第270話 約束
「お母さんは普通の人には止められない。でもリリちゃんなら可能性があるかもしれない。だから…ちょっとだけ力を見せてもらったの」
「なんと」
喧嘩がしたかっただけじゃなかったのか~。
初めから話してくれればよかったのに。
いや、そもそもその前にもなんか変な事に付き合わされたな?
過去を突き付けられて…あれはなかなか効いた。
「あなたに過去と向き合ってもらったのも必要な事だったから。全部全部…お母さんを止めて欲しいから。私がどれだけ叫んでもお母さんは止まらない…もうリリちゃんしかいないの…!」
「レイは原初の神様が世界を滅ぼすのを止めて欲しいの?それとも…」
「世界なんてどうでもいい」
一瞬たりとも悩まず、きっぱりと言い切った。
友達はおらずとも周りには優等生のいい子ちゃんで通っていた彼女がだ。
「私はこれ以上お母さんに苦しんでほしくないの!世界!?知らないよそんなの!私と私が大好きな人が苦しむだけの…痛いだけの世界なんて終わるならさっさと終わればいいんだ!」
矢継ぎ早に吐き捨てるようにレイの口をついて出るその言葉は紛れもない彼女の本心なのだろう。
実際私もそうだ。
世界なんかより、家族のほうが何倍も大切だ。
「だけど…だけどお母さんはどっちにしても痛いの…皆の住む世界はお母さんにとって自分が作った愛した世界…それなのに私が馬鹿だったせいでこんなことになっちゃった…私がお母さんを止めないといけないのに死んじゃった私は何もできない…」
いつの間にか先ほどまでの木々が生い茂る景色は、元の真っ白な空間に戻っており、白い地面にぽつぽつと涙の染みを作りながらレイは私のドレスを握りしめて崩れ落ちた。
「だからお願い…そんな義理は無いのは分かってる…だけど私にはもうリリちゃんしかいないの…お母さんを助けて…」
「いいよ」
悩むまでもなく、私の答えは決まっていた。
「…うぇ?いいの…?」
「うん。世界を終わらせられるのは困るからね」
それこそ私たちが死んじゃったのならどうなっても構わない。
それでも世界一…いや、世界より大切なマオちゃんと愛しい我が子が生きる世界が勝手に終わるのは断じてノーである。
後はまぁ泣いている友達を見捨てられない程度にはまだ人間的感情はあるわけですよ。
「リリちゃん…ありがとう…」
「うん」
膝をついてるレイに目線を合わせようとして屈むと、ぐいっと力を入れられて押し倒されるような形になってしまった。
なんだ突然。
この後どうなるのかと思っていると、レイはそのまま私の腕の下に寝っ転がり、添い寝のような形に落ち着いた。
「なんかさ…こういうのって普通は強くてかっこいい勇者みたいな人にお願いするもんなんだと思うのよね」
「まぁ確かに」
「でもこんなラスボスみたいなのに頼むことになるなんてなぁ。リリちゃんもっと主人公ぽい感じにしてよ」
「そんなこと言われても」
この女、さっきまで泣いていたくせに随分な言いぐさである。
いったいどういう育て方したんですかって原初の神様に言ってやらないといけないかもしれない。
「あ、そういえばさ原初の神様ってどんな感じなの?私は会ったことないから見た目だけでも教えて欲しいんだけど」
「ん~…美人」
「大雑把かよ」
「えっとね、髪色が結構特徴的だと思う」
「髪色ねぇ」
このファンタジー世界はどうなってんだってくらい髪色が多種多様なのでぶっちゃけよく分からない気がする。
アマリリスなんてピンク髪だし。
「お母さんの髪は不思議なんだよ。見るたびに髪色がね変わってるように見えるの」
「へぇ~…ん?」
髪色が毎回変わって見える美人…なんかどっかで見たような気が…?
「会えばすぐわかるよ。それに今はたぶん私が…「石」が反応すると思うから」
「そうなんだ」
そのまま二人で寝っ転がってると、手に違和感を感じて、見ると私の手が透けていた。
「ああ、そろそろ時間みたいだね」
レイが少し寂しそうに言いながら立ち上がったので、私も同じように立ち上がる。
「ねえリリちゃん、もう一度だけ言ってもいい?」
「いいよ」
「私といてくれないかな。一人は寂しいよ」
「ごめん」
「うん、許してあげる。そのかわりお母さんの事お願い」
「まかせて。ちゃんとレイの気持ちも伝えてくるよ」
話してる間にも私の身体はどんどん薄くなっていく。
お別れとなると…私の中にも言いようのない寂しさが広がって…せっかく再会できたのに。
「そうだ、一つだけ」
「うん?」
「気を付けて、私を実験動物にした人が私の欠片を持ってる。たぶんお母さんとあの人が出会ってしまったら大変な事になっちゃう」
「おっけー。ついでに敵討ちもしてあげるよ」
「あはは、ありがと」
レイが私の手を取ろうとしたけど、もはやお互いに触れることもできないらしく、すり抜けてしまった。
本当の本当に…ここでお別れなんだ。
レイはもう死んでいて…私はまだ生きているから。
「リリちゃん」
「ん」
やがて視界も真っ白になって行き、レイの姿もおぼろげにしか見えない。
「私たちさ…友達だったよね」
この期に及んでなお不安そうな顔をしているのは分かったから、一発言ってやることにする。
「ううん。私たちは…親友だったよ」
「…似合わないセリフだなぁ」
「自分でもそう思ったよ今」
「あははは!でもそっか…親友かぁ~。うん、よかった。じゃあねリリちゃん、元気でね」
「あのさレイ!」
「?」
消えていく身体をあと一歩というところでつなぎとめて、最後の最後に伝えたかったことを言い残す。
「きっとまたやり直せるよ!」
「…」
「こうして私たちは生まれ変わったんだからさ!きっと大丈夫だよ!だからその…あんまり泣かないでよ!」
「…なんていうかさぁデリカシーないなぁ」
「やっぱりないかな…?でも、」
「うん、分かってるよ大丈夫。そうだよね、また次があるよね」
レイは少しだけ視線を落として、祈るように手を組んだ。
「もし次があるのなら…もう一度私はお母さんの子供になりたい。そして今度は周りの目なんか気にせずに言いたいことは言って…お母さんにいっぱい甘えるんだ」
「うん!」
「それで…もう一度あなたと親友になりたい。だから…ちゃんと私を見つけてね」
「わかった!約束!」
もう見えているのかも分からない腕を必死に伸ばして小指をレイに向ける。
同じようにレイも小指を差し出してきた。
「約束だよ──」
そこで完全に私の意識は真っ白に途切れたのだった。
最後にうっすらと見えたレイの顔は…笑っていたと信じたい。
────────
「ん…?」
ゆっくりと目を開けると上からマオちゃんが私を覗き込んでいた。
どうやら戻ってこれたみたい。
「あ、起きた。おはよう」
「リリちゃんおきた~?」
「リリちゃん、リリちゃんおはよう」
リフィルとアマリリスもいて三人が私を囲むようにして笑っている。
それを見た私はなんだか感情が抑えきれなくなって…三人を抱きしめた。
「わわっ、リリ急にどうしたの?」
「きゃっきゃっ!リリちゃんあまえんぼ~なんだー!」
「わぁ~」
「ううん…なんでもない…なんでもないんだよ…なんでも…」
「…リリ泣いてるの?」
「え!?リリちゃんどうしたの!?」
「ど、どこか痛い…?」
どうやら私は泣いているらしいけど、本当に感情がぐちゃぐちゃになっていてよくわからない。
ただどうしようもなく…悲しくて…やるせなくて、家族が恋しくなった。
「よしよし、大丈夫だよリリ。私はいつだってここにいるから」
「うん…うん…!」
頭を撫でてくれるマオちゃんに甘やかさるままに、私は涙でマオちゃんの服を濡らし続けた。
「あわわわわ、どうしようアマリ…もしかしてさっき腕を借りたのがダメだったのかな…?」
「…私やってないもん、おねえちゃんが勝手にリリちゃんの手持って行っただけだもん」
「アマリ!?」
「しらないもーん。リリちゃんよしよし」
「こらこら、喧嘩しないの~」
騒がしくて…楽しくて、愛おしい大切な私の家族たち。
大切なものはたとえ何があっても失くしてはならない。
何をしてでも守り抜かなくてはいけない。
そして大切な約束も。
今日この日、私は改めて覚悟をした。
自分だけは何もなくしてたまるかと。
「ところでリリ、なんか他の女の気配がするんだけど?まさか誰かと添い寝とかしてないよね?」
「ん"ん”!?」
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