第266話 人形少女と友達の過去

 レイの雷がきれいさっぱり消えたので私も惟神を解除する。

闇が晴れると、最後に見た何もない真っ白な景色に戻ってしまい、随分とそっけないなぁと思った。

こんな場所、30分もいたら飽きてしまう。


とりあえず仰向けに大の字で転がったままピクリとも動かないレイの元まで歩いて上から覗きむと目は開いていて、ばっちりと合った。


「おーい、生きてる?」

「死んでる」


死んでるらしい。

どうやら強く殴りすぎてしまったようだ。


「うぅ…悲しい事故だった…せめて安らかに眠っておくれ」


火属性の魔法を発動させて腕に小さな火の玉を作り出すとレイの死体に向けて…。


「はい、今生き返りましたー。完全蘇生しましたー」


がばっと跳ね起きて奇妙な動きを披露して無事をアピールするレイは本当に大丈夫そうな感じだ。

殺すつもりはなかったけど、割と全力でぶん殴ったのにノーダメージなのはそれはそれでむかつく。

もう一発くらいいったほうがいいだろうか?


「なんで拳を握るの」

「なんとなく」


しばらくにらみ合いが続き…どちらともなくふふっと笑って地面に隣り合って座る。

こうして二人で肩を並べてみるとこの白い空間もなかなか風流が…ない!


「ねーここ殺風景すぎて嫌なんだけど」

「わがままだなぁ」


ため息を吐きながらレイが指で軽く地面に触れると、そこから緑が広がって最初に見た木々に囲まれた森のような風景に変わった。


「すごーい」

「でしょでしょ?凄いのよ私は」


しばらく森林浴を楽しんだ。

鳥のさえずりや、木々が揺れる音が心地いい…そして暇だ。


飽きた。


私はどうあっても無意味に景色を楽しむことは出来ないらしい。


旅行とかは好きなんだけどなぁ…うーん。

そうだ、この機会にちょっと気になっていたことを聞いてみようじゃないか。


「あのさ」

「うん?」


「ここどこ?」

「さあ?」


「…」

「そんな顔しないでよ。どこって聞かれるとよくわからないんだって」


顎に指を当てて悩んでいる素振りを見せた後にレイは木の枝を手に取ると地面に線を引きだした。


「えーとね、ここが普段リリちゃんがいる世界」


横に線を一本。


「で、ここが…なんというか死んだ人の魂なんかが向かう場所。あの世とかって言えばいいのかな」


上に線を一本。


「そしてさらに上。ここは…正直なんなのかわからない。でもリリちゃんも知ってるはずの場所」


さらに上に線を一本。

私も知ってる場所?あの世とかなんとか知らないと思うけどなぁ。


「で、この場所はここにある。あの世と…さらにその上の間」


三本線の上二つの線の間に一本の線を引いてぐりぐりと丸を描く。

さっぱりわからん。

結局どこなのよここは。


「私もね偶然迷い込んだだけで詳しくは分かってないのよ。まぁ夢のようなものだよ。どこかにあってどこにもない…目を開ければ忘れてしまうようなそんな場所」

「なるほど」


確かに夢と言われればなんとなく納得できた。

いろいろふわふわしてるし現実感がないのだ、この場所は。


「じゃあどうして私をここに連れてこれたの?」

「リリちゃんが私を「持っていた」から。あれを通じて引っ張ってこれたの」


「あ…?何を持ってたって?」

「私。変な石みたいなの持ってるでしょ?」


「あ~そういえば」


アルギナさんに渡された石の事だろうか?

確かにアレを手に取った瞬間に懐かしい感覚を覚えた。


「あれがレイってこと?」

「うん」


「…?」

「ちょっとそこら辺の事情も話そうかな。その前に私がどうやってここに来たのかも」


そうそれだ。

それも地味に気になっていた。


私はおそらく強盗に刺されて死んだ結果、この世界に転生してきたわけだがレイはどうやってここに来ることになったのだろうか。


「私もね死んだの」

「…そっか」


なんとなくそうだろうなとは思っていたけど…ちょっと悲しい。


「リリちゃんと…リリちゃんって言うと変な感じだけど今さら紗々ちゃんってのも妙な事になるしリリちゃんって言うね。リリちゃんと喧嘩した後さ、私ずっと勉強したの。ずっとずっと…ずっとずっとずっとずっとずぅ~っと勉強だけしてさ。県外のすっごく偏差値の高い大学に受かったんだ。しかも主席」

「おお~すごいじゃん」


素直にすごいと思う。

確かレイの通っていた学校は進学校ではなかったはずだし。

むしろ高卒で就職する子が多いようなところだったような?


「でもさ合格発表があった後ね…どうしようか悩んだの」

「悩んだ?なにを?」


「そこに行くかどうかを。すべり止めだけど近場の大学にも受かっててさ…そっちとどうしようかなって」


どう考えてもせっかく受かったのだから偏差値の高いほうに行くだろう。

悩む余地なんてないはずだ。

でもそれでも当時のレイが悩む理由は…。


「母親のこと?」


あの病的に自分の母親に執着していたレイは親元を離れるのを嫌ったのかもしれない。


「…半分正解」

「半分?」


「うん。それにたぶん理由も間違ってる」

「その心は?」


「私は前のお母さんの事を考えたらいい大学を出て、いいところに就職して楽させてあげたいって思ってたの。だからお母さんのためには県外に行きたかった。でもね」


そこでレイは私を見た。


「なに?」

「もう半分はあなた。おかしいけどさ…私は県外に出てリリちゃんに会えなくなることが…嫌だった」


意外だった。

あの頃のレイが親と私を天秤にかけて悩むなんて…驚きとしか言いようがない。

それが原因で喧嘩していたわけだし。


「びっくり」

「だよね。私もどの面でって思ってたよ…でね悩みに悩んで…本当に悩んでさ…合格発表は朝にあったのに悩み過ぎて公園のブランコに日が暮れるまで座ってた」


「それは…本当に悩んだんだね」

「うん…でも結局…私は前のお母さんをとった。ごめん」


そういって俯いてしまったレイの頭を娘にするように優しく撫でる。


「いいよ。謝る事じゃない」

「…うん。でね、お母さんに合格したことを伝えようって家に帰ったんだ。今度こそきっとお母さんは私を褒めてくれるって…友達を切って私はお母さんの愛を求めた」


そこでスッとレイの瞳から光と表情が消えた。


「レイ…?」

「家に帰るとね…お母さんが知らない男と裸で寝てたの。私の布団の上でさ」


何も言えなかった。

いや…普段空気の読めない私でも…ここで何か言えるほど馬鹿ではなかったようだ。

私の手を押しのけてレイが暗い瞳を向けてくる。


「その光景を見たときさ…プツンって。本当に聞こえたんだよ、頭の中でプツンって何かが切れたような音。それでどうしたと思う?」

「まさか…自殺したの…?」


レイならやりかねない…いや、する。

半ば確信にも似たそれだったけどレイは苦笑いをしながら首を横に振った。


「そう思うよね~…でも違うの。死んだんじゃなくて…殺したの」

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