第272話 悪魔さん達の苦悩2
その日はアマリリスの4歳の誕生日だった。
アマリリスは正確な出生日が分かっていないため、クチナシがリリたちの元にアマリリスを連れて来た日を誕生日としてマオとリリが率先して屋敷の飾りつけや料理等を準備し、クチナシやメイラにリフィルも主役であるアマリリスをいつも以上に姫のように扱い、一種のお祭りムードに屋敷は包まれていた。
その光景を見ていた色欲と嫉妬の何気ない会話が、この屋敷を血の惨劇の舞台へと変えた。
「ふーん、誕生日ってこういうもんなのね~」
「私たち悪魔には存在しない文化なので、この空気感は新鮮ですね」
「そうね~アタシたちには縁遠いもんだわ。でも不思議なもんよね」
「なにがです?」
「だってあのアマリリスって子は本当の子供じゃないんでしょ?」
「らしいですね。血のつながりがない、どこかからか拾ってきた子だとか。それでもこうやって楽しそうにお祝いできるのですから面白い物です」
それは二人にとって本当に何の意図もない雑談だった。
ただ自分達とは違う文化を純粋に不思議に思いっていただけであり、悪意も何もなく、むしろそんな境遇の子供でも受け入れることができるのだなと褒めているくらいの認識だったのだ。
だがその会話を聞いてしまったアマリリスは、ここでようやく自らの境遇を知ることになり…その幼い心は傷ついてしまった。
「え…リリちゃん…わ、わたし…リリちゃんとママの…子供じゃないの…?」
「いや…えっとそれは…」
マオはこの事実はいつか伝えなければいけないものだとは思いつつも、それはアマリリスがもう少し成長してからだと思っていたため、突然の事態にどう説明するべきか分からずにいた。
しかしリリは誕生日会の準備の手を止めることもなく平然とした顔のままで…。
「ん~?そりゃあ血は繋がってないけどもさ──」
リリはさらに言葉を続けようとしていたのだが、それを遮るようにアマリリスは過去最大級に大泣きを始めてしまった。
「うわぁぁあああああああああああああああああんん!!!」
「アマリリス!?ちょっと落ち着いて、大丈夫だから!」
マオが必死になだめようとするも、嗚咽が混じり何を言っているのかも聞き取れないほど取り乱すアマリリスを落ち着かせることは出来なかった。
そして次の瞬間にはアマリリスが嘔吐してしまい、誕生日会の空気は一転してしまった。
「え…ちょっと…これってもしかしてアタシたちのせい…?」
「そうなのですかね…?」
悪気も悪意もなかったために、一変してしまった状況に悪魔たちは戸惑ったが、次の瞬間に背筋が凍り付くような気配を感じその場から同時に飛びのいた。
二人が先ほどまで立っていた場所には真っ赤に錆びた棘のようなものが生えており、行動が少しでも遅れれば串刺しになっていたことは必至であり、その頬を汗が流れ落ちていく。
「低俗な悪魔ですがリリさんの友達である悪魔神の側近…ということで目こぼししてやっていたのにやってくれましたね?以前のあなた達の同僚と同じように肉塊に変えてゴミ箱にぶちまけてやろうか」
コツコツと分厚いブーツが地面を叩く音と共に、無表情のメイラが悪魔達に向かって歩いてくる。
その右腕からは赤黒い血がとどめなく流れ落ちており、床を汚しながらメイラと共にまっすぐと悪魔達に向かっていた。
「ちょっ…ちょっとあんた、さすがにその殺気はシャレになってないわよ」
「なにか我々に不備があったのは認めて謝ります、ですから一度落ち着いてはもらえませんか」
嫉妬が素直に頭を下げてメイラを落ち着かせようとするも発せられている、隠す気が微塵も感じられない殺気は揺らぐことは無く、静かにメイラの血に濡れた右腕が悪魔達に向けられた。
「ねえ、シャレにならないって言ってるわよね?目こぼししてやってるですって?調子に乗るのもその辺にしておきなさいよ小娘が」
「ちょっと色欲…」
元々気の長いほうではない色欲がメイラの雰囲気に充てられたのか、負けじと殺気を放ち、メイラに対抗しだしてしまう。
嫉妬は睨み合う二人を仲裁するべきなのだが、同時にこれはいい機会かもしれないとも思っていた。
(常々彼女との仲は改善しなくてはと思っていましたからね…同じ悪魔でいがみ合う謂れも無いですし、ここいらで私たちの力を見せつけて鼻柱を折っておくのも手ではありますか)
後程自分たちの行いは謝罪しなくてはいけないが、それはそれとしてメイラとは一度決着をつけておくべきだと判断した嫉妬は色欲を止めず、むしろ自分も手をだすつもりで考え込むにあたって外してた視線をメイラのいた場所に戻した。
──そこにメイラの姿はなった。
「え?」
確かに先ほどまでそこにいたはずなのに…血だまりがあるだけで本人は姿を消していた。
ぽた…ぽた…ぴちゃ…。
静かに水滴が落ちる音が嫉妬の耳に届く。
それが聞こえてくるのは自分のすぐ隣…色欲が立っていたはずの場所。
「っ!!!?」
悪魔は理性より本能のほうが強い。
それがいいか悪いかはさておき、この場ではよい方向に働いた。
嫉妬は何かを感じるよりも前にその場から全力で飛びのき、距離を取ったからだ。
「すばっしっこいなぁ。虫みたい」
そこにメイラはいた。
言葉の通り、生理的に嫌悪感を覚える虫を見ているような目つきで嫉妬を見つめている。
そしてその隣には…大きく長い杭で身体を貫かれた色欲の姿もあった。
「あがっ…ぐ…ぎ…」
「色欲!」
色欲の小さな身体は地面から伸びた赤黒い杭に身体の下側から貫かれ、先端が左の肩口から突き出していた。
「あなた色欲なんですよね?好きでしょう?穴を貫かれるの。気持ちいい?」
明らかに快楽を覚えるような行為ではない。
確かにその名の通り、色欲は基本的に性的な行為ならばどんなことでも受け入れられる程度の事はあるが、破壊を目的としたこの状況で快楽を得られるほどではなかった。
その点で彼女は悪魔神に劣る。
ごぼごぼと口から赤い泡を噴き出しながら貫かれた身体が痙攣を始める。
「ああこれ絶頂してるのですかね?気持ちの悪いことで。…あ~」
メイラが大口を開けて色欲の顔面に噛みついた。
そのまま頬の肉を噛みちぎり、ぐちゃ…みちぃ…と歯で肉と筋をすりつぶして咀嚼していく。
「な、何を!やめなさい!」
暴食。
メイラが属している系統であると同時に現在一人だけの悪魔。
かつての同僚と比べても明らかに異質なその姿に嫉妬は恐怖を覚えていた。
「まっず…血も肉も全部まずい。本当に悪魔(あなたたち)なんで生きてるんです?価値ないですよね。だってこんなにおいしくない」
咀嚼していた肉をメイラは吐きだした。
それと同時に色欲の腹を貫くように体内から棘が突き出し、空いた穴から色々なものがこぼれ落ちる。
「まずいし汚い。あはははは!!ねえ見てみなよ!ほら!中身もこんなに汚い!」
メイラはおおよそ正気とは思えない様子で棘を使い、色欲を解体していく。
まるでおもちゃを壊すように、無茶苦茶にぐちゃぐちゃと無造作に。
「や、やめて!色欲を返しなさい!」
「いいよ」
身体がスカスカになった色欲を持ち上げたメイラは、そのまま嫉妬に向けてその身体を投げつけた。
反射的に惨たらしい行いを受けた同僚を受け止めようと両手を広げたのだが、それを見たメイラがにやりと笑うと同時に嫉妬は思い出した。
メイラは取り込んだ血と同じ物を操ることができる。
気が付いた時にはすでに遅く、色欲の身体から生えてきた無数の棘に嫉妬の身体は貫かれ、二人の悪魔が赤黒い棘でつながれたおぞましいオブジェのようなものが出来上がった。
「この程度じゃ終わりませんよ。あなた達もそれくらいじゃあ死なないでしょう?」
口の端から流れた血を拭いもせず、真っ赤な舌をちろりと覗かせながらメイラはオブジェに向けてゆっくりと歩みを進めた。
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