第271話 悪魔さん達の苦悩
――魔の領域と呼ばれる人の手が入っていない中立地帯が存在する。
数百年前…いや、もしかすればそれよりも昔に大陸一栄えていたとされる国があったとさている場所だった。
それを証明するように、今現在とは様式の違う建造物や意図不明の像などが廃墟や遺跡として残っている。
そのような場所にひっそりと現代的で巨大な屋敷が人目を隠すように建っており、そこにはおおよそ人間には触れる事さえできない恐ろしい存在が住んでいて…これはそんな屋敷でメイドとして働く悪魔たちのお話。
────────
その二体の悪魔は生まれつきの強者だった。
色欲と嫉妬。
悪魔はもちろんの事、世に存在するほとんどの生物、魔的存在と比べても上位に位置するほどの戦闘力を持っていた。
それには理由があり、現存する悪魔は全て元をたどれば祖である悪魔神デミラアルスから生まれているが、色欲と嫉妬はその中でも最初に悪魔神から生まれ落ちた…悪魔としてはオリジナルとでも言うべきものであり、他の代替わりをしている悪魔に比べて突出した能力を持っていた。
もっともこのことは悪魔うちでも悪魔神と彼女達しか知る者はいない秘密であった。
普段は「普通の」上位の悪魔を演じつつ、悪魔神に危機が迫ればその力を解放する…すべては自分たちの祖である神を守るために。
当の悪魔神本人は「私の事は気にせず好きに来てくださいね~」というスタンスなので、何か起こっては大変と色欲と嫉妬の二人が取り決めた事ではあったが…。
そして今、その強者二人は…屋敷でメイドとして働いていた。
「ふぃ~掃除終わり~。そっちは?」
十代前半程の少女の姿をした悪魔、色欲はモップを片手に汗を拭う。
見た目は可愛らしく、健康的な少女なのだがその所作は妙な艶を感じさせるもので、見た目とは比例しない色気を振りまいていた。
「こちらも終わりです。こう広いと掃除も一苦労ですね」
長身ですらっとした美しい彫像のような姿をした糸目の悪魔、嫉妬がはたきについた埃を丁寧に落とす。
糸目も相まって柔和な表情をしているように見えるが、人離れした身体つきから、美しくもありつつ不思議な威圧感を放っており、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
劣情を煽る少女と、近寄りがたい長身の美人。
まさにあらゆる面で凸凹コンビと言える二人の元に、同じくメイド服を着こんだ一人の人物がコツコツと靴跡を鳴らしながら近づいてくる。
この屋敷に住む、もう一人の悪魔にしてメイド長であるメイラだった。
「掃除終わった?」
リリたちには当然ながら、赤の他人にも敬語で話すことが多いメイラだったが悪魔二人には親し気に…否、投げやりな口調で話しかけた。
「うぇ!?は、はい!終わりましたです!」
「しっかりとやらせていただきました!」
焦ったように姿勢を正す色欲と嫉妬を感情のこもらない目で流し見た後にメイラは窓枠の部分を指で撫でた。
「これ、何に見える?」
メイラが二人に見せつけるようにして差し出した人差し指には埃が付着していた。
二人は肩を抱いてがたがたと震えだし、どちらからともなく頭を下げる。
「す、すんません!次からは気を付けます!」
「申し訳ありません!すぐにやり直します!」
「いや、残りは私がやっておくからいいよ。休憩とって」
「「はい!!」」
二人はびしっと敬礼をすると速足に休憩室に向けて歩いて行く。
そして廊下の角を曲がろうとしたその時、
「次は許さないから」
聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で耳に届いたその一言に、二人はゾッと顔を青ざめさせたのだった。
────────
「がぁーーーー!あんたがちゃんと埃掃除してなかったからアタシまで怒られたじゃなんか!」
「んな!?もともと窓掃除はあなたの作業だったのに急に代われって言い出したのはそっちでしょう!?」
与えられた休憩室で言い争いを繰り広げる二人は、はた目から見るととても仲がよさそうに見えた。
が、しかし本人たちはかなり追い詰められている。
「ちくしょう…あのパワハラ上司め…!20年ぽっちしか生きてない赤ん坊の癖しやがって!!」
「ちょっと!?聞かれたら本当にまた殺されるわよ!?」
「うぎぎぎぎぎぎ…いつか目にもの見せてやる…!」
「そんな日が来ればいいのですけどね…」
二人はメイラの事を心から恐れている。
本来なら悪魔神の呪いによって後天的に悪魔になった存在であり、しかも20数年ほどしか生きていない小娘など二人が歯牙にすらかけないほどの矮小な存在のはずなのだがメイラは例外中の例外だった。
この屋敷で初めて出会ったその時に不意打ち気味だったとはいえ力の差を叩きつけられ、今のままでは勝てないと二人をして思わせた。
それには理由があり、メイラがその信仰を捧げている神であるリリが桁外れの力を持っているために、その眷属であるメイラもまた恐ろしいほどの力を有しているためだ。
さらにメイラは「悪魔を憎む悪魔」であるために、悪魔を相手にした際はその欲望によりブーストがかかり更に手を付けられなくなってしまう。
そんな事情もあり、規格外の戦闘力を持っているメイラだが色欲と嫉妬はそれでも本気を出せば余裕で勝てる…そう思っていた。
あの事件が起きるまでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます