第253話 人形長女は笑わない
「ふわぁあああああああ!すごい~!」
リリと不気味な巨大人形の戦いを屋敷の窓から見ていたアマリリスは、リリが放った魔法を見て瞳をこれでもかとキラキラさせていた。
そしてそんな妹の姿をリフィルは楽しそうに見つめてその頭を撫でている。
「やっぱリリちゃんは凄いね。アマリもあれ使えるの?」
「う…あれは「かおすすふぃあ」より難しいから出来ないかも…それに出来たとしてもあんなすぐにに準備もなく発動は出来ないよぉ…あとは私、リリちゃんの…えーと…3ぶんの1…?それくらいしか魔力がないから…」
アマリリスはしょんぼりとしているがリリの三分の一ほどの魔力を持った人間はそれだけで「異常」とも取れる存在であり、しかるべき場所で調べられれば相応の地位が用意されてしかるべきほどの事だという事はこの場の誰も知らない。
「そっか~、でも諦めちゃだめだよ!カオススフィアだって使えたんだからアレもきっとできるようになるよ!」
「そうかなぁ…」
「そうだよっ!それに魔力なんて私がもっともっと「いらない人間さん」から持ってきてあげるから!いつかはリリちゃんにも追い付けるよ!」
「う、うん!おねえちゃんありがとう」
二人の姉妹はお互いの額に軽く口づけをして笑い合う。
そのシーンだけを切り取れば、微笑ましい光景だった。
「アマリはもう少し見てる?」
「うん。リリちゃんの魔法もっと見たい」
「わかった!じゃあお姉ちゃんは少しだけ隣の部屋に行ってるね」
「うん~」
アマリリスを残してリフィルは部屋を出た。
その瞬間、今までの年相応の可愛らしい笑顔は完全に消え去り、感情の読めない無がその顔に張り付いていた。
「悪魔さん達いる?」
「うっす!お嬢様!」
「ここに」
リフィルの問いかけると、その背後に二体のメイド服を着た悪魔が現れた。
10代半ばの少女の見た目をした「色欲」に、目を閉じた長身で細身の女性の「嫉妬」だ。
二人はリフィルに対して膝をついて頭を下げた。
「捕まえてくれた?」
「大丈夫っす!」
「色欲と二人でちゃんと捕まえておきました」
「そっか」
二体の悪魔はリリたち「神」と呼ばれる存在には劣るものの、この世界基準で言うのなら十分強者と言える存在だった。
その二体がまるでわずか5歳の少女に対し怯えているともとれる態度で身体をわずかに震えさせていた。
そんな悪魔を無視してリフィルは先ほど出てきた隣の部屋の扉に手をかけ、開いた。
中には鎖で拘束され、放心した様子の男が数人放り込まれていた。
「…なんか変な臭いがする」
「い、いや!?勘違いじゃないすかね!?」
「この人間たちはずっと外を歩いて来たみたいですし、汗の臭いとかかもですね!?」
「そうなの…?なんかでも…青臭いんだけど」
「か、換気をしましょう!ね!お嬢様!」
慌てて色欲は窓を開けようと手をかけた。
「開けないで。じっとしてて」
「はい!」
機敏な動きで色欲はリフィルの背後に戻り姿勢を正す。
「だからやめておきましょうって言ったんです!」
「仕方ないでしょ!?久しぶりの男だったんだから!淫欲を司る悪魔だぞ私!」
小声で言い合いを始めた悪魔達だったが、横目でリフィルが睨むと冷や汗を流して静かになる。
「じっとしててって言わなかった?言ったよね?」
「「申し訳ありませんお嬢様!」」
土下座でもするかのような勢いで頭を下げる二人だったが、リフィルは抱えていた継ぎはぎのぬいぐるみを二人に向ける。
「ひっ!お嬢様、ほんとに反省して…」
「じっとしててって言ったのになんで動いたの」
どんな深淵よりも深い…底の見えない真っ赤で特徴的な瞳に姿を映され、色欲と嫉妬は再び頭を下げた。
しかし…。
「ほ、本当に申し訳、」
「また頭下げた。ねえ?じっとしててって言ってるんだよ?何回も言ったよ?なんで?ねえなんで?じっとしててって聞こえない?聞こえたよね?なんで?なんで動くの?」
たとえそれが謝罪の意味を持っていたとしても、この世界でただ一人の邪神(リフィル)には関係がなく、わざわざ言葉にしてお願いしたことを守られなかった。
それだけで怒りに触れてしまうのだ。
「お許しくださいお嬢様…次は気を付けますから…」
「申し訳ありません…」
二人の悪魔は身体を尋常ではないほどに震えさせ、とめどなく汗も流れ落ちていた。
しかしそれさえも…。
「もうダメだね二人とも。どうしてもじっとしてくれないね。なんで震えるの?あーあ…私、怒っちゃった」
その瞬間、色欲と嫉妬が床に崩れ落ちた。
「あ…あ、あ…」
「うぅ…ま…」
悪魔たちは見開いた瞳から涙をこぼして、何かを言おうとしているようだが口から洩れる音は言葉にはならず消えていく。
身体は小刻みに痙攣し、力が入っていないのか二人の下腹部からは生暖かい液体が漏れ出していた。
それと同時にリフィルの抱えているぬいぐるみの口の中からカツンと音をたててガラス玉のようなものが二つ床に落ちる。
そしてリフィルはそのままガラス玉を小さな足で踏み砕き、それで興味を無くしたとばかりに視線を外して拘束されている男たちに向き直った。
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