第264話 喧嘩

――闇と雷の戦いは長い時間続いていた。

リリは戦況は拮抗しているように思っていたが、レイは自分がわずかに押されている事を自覚していた。


(少しずつ…本当に少しずつだけど押されてきてる…ほ~んと昔から変わらないなぁそういうところ。やれば勉強も運動だってあなたはすぐに私を追い越した。必死に努力していた私に、少しの時間でそれ以上の結果を出せた。そういうところが…嫌いだった)


レイが雷を伴いながら距離をとる。

しかし闇の世界全てが空間移動できる範囲であるリリに対して、高速移動などほとんど何の意味もなく…気が付けば背後から特徴的な関節の軋む音が聞こえる。


「めちゃくちゃホラーだね!怖いんだよ!」

「ん?」


お互いの武器をぶつけあいながらも可愛らしく首を傾げて「なんのこと?」とでも言いたいような仕草をするリリにレイは思わず笑みをこぼした。


(でもすぐにただの嫉妬だと気づいた。馬鹿だよね、うん馬鹿だ。そんなんだから私は…)

「うぇいうぇい。急に下向いてどうしたのさ」


「あっ」


リリの無造作に放たれた前蹴りが直撃し、腹を抑えながらレイは後ずさる。


「痛い…なんでそんなホラーな見た目してるくせに強いのさ…」

「言わないでよ気にしてるんだから」


リリはしゃがみ込み、腹を押さえているレイの顔をしたから覗き込み、じっと観察するように顔を見つめる。


「レイは…すごく美人だね。いいなぁ~」

「いやいや…綺麗度で言うのならリリちゃんのが綺麗だと思うけど」


「綺麗でもねぇ?こんな身体で羨ましいと思う?」

「…ノーコメント」


「なんだよ~それ~」

「隙ありゃぁあああ!!!」


リリが苦笑いを見せたその瞬間に、レイは剣を全力で地面に叩きつけると爆発したかのような勢いで雷が放たれ、闇の世界を広範囲に焼き払う。


「ぎゃあああああああああ!?」


完全に油断していたリリはその攻撃を直に受けてしまい、火がついてしまった身体をゴロゴロと転がしながらなんとか消化する。


人形の身体は着ていたドレスごとボロボロになってしまったが、少しすると闇がリリの身体を覆い、次の瞬間には服も体も綺麗になっていた。


「ずる過ぎるって!」

「不意打ちをする人に言われたくないよ!」


そうして再び二人の打ち合いが始まる。

スピードもパワーもレイのほうが上回っているが、リリの制限のない瞬間移動と回復能力になすすべがなく…また、多彩な魔法やレイに比べれば弱いとはいえ殺傷能力自体は充分な身体能力で油断できる状態でもなく、結果として徐々に押されていく状況が出来上がってしまっていた。


そしてリリのほうはと言うと、実は全力では戦っていなかった。

もちろん今の状態で持てる全力は出しているが全ての力をいかんなく発揮しているかと問われればそうではない。


(マスター、惟神が発動しているようですがどういう状況ですか?)

(んん?くっちゃん今こっちで何が起きてるか分かるの?)


戦闘中にリリの脳内に聞こえてきた平坦な声はクチナシのものだった。


(私はマスターの力の一部ですから。惟神が使われているのならもちろんわかります)

(そうなんだ。そっちの私ってどうなってる?)


(魔王様の膝の上で寝ています)

(そっか~大丈夫そうなら皆には何も言わないでおいて。あと今回はなんていうか…危険な感じじゃないから気にしないで)


(…)


明らかにリリの言葉を信用しきれていないクチナシの様子にわずかにこれまでの言動を反省しつつ、とにかく大丈夫だから!とリリはクチナシとの会話を打ち切った。


(この戦いは私の…私たちの戦いだからクチナシを呼ぶのは違うよね)


クチナシはどこまで行っても突き詰めればリリの惟神の能力の一つだ。

もし本当に全力で戦うのなら彼女の力も使うのが当然ではあるがリリはそれを良しとしなかった。

それはリリがクチナシの事を力の一端ではなく一人の妹分と思っていることの証明だったのだが…。


「今他の人の事考えただろ!!」

「ええ!?」


突然理不尽な事を口走りながらレイは怒りをぶつけるように雷を纏った剣をリリに叩きつける。


「私と喧嘩してるんだから私だけを見なさいよっ!」

「なんで突然メンヘラになったの!」


「知らん!」

「理不尽!」


もう何度目になるかもわからない、鍔迫り合いからの弾かれるように距離を取るの繰り返しにしびれを切らしたのはレイだった。


「よし!もううだうだしててもしょうがない。リリちゃん最後の勝負といかない?」

「ん~?じゃんけんでもする?」


「しない。今から私が全力の一撃をあなたにぶつけるからそれでリリちゃんが耐えられなかったら私の勝ち…どう?」

「それやるならお互いにぶつけあおうよ。私も全力の一撃をぶつけるからさ」


「え~…」

「なんで不満。あとちゃんと敗北条件も設定しておいてね」


「ちっ」

「陰湿なのはどっちだ!」


レイはおどけたような仕草を見せると舌をペロッと見せて自分の額に軽く拳をぶつけた。


「てへぺろ」

「キモ…」


「失敬な。まぁでもじゃあ本当に最後だ。お互いの全力をぶつけて…立っていた方が勝ち!」

「おっけー」


レイがリリに、リリがレイにお互いの武器の切っ先を向ける。

闇の世界を晴らしてしまいそうなほどの雷の閃光が迸る。


しかしそれを食らい尽くさんと闇もまたその深淵のごとき深さを増していく。

泣いても笑っても最後の一撃…この喧嘩の最期の一幕が上がる。


「まぁ私はナイフ使わないのだけどね」


ぽいっと無造作にナイフを捨てたリリにレイは、


「なんじゃそら」


と答えた。

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