一方その頃、色欲と嫉妬の寝室では異様な光景が繰り広げられていた。

寝間着姿の二人は全身から滝のような汗を流しながら、自らの身体に片手でナイフを突き立てている。

そしてそんなお互いの行動を止めるように、もう片方の手で相方のナイフを止めるように手を掴んでいた。


「くっ…は…」

「ぐ…も、もう…」


すでに悪魔たちは身体のいたるところから血を流しており、色欲は右足が足首から下が切断されており、嫉妬は腹部から腸が飛び出しており、そしてそんな光景をぬいぐるみを抱えたリフィルが無表情で見つめていた。


「はい五分~次~」


リフィルが感情を感じさせない声で言葉を投げかけると二人は震えながらも無理やり口を開く。


「あ、アマリリス…様を傷つけた事、心から後悔、しています…」

「これから、は…このような事がないよう…細心の注意を…はらい、ます…」

「ん~?それ5回前に聞いたよ?毎回違うこと言ってって言ったよ?言ったよね?どうして守ってくれないの?いう事聞いてくれなかったからまた「一個」ね」


リフィルがぬいぐるみの口の中に手を突っ込む。

それをみた色欲がたまらず…。


「ま、まって…!もう一回チャンスを…」

「待って?いま私に言ったの?まってって?なんで?なんでそんなこと言うの?ルールを破ったのはそっちでしょ?罰としてもう一個」


ぬいぐるみの中から手を引っこ抜いたリフィルの手には二つのガラス玉のようなものが握られており、次の瞬間に悪魔たちの身体からドッと力が抜けた。


結果としてお互いの刃を食い止めていた力も緩み、ナイフが自分の身体を傷つける。

身体の力は抜けているはずなのに、ナイフを握る腕はかなりの力が込められており、色欲は喉元がバックり開くほどの、嫉妬はわき腹が抉られるほどの傷を負ってしまう。


「次はどこにしようか~?じゃあ次はおめめと~胸にしよう~」


リフィルの言葉に二人のナイフがそれぞれ目と胸に向けられる。

それを食い止めようと、再びお互いのもう片方の腕が刃を止めた。

なぜこんなことになっているのか、それは二人の寝室に現れたリフィルの始めたゲームのせいだった。


アマリリスを傷つけたことを許せないリフィルが二人に課した悪戯。

一つ、自分の身体の指定した部位をナイフで自ら切除する。

二つ、ダメージの回復を禁止する。

三つ、片腕で相手のナイフを止める動きだけ自由にしていい。

四つ、五分に一度アマリリスに対する謝罪を述べる。できなかった場合はペナルティーとして力を奪う。


リフィルが持つ自らの言葉に付属する強制力、他者の力を奪う能力をフルに活用した、もはや拷問と呼ぶにふさわしいそれをわずか4歳の幼子が実行しているという事実そのものに恐ろしいほどの恐怖を感じる。


だがリフィルは邪神なのだ。


ただそこにいるだけで他者を害し、傷つけ、破滅させる。

悪意を振りまき、生きとし生けるもの全てを光明の見えぬ深淵に叩き落とすという点においてこの小さな幼子に敵う者などこの世界にいはしないのだから。


悪魔たちは身体の主導権のほとんどを奪われており、自らにナイフを突き立てようとする腕を止めることができない。


そして相方の腕を止めようと必死に力を入れることのできる片腕も、すでにほとんどの力を奪われておりもはや食い止めることなどできない。

頼みの綱の再生能力まで奪われている以上…このまま二人に訪れるのは…死だけだった。


「そこまでですリフィル」

「ん~クチナシちゃんだぁ。どうしたの?」


二人の寝室に現れたクチナシがリフィルの肩を優しく叩いた。

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