第263話 人形少女の望む舞台

 引きちぎった腕から真っ赤な血が流れだし、白い空間を彩っていく。


もう片方の腕も引きちぎり、足の骨を蹴り砕いて地面に叩きつけた。


そのまま糸倉紗々の上にまたがって目につく場所すべてナイフでぐちゃぐちゃにして捨てる。


腕も指も足も胴体も内臓も形あるものは全て切り刻み、すりつぶして血の滴るミンチに変える。


最後に残った頭部を掴んで持ち上げると…その瞳と目が合う。


「…」

「私のね、名前はね「リリ」。そうでしょう?」


何かを言いたげなその目をくりぬいて叩き潰し…最後に全力で地面に向かって頭部を叩きつける。

最後の瞬間…糸倉紗々は笑っていた気がした。


「…ふぅ」

「うへぇ~やり切った顔してるけどそこまでしなくても…」


おどけたようにやってきたのは先ほどまで新崎麗羅と名乗っていた少女。


「あなた誰?新崎麗羅じゃないよね?」

「ん~…まぁあなたが糸倉紗々じゃないように私も新崎麗羅ではないね」


まるで霧が晴れるようにして新崎麗羅の姿が消えていき、先ほどまでの彼女とは似ても似つかない少女の姿があらわになる。

そしてその姿はとある知り合いにそっくりだった。


「はじめまして。糸倉紗々あらため「リリ」です。あなたは?」

「うん、はじめまして。新崎麗羅あらため「レイ」です」


ああやっぱりそうだ。

私の目の前にいる新崎麗羅だった人は今は勇者くんと一緒にいたレイちゃんに似ているのだ。


「あんまり名前変わらないんだね」

「そうだね~…でもいろいろ違うんだよ。あなたも随分と人が変わってしまったみたい。全然性格違うじゃない。そんなふにゃふにゃした喋り方するなんて凄く違和感」


「あははは~いろいろあったんだよ」

「そうだよね。私も色々あった」


お互いに名前も見た目も…それ以外の何もかもも変わってしまったようだけど、それでも不思議な懐かしさを感じていた。


「よかったの?「糸倉紗々」を否定して」

「うん。あの頃よりは少しばかり正直だから言っちゃうけどさ、あれはやっぱり私が望んでいたものだよ。どれだけ突き放されても…やっぱり私はどういう形でも両親にかまわれたかった」


それは紛れもない私の本心。

消えたと思っていた私の未練。


面白い物で両親の顔すら思い出せないのに愛されたいという気持ちだけはあるのだ。

そしてその気持ちは今も消えていない。


糸倉紗々は否定できない私の過去なのだから。


「でもね、糸倉紗々はもう死んだの。私の名前はリリで…過去のもしかしたらありえたかもしれない希望何かよりも守らないといけない…失くしたくない大切なものがあるの」


大切なパートナーと子供たち。

妹分に友達…前世を引きずるにはこの世界で手に入れたものが多すぎるから。


「だから過去にはバイバイ。私は今の幸せを取るよ」

「そっかぁ~…うん、そうだよね。聞けて良かった!これでなにも遠慮はいらないから」


スッキリしたように笑った新崎麗羅…いやレイが手にした剣を私に振りかぶった。

一連の動きが見えていた私は腕から展開した刃でそれを受け止めて鍔迫り合いを始める。


「何が目的なのかなぁ~?」

「私たち喧嘩別れしたままだったでしょう?だからその続きをしましょう!そのために紗々ちゃんを…リリちゃんをここに呼んだのだから!」


「後悔しても知らないよ!」

「し飽きたよそんなもの!」


まるで磁石の反発のようにお互いに弾かれ合って距離が離れる。

レイが何をしたいのかやっぱり私には分からないけど、彼女の瞳は本気だった。


なら付き合ってあげないといけないよね。

あの頃は嫌いなクソ女と照れ隠しをしたけど…彼女は紛れもなく私の初めての友達なんだから。


「「惟神!!」」


私とレイの声が重なる。

現実では魔力が尽きて動けなくなっていた私だけど、ここではすこぶる元気だ。

いけると確信した私の身体から漏れ出た闇が世界を包んで染めていき、その傍らで眩しいばかりの雷がレイの全身を包み込むように展開される。


「万象傀儡遊戯 君死ニノ人形劇!」

「万象神姫夢想 夢奏デノ追想劇!」


喧嘩というには規模が大きい気がしなくもないけれど…どうせたぶん現実じゃない世界での出来事だ。

どこかに迷惑をかけることなんてないでしょう!他人に迷惑かけるのダメ!絶対!


「いくよリリちゃん!」

「こい!」


行くという言葉の通り、レイは一気に距離を詰めてくる。

恐ろしいほどに速い!今まで見た中で一番速いかもしれない。

まるでレイ自身が雷であるかのように光の軌跡と轟音を残しながら私の闇の世界を駆け抜けてくる。


「もらった!」


レイの雷を帯びた剣が首を切り裂いた。


「せっかちだなぁ、もう少し楽しもうよ」

「え…」


ただ彼女の落とした首は私の物ではなく、空間移動を利用してすり替えた人形だ。

私はとっくに彼女の背後にいる。


戦いで隙を見せるのはいけない事だよね。

という事でその背中に全力で刃を振り下ろす。


「っ!」


完全に捉えたと思いきやバチッ!バチッ!と数回の軌跡を描いて一瞬で距離を離されてしまった。

もしかして雷の速度で移動できるのだろうか?チートだなぁ。


まぁでも…それなら多少汚い手を使っても許されるよね!


「え!うそ!?なにこれー!」


レイの足を闇の中から出てきた無数の人形の腕が掴んで動きを阻害する。

なんだか不思議な感覚だ。


今までなんとなく使っていた惟神だけど「糸倉紗々」と決別したからか使い方が手に取るようにわかる。

そっかぁ~私ってこんなにいろいろ出来るんだ~と感動しているくらいだ。

これは確かにクチナシに微妙な視線を向けられるわけだ。


「なにこれずるい!性格丸くなったと思ってたのに陰湿度上がってるんじゃん!ラスボスだよこんなの!」

「私がそういう女だって知ってるでしょう~?」


「そうだ、ね!!」


レイが地面に剣を突き刺すと特大の雷がレイを中心に放たれて人形たちを焼き払った。


「速くて強い。馬鹿みたいに愚直だったあなたらしいね」

「…ほんとにね。もう少し要領よくできればよかったのにね」


レイが悲しそうな顔をしたのを見ないふりしてナイフを構える。

今は彼女を受け止めてあげるのが先だ。

おしゃべりは気の済んだその後で。


そして再び闇と雷がぶつかり合った。

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