第273話 悪魔さん達の苦悩3
棘が突き刺さった拍子に飛び散った嫉妬の肉片をメイラが拾い上げ口に含み、数度咀嚼したのちに無造作に吐き出した。
一見なんの意味もない猟奇的行動に見えるが、メイラはその能力により経口摂取した血液と同じ血を操ることができる。
つまりメイラに血液を一滴でも吸収された時点で、その者は命を握られたも同然となる。
何故なら彼女の意志一つで体内の血液を血の棘に変えられてしまうのだから。
「あなた達死なないのですよね?どこまで死なずにいられるのか試したことあります?ないのなら今から試してみましょうか?」
色欲と嫉妬は神を除き最初に生まれた悪魔であるがゆえにそれなりに長い時を生きた影響でほとんど不死に近い。
能力として再生能力を持っている怠惰には劣るも、そもそも悪魔自体が不死性の高い種族であり、長き時を生きたことによって磨かれた力に蓄えられた知識等の全てが作用し、よっぽどのことがない限り完全なる死を迎えるという事は起こりえない。
だが、今この状況でそんなのものが何の役に立つというのだろうか?
身体中を棘で地面や壁に縫い留められ…さらにはメイラの気分次第で身体の好きな部位を体内から破壊されてしまう。
何度再生しようともその身体に血が流れている限り何度も何度も何度も何度も…それは死ねないという事は寧ろ…。
「まずはその不愉快な顔をスッキリさせてあげる」
メイラがそう言うと同時に二人の悪魔の片眼を貫くように棘が突き出した。
「「っぁあ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
死なないからと言って痛くないわけじゃない。
血をまき散らしながら激痛に苦しむ悪魔を見てメイラは恍惚の表情を浮かべていて…。
「はぁいそこまで~」
血の惨劇を止めたのはリリの気の抜けたような声だった。
「…リリさん?」
「これ以上は汚れちゃうし止めとこ。アマリリスも落ち着いたからさ~」
リリの言う通り、すでにアマリリスは先ほどの大泣きが嘘のようにケロッとしており、リフィルと二人でお互いをもみくちゃにしあって遊んでいる。
「……………………………………わかりました」
アマリリスの事で怒ったのは間違いないが、それと同時に悪魔を害したいという想いをもっていたメイラはこぶしを握り締めて血の棘を解除した。
ありとあらゆる事象より己の欲望を優先する悪魔だが、メイラに限っては欲望よりもリリの事が優先される。
「うん、いい子だねメイラは。さて~悪魔さん達も大丈夫?」
大丈夫なわけあるかと二人は言いたかったが、声を出せるような状態ではなく、か細く呼吸をするので精一杯だった。
「ん~クチナシ~ちょっと治療してあげて~。それと落ち着いたらマオちゃんが話があるって言ってたから後で来てもらっていいかなぁ?」
行きたくない。
悪魔たちは純粋にそう思った。
しかし当然ながらメイラがそれを許さない。
「屋敷の主であるリリさんが訊ねているんです、何を黙っているんですか?」
ブチブチと小さな音をたてながら悪魔たちの後頭部を突き破るように棘が現れ、二人の首が下向きに傾き、それを見たリリが満足そうに笑う。
「頷いてくれてありがと。じゃあ待ってるね~。というかこのお屋敷の主ってマオちゃんじゃ無いの?」
「え?リリさんだって魔王様は言ってましたよ?」
「そうなの!?」
────────────
数時間の猶予の末になんとか活動できるレベルまで身体を回復させた悪魔たちは椅子に座り足を組んでいる魔王の前で正座をしていた。
実は現時点では色欲と嫉妬が本気を出せば今の魔王ならば余力を残して勝つことができるのだが…魔王の後ろに寄り添うようにして控えているリリの存在があるため結局は逆らうことは出来ない。
悪魔神からリリに対し敵対は禁止と言われていることもあり大人しくするほかなかった。
基本的に悪魔たちの自由意志を尊重し、何かを禁止したりという事はめったにしない悪魔神がリリとの敵対を禁止しているという事はつまりそれほどの事だという証明でもあった。
そして部屋の入り口を封鎖するように微動だにせず佇んでいるクチナシという得体の知れない存在の事もある。
悪魔たちの感覚をもってしてもクチナシの実力を測ることができず、ただただ不気味だった。
つまり悪魔達がこの場で出来ることなどなく、ただ粛々とこれから行われることを受け入れるほかない。
「…話は分かった。つまりは文化の違いからくるすれ違いだったと」
「はい…申し訳ないっす」
「申し訳ありません」
マオと悪魔たちは話のすり合わせを行い、今回の事件の原因を究明を行った。
行ってしまえば認識の違い、それだけだ。
マオはため息を吐くと一度だけ頭を下げた。
「こっちもごめんなさい。アマリリスの事情はもう少しあの子が大きくなって話すつもりだったの。それをあなた達に話しておかなかったのはこっちに落ち度だと思う」
「いえ…そんなことは…」
「まぁでもこういう事があるから、子供たちに不用意な事は言わないでほしい。いい?」
「うっす…」
「かしこまりました…」
マオはまだ何かを言おうとしていたが、後ろからリリがマオを抱きしめるようにして発言を止めた。
「もういいんじゃないマオちゃん。二人も反省してるみたいだし」
「…そうだね。メイラさんにかなり痛めつけられちゃったみたいだしもういいかもね」
「うんうん。ほら~難しい顔しないで、眉間に皺ができちゃうよ」
「きゃっ!ちょ、ちょっとくすぐったいよリリ~」
「あははは!ほれほれうりうり~」
一体自分たちは何を見せられているのか。
悪魔たちはいたたまれなくなり、以後ことが悪そうにうつむいたまま数分を過ごした。
─────────
「あ~酷い目にあった…とんだ厄日だ」
「ですね…しばらくはおとなしくしておきましょう」
ようやくの思いで解放された二人は自分たちに与えられている寝室でメイド服を脱ぎ捨てくつろいでいた。
全身の疲労が限界を超えており、今すぐにでも眠ってしまいそうだった。
「はぁ…てかさ、あいつの血の能力になにか対策できないの?このままだとやばくない?」
「ヤバいとは思いますが…」
メイラの能力は一度有効になってしまえば、ほとんどの場合で対象者はそのまま死んでしまうためにあまりない事例だが、実はずっと効果は残る。
つまり悪魔たちはこの先一生…言ってしまえば腹の居所が悪かったという理由でも八つ当たり気味に体内から棘を生成されてしまうという状況なのだ。
「なら何とかしてよ!」
「無理ですね…私たちに作用している呪いのような物なら対処のしようもありますが、あれは本人の中だけで完結している能力です。私たちに何の干渉も行われていないのだから対策が取れません」
「ちくしょう…悪魔神様に頼んでみる?」
「それが最善かもしれませんね」
これからの動きを決めつつ、二人は身体と精神を休めるために睡眠をとるべくベッドの中にもぐりこんだ。
しかし彼女達の一日はまだ終わらない。
メイラの能力などまだ生易しい物なのだという事に悪魔たちは気が付いていない。
たとえどんな理由があろうと、それが不可抗力だとしても彼女たちは犯してはいけない罪を犯した。
アマリリスを傷つけるという事はそういう事である。
「こーんばーんはー」
部屋の中に突如として聞こえた舌足らずな声に驚いて悪魔たちはベッドから跳び起きた。
そして二人が見たのは不気味なぬいぐるみを抱えたリフィルの姿だった。
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