第267話 人形少女と友達の死

「頭の中で何かが切れた後…意識が途切れてさ。気が付いたら私は真っ赤に染まった包丁を持って立っていた。ねえ…誰の血だったと思う?」


何処を見ているのか分からない瞳が私に向けられた。

向けられているだけで私ではない遠くのものを見つめているように感じられたそれは…前世での彼女を思い出させる。

母親の事を語っていた時の彼女を…。


「…その男とか」

「またまた半分正解」


ならばもうそういう事なのだろう。

レイは殺したのだ。


「もう半分はね…前のお母さんのものだった。言い訳に聞こえるけど本当にさそのときの事は覚えてないの。でもとにかく包丁を握りしめた私と…血まみれで動かなくなった前のお母さんと男がいたの」


私はもうそこら辺の感覚が壊れてしまっているが…あの平和な前世の世界に生きていた少女が人を殺すというのはとんでもない事だ。

それにレイが殺したのはあれほど執着していた母親で…その時の彼女の心は本人にすら分からないのだろう。


「その後ねどうしたと思う?」

「まさか自殺してないよね?」


「…私はもう少し自分勝手な女だよ。殺したけど、死にたくなかった。だから逃げたの」

「そっか」


ズレているのは分かっているけど…私は少しだけホッとした。

そこでレイも死んだとか言われたらもやもやしたものを感じてしまうから。


いけない事なのはわかるけど、今の私からすれば正当な行為だと思えてしまう。

もちろんレイはそんな言葉を望んでいるわけではないだろうから私は何も言えない。


「逃げてどうするんだとか…これからどうしようとかいろんなことを考えながらとにかく走ったよ。無意識でただ走って走って…ねぇ私どこに向かって走ってたと思う?」

「わかんない」


レイは孤独な子だった。

離婚した父親の居場所なんて知らないと言っていたし、母親の両親等もすでに他界していたそうだ。


つまり彼女が頼れた人なんていないわけで…無意識で走って逃げたと言っているから警察に行ったというのも考えにくい。

じゃあどこに?


「あなたの家」

「え」


「笑っていいよ。最低な事言って喧嘩別れしたのにさ…無意識に私はあなたに助けを求めてたんだよ。馬鹿みたい」


それにどう返すべきなのか、少し考えてしまった。

今の私からすれば私は最大限協力しただろうなと思う…だけど当時の私なら?私はレイにどういう対応をしたのだろうか。


今となってはわからない。

ただ一つだけ今言えることは。


「無意識だとしても、頼ってくれたのなら私は嬉しかったと思うよ」

「うん」


そこからレイは体育座りになって膝に顔を隠してしまった。

私に改めて話したことで色々とぐちゃぐちゃした当時の感情が蘇ってきてしまったのかもしれない。


無言の時間が続く。


そこで私はこの話の始まりの部分を思い出した。


この話はそもそもレイがどういう経緯でこの世界にやって来たのかという話だったはずだ。

今のレイの話が本当だとしたらどのタイミングで彼女は死んだのだろうか?


私の死はさすがに事件にはなっただろう。

それならばレイが私の家に来るということは無いだろうし…という事は私より先に彼女は死んだことになるが…私はそんな話は知らない。


いくら外に関心がない引きこもりだったとはいえ…たった一人の友達の死を知りもせずに暢気に生きていたとは考えたくなかった。


「…」

「…」


気になるけど、この状態のレイから無理やり聞き出すわけにも行かない。

話してくれるというのだから待つしかない。

ただひたすら待つしか…。


「zzz」

「寝てる!?」


この野郎、シリアスな話の途中で寝てやがった。

やっぱりもう一発くらい殴っておいた方がいいだろうか。


「いや起きてるよ、さすがに」

「じゃあなんでいきなり寝たふりなんてしたのさ」


「…妙な間があいちゃったから、どう話を再開したものかと思って…」

「はぁ…今さら変な事考えなくていいから話しなよ」


「うん。どこまで話したっけ…あぁそうそう、逃げたってところまでだね…と言ってももう終わりなんだけどさ。周りも見ずにひたすらあなたの家に向かって走って…あの曲がり角を曲がればってところで…トラックにどん」


肩をすくめるようにして投げやりにレイはそう言った。

トラック…異世界転生にはお決まりと言えばそれまでだけど、あんなに頑張っていたレイの最期がそんなあっけなく終わってしまったという事実がなんだか悲しかった。


今までたくさんの死を見てきたし、私自身もあっけなく他人の命を奪ったこともあるけれど…例え身勝手だと言われても悲しい物は悲しい。


「そんな顔しないでよ。あれはきっと天罰だったんだよ。悪い事をした私に対する神様からの罰」

「…だったらそんな神様、私がぶっ殺してあげるよ」


レイは母親から、それこそ罰が与えられないといけないほどに虐げられていたはずだ。

それなのに…レイに罰が与えられなければいけなかったのだろうか。

もし本当にそんな審判を下した神様がいるのなら…本当に私はぶっ殺すよ。


「で、そこからは転生してきて…って感じなんだけど、その前にさ」

「うん?」


「リリちゃんはさ…私が死んだって前世で知って少しくらいは悲しんでくれたのかなって。ちょっとそれだけが心残りだったり」


えへへと笑うレイだったが、それに返せるものはない。

だって私は知らなかったのだから。


「私、知らない」

「ん?」


「レイが死んだのなんて前世では知らなかったよ。ここに呼びだされて…つまり今知ったのだから」

「ええ…?でも私がトラックに轢かれたのって本当にあなたの家のすぐ近くだよ?事件とかになったでしょ…?私はトラックが走り去っていくのを見たから犯人が何かしたって可能性も低いだろうし…」


その状況ならさすがに私もレイの死を知る機会はあったはずだ。

でも記憶をどれだけ探っても前世の家の近くで事件があったという事すらないはずだ。


「ううん、本当に知らないの。私のほうが先に死んだってことは無い?」

「ないよ。だって私もリリちゃんが死んだって事は今知ったもん」


「どういう事だろう?」

「…もしかしてほぼ同じ時間に死んだとか?」


そんな馬鹿なと言いたいけれど、確かにそれなら前世でお互いの死を知らないという事にも納得がいく気がした。


「…タイミングまで一緒なんて仲良しだねっ!」


サムズアップを披露しながら笑顔でそう言ってみたけど…。


「馬鹿じゃん」

「すみません」


やっぱり苦しかったか。

まぁしかしもはやどうでもいいけど…前の世界は大変な騒ぎになったんじゃないだろうか。


近場で事件が二つも起こるなんて、テレビで面白半分で取り上げられそうだ。

見せもんじゃねぇぞおら~。

なんてね。

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