第259話 人形少女は思い出せない
「綺麗…」
私はこの身体をそんな風に思ったことは無い。
もしかしたら前世で人形に詳しい人が見たらそういう感想が出てくるのかもしれない。
でもこの世界ではありきたりで、何の価値もない…私としても数百年もの地獄を味わった原因でもある。
それを綺麗だとか思えるはずがない。
「そんな顔もするんだね。初めて見たかも」
「…どんな顔してた?」
「怒ってるような顔。リリって怒ってる時は無表情か笑ってるかだったから、そうやって眉を吊り上げてるのは珍しいね」
「…」
マオちゃんの手が私の目を覆うようにして置かれて視界が真っ暗になる。
私って見ようと思えばまっすぐ向いた状態でも360度見えるのだけど目を塞がれると真っ暗になるらしい。
初めて知った。
「リリ」
「なに」
「リリはね、綺麗だよ」
「…そんなことないよ。ただの人形だもん」
優しく一定のリズムでマオちゃんが私の胸の辺りを叩く。
ポン、ポンと子供をあやすようなそれが妙に心地がいい。
「私の身体に比べれば綺麗でしょ?白くて、均整が取れてて…」
「マオちゃんの身体になんて比べられないよ」
「全身に黒い痣があるのに?」
結局前にマオちゃんが倒れたときにできた黒い痣は消えることは無かった。
身体の右半分に墨をぶちまけて飛び散らせたような見た目になっていて、私は変わらずマオちゃんは綺麗だと思ってるし、本人は気にしてないように見えたし、娘たちも怖がったりしないから触れてこなかったけど…やっぱり気にしていたのだろうか。
「そんなの関係な、」
「じゃあリリだって関係ないでしょう?私が綺麗だって思うのだから綺麗なんだよリリは」
「そんな無茶苦茶な…」
「リリだって似たようなこといっつも言ってるでしょ。そのお返し」
そう言いながら私の目を塞いでいた手が外されて…開けた視界に飛び込んできたマオちゃんの笑顔は思わずつばを飲み込んでしまうほどに艶やかだった。
「私はね、リリがいつも好きだって言ってくれるから私の身体の事好きになったよ。背も低いし痣だらけだし…生まれにコンプレックスだってあったけど、他ならないあなたがいつだって好きって言ってくれたから今ではどうすればリリがもっと綺麗だって言ってくれるかなって思うくらい」
「マオちゃん…」
「もちろんリリがどうしても嫌なら無理強いはしないけど…でも私が大好きなものを…あなた自身も少し好きなってほしいなって」
「うん…頑張って…みるよ」
すこし涙がこぼれそうになってしまった。
理由は分からない。
でもなんとなく…ほんとうになんとなくだけど、心が軽くなったような気がした。
いつか胸を張って私はこの身体でよかったと言える日は来るのだろうか?
もしそんな日が来たのなら…私の隣ではマオちゃんが笑ってくれてるのだろうなと思った。
「リリ?」
「…ん…?」
「眠いの?」
「ねむ…い…?」
あ~言われてみればなんだか猛烈に眠たい気がしてきた。
マオちゃんの手が心地よすぎて…まるで何かに誘われているようにどんどんと眠く…なって……。
「寝ちゃった。綺麗な寝顔だね本当に。…あれ?なんか石が光って…」
────────
「はっ!?」
唐突に意識を取り戻して起き上がる。
さっきまで何をやっていたのかよく思い出せない…というかここ何処…?
全く身に覚えがないのだけど、どうやらどこかの…森?みたいなところで地べたで寝ていたらしい。
なんでそんな事に?考えても分からない。
いやそれにしても空気がいい。
「ん~~!」
軽く伸びをすると身体からパキッという無機質な音がするので何事かと見てみると、そこには独特な球体関節の身体があった。
あれ…なんだこれ…。
「ん?私の身体か?そっか、そうだよね?」
なんだろう…この不思議な感じ…なんだかいろんなものが頭の中で曖昧になっているような気がする。
「とにかくまずはここがどこなのか調べないとだよね」
私は頬を辛く叩いて気合を入れなおし、歩き出した。
ザクザクとした地面の感触がちょっと気持ちがいい。
小鳥のさえずりや、涼しい風などが駆け巡り安らかな気分になれる場所だ。
突然森に放りだされるという絶望的状況だけど、不思議と危機感が湧いてこない。
しばらくそうして鼻息混じりに歩いていると、妙にひらけた場所に出ることができた。
眩しいほどに陽の光が差し込むその場所の中心で大きな切り株に腰を掛けた女性がこちらを見ていた。
ようやく人に出会えた!と思ったのもつかの間、その女は何かがおかしかった。
顔がうまく見えない。
いや、見えているはずなのに認識ができない。
それなのにその女を一目見た私は…なぜか懐かしい感じを覚えると同時に、この女の事が嫌いだと思った。
「えっと…あなたは誰?」
「────、──────。」
女はたぶん笑顔を浮かべながら私に何かを言っているのだがうまく聞き取れない。
音は聞こえているのだけど…まるで分厚いガラスが私と女の間にあるかのよう聞こえてきて、言葉として聞き取れない。
「ここはどこなの?」
「──────、────────────」
「全然聞こえないよ。もうちょっとハッキリ喋りなよ」
「……───」
女は少しだけ残念そうな顔をして立ち上がる。
いつの間にかその手には…光り輝く剣のようなものが握られていて…。
瞬間、全てを焼き切り、消し飛ばさんばかりの雷が私のいた場所を襲った。
耳を突き抜けて脳みそまで貫かれそうな轟音から逃げて、とっさに懐に持っていたナイフを抜いた。
「────────────」
女は私に切っ先を向けていて戦闘を回避することは出来なさそうだった。
なんだかわからないけどやるしかない。
こんな奴、いつものようにやればなんてことは…。
「あれ…私…どうやって戦ってたんだっけ…?」
何も思い出せない。
戦う手段を持っているはずなのに…何をどうするのか全く頭に浮かばない。
そんなかなりヤバい状況にも関わらず女は眩しい雷をその身に纏いながら私に向かってくるのだった。
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