第256話 人形少女はやらかす

 全力を出してみようと魔力を大放出して約十秒、私はすでに後悔をし始めていた。

カオスブラスター正面から受けてもダメージを受けているようには見えない巨大な人形だけど、その場にしがみつくようにして動かないので効いているよう…だけど私がヤバい。


徐々に魔力を込めていってだんだんと威力を上げていってる感じなのだが、身体がちょっと限界みたいで、魔法を放っている右手が割れだしてしまったのだ!


なんか最近すっごく私の身体が壊れやすい気がする…ううむ。


「マスター」


クチナシがそっと私の手を支えるように触れてくれて、そうすると腕に入った亀裂が綺麗に治っていく。


「ありがと」

「いえ」


いざという時に頼りになる妹分がいて私は嬉しい。

…そういえばクチナシって結局私にとって何なのだろうか?個人的には妹的な存在と認識はしているのだけど…。


以前に私の惟神の一部だとか言ってたとは思うんだけど、そう言い切ってしまうのはなんというか味気ないじゃないか。

娘は違うし…やっぱり妹というのが一番しっくりくる気はする。


「私はいい妹を持ったよ」

「…妹?」


クチナシがいつもは半分ほどしか開かれていない瞳をまん丸と見開いて私を見た。

びっくりしているというか、驚いているというか…とにかく珍しい表情だ。

何言ってんだこいつとか思われたかもしれない。


「嫌だった?」

「…いえ…その…突然だったので…私がマスターの妹ですか…?」


「うん」

「私はマスターの力の一部で…」


「そういうのはいいって。私がそう思ってるんだし嫌じゃないならいいじゃない」

「…」


クチナシの真っ白な頬がわずかに赤くなり、恥ずかしそうに少しだけ目線を反らした。

そしてもにょもにょと何やら口を動かしたのちに…。


「…姉様(ねえさま)」


そう言った。

可愛い反応するじゃないか。


でもねくっちゃん。


今まさになかなかに壮絶な戦いの最中なんだよ?そういう雰囲気は今じゃないと思うな。

まぁ話を振ったのは私なんだけどもさ。


「クチナシ、それたぶん今じゃない」

「申し訳ありません。それにやっぱり慣れないので今まで通りにマスターと呼ばせてもらいます」


「うん」

「…たまに姉様と呼んでもいいでしょうか」


「いいけど今じゃあない」

「はい」


気を取り直して目の前の巨大な人形と魔法に集中する。

いや一連の話の流れでもちゃんとカオスブラスターを制御していたのよ私は。

これくらい片手間でもできるけど油断は禁物だからね。


「──────!!!!!!」


人形がまたもや悲鳴のような鳴き声を上げる。

いい加減耳障りだからどうにかしてほしい。

とか暢気な事を考えていると、腕が少し押し返される感覚を覚えた。


「もしかして無理やり近づいてきてないかな…!」

「来ているようですね。想像以上にスペックが高いようです」


「ぐぬぬぬぬぬ!舐めるなぁ!!!」


一気にカオスブラスターに魔力を込めた。

総数の二割ほどを注いだおかげか、再び人形は動きを止め、それどころかよく見えないけど血のようなものが飛び散っているように見えた。


「…興味深い構造をしていますね、あの人形」

「んん!?」


「いま別の人形を通してアレの様子を窺っているのですが…中に取り込まれたはずの人の姿は無く、血のような液体で満たされているようです」

「何それ気持ち悪…」


確かに私はあの人形に人が取り込まれるのを見た。

それなのに中に血しかないというのは…完全にホラーだ。


「────────────!!!」


この鳴き声も中の人間の悲鳴かと思っていたけど違うわけだ。

というか…この人形本当に強い。


もう私の魔力の四割ほどをぶつけているのに全然耐えてる。

これはやはり私の魔法なんて大したことないという証明なのでは?…いや、それはそれで何か悔しい気もしなくもない。


なんか…もういいや。

もう二割とかケチなこと言わずに残り全部…ぶつけてしまおう。


「マスター?」

「クチナシ…今から魔力全部使うから何かあったらよろしく」


「え」

「頼んだぞ妹よ!」


勢いでそのまま私は全ての魔力を一気に解放した。

カオスブラスターはもはや別の魔法なのではないかというほど力を増し、全てを飲み込んでいく。


「──────!!!!??!?!?!!?!!!?」


人形がおぞましいほどの絶叫を上げたと思いきや、すぐに静かになった。

今度は手ごたえがあり、無事にあの気味の悪い人形を倒せたようでよかったよかった。

ただ一点だけ問題が。


「マスターお見事です。無事にアレを倒せたみたいですね…やはり凄いです…姉様の魔法は」

「あ、うん…それはよかった…」


「…あの?もう魔法を止められては?」


カオスブラスターは直線状の何もかもを消し飛ばし、惟神の闇の中に飲み込まれて消えていく…ように見えるのだが、だんだんと闇がかなり危ない感じに歪みだし、今にも大変な事になってしまいそうだ。


「マスター?…あの、これ以上はいくら惟神と言えども危ないのですが…マスター…?」

「…」


いや、分かっているのよ?

制御のほとんどをクチナシに任せているとはいえ、ここは私の世界。

さすがに状態がどうのこうのくらいは分かる。

もうマジでやばい。

このままだとこの世界が破裂してエライことになる。


「まさかマスター…止められないとは言いませんよね」

「はぁ…クチナシ。やっぱり君は私の事をよく理解してくれるね」


正解です。


魔法が止まらない。

というより身体が動かん!


「まさか…本当に魔力を全部使い切っているのですか!?私たちは魔力で動いている人形なのですよ!?動く分くらいは残しておかないと!」

「いや…そんなの知らなかったし…」


魔力で動いてたのか私。

いやでもパペットってそんなもんか…勉強になったね!

さぁでもどうしよう!?ヤバいぞ本当に!!


「くっちゃん!!!」

「っ!惟神解除!」


クチナシが叫ぶと同時に世界の闇が晴れる。


「ちょっ!そんなことしたら!」


もはや私の手には負えなくなったカオスブラスターが解き放たれて、正常に戻った世界を一直線に消し飛ばしながらなおも進んでいく。


「メイラ聞こえていますか!!手伝ってください!マスターの肘の辺りを上に打ち抜いてください!」


何か不穏な言葉が聞こえた気がする。

そして恐る恐る視線を下に向けると、そこに血だまりのようなものができていて…そこから真っ赤な杭のようなものが私の手を目掛けて伸びてきた!


「…姉様、お許しを!」


さらにこぶしを握り締めたクチナシが、私の腕にまさかのアッパーを放つ。

結果としてメイラの血の杭とクチナシのアッパーが私の腕にさく裂し、肘の上から上に曲がった。

私の掌を起点に発生していたカオスブラスターも軌道を上空に変えて空に消えていく。


そしてそしてクチナシは私の肩に手を置くと、そこから私の腕を途中から捩じ切って私ごと後ろに跳んだ。

切り離された腕はカオスブラスターの反動で一気に崩れ去って、魔法と一緒に消えていった。


「た、たすかった…?」

「たぶんですが…」


「よ…よかった~…」


私史上一番焦ったかもしれない。

ほんっと~~~~~~~~~~~~~~~~~に危なかった!


「助かったよクチナシ…」

「あの…失礼は承知ですが…今後こういう時は…せめて動けるだけの魔力は残しておくのがいいと…思います」


「はい、反省します…」


クチナシと二人で地面に転がって空を見上げる。

あんなに明るく青い空なのに…それを塗りつぶすように無数の黒い流れ星が禍々しい軌跡を描きながら地上に降り注いでいた。


「…ヤバいかな」

「ヤバいかもですね」


流れ星の一つが近くに落ちる。

近くと言っても100メートル以上は離れていたと思うけど凄まじい轟音と共に衝撃波と砂ぼこりが駆け抜けていく。

…絶対にヤバイ。

色々な人に怒られる…。


「あの…クチナシ、内緒にしててね…?」

「…はい」


私は現実から逃れるため、静かに瞳を閉じた。

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