第254話 人形長女のお願い
男は自分の身に何が起こっているのか把握しようと冷静に勤めていた。
彼は表向きは王国所属の軍隊の小隊長という事になっているが、その実はマナギスが潜り込ませた私兵である。
元々の小隊長だった人物を秘密裏に始末し、マナギスの手によって顔や声などを完全にコピーしすり替わっていたのだ。
それゆえに外で暴れている人形兵の事も初めから承知しており、人形兵が行動を開始したと同時に先ほど下されたマナギスからの命により屋敷に侵入…したまでは良かったが、そこで二体の悪魔に部下ともども身柄を拘束されてしまい、今に至る。
(まさかあそこまでの力を持った悪魔がいたとは…油断した。なんとかマナギス様に報告せねば…)
そう思っていた男だが、少しして彼の前に現れたのはどう見ても年齢一桁台の幼い少女だった。
見たことないような上等なドレスを着ていることからこの屋敷で地位の高い娘だという事はすぐに分かった。
予想はあっていたようで、自分たちを拘束した悪魔がその少女を「お嬢様」と呼び、跪いている。
(あの少女…親を連れてこずに一人で来たのか?これはチャンスが来たな。何とかしてこいつを人質にとればここから抜け出すことなど容易い)
そもそもリリの惟神が展開されている以上、闇の中から逃げ出すことなどできはしないのだが男はそんなことは知らず…逃げるための算段を頭の中で組み上げていく。
彼らはマナギスによって「多少」普通の人間という枠からは逸脱しており、多少の拘束なら無理やり抜け出すことも可能だ。
悪魔たちは何故か少女を異常なほど恐れているようだが、そんなところも付け入りやすい。
部下にも視線で指示を出し、チャンスを窺おうとした。
そんな男の目に飛び込んできたのは突如として尿を漏らしながら崩れ落ちた悪魔たちの姿だった。
(なに…?何が起こった…?)
困惑する男たちをよそに、悪魔達には目もくれず少女が一直線に男の目の前までやってきた。
まだあどけないながらも恐ろしいほどに美しい少女だった。
まるで誰かが理想の顔を作ろうと意図的に顔のパーツを完璧に配置したかのような作り物めいた美しさ。
そんな少女が特徴的な赤い瞳で何の感情も見えない無表情で男を見つめていた。
「ねーおじさん何をしにここまで来たの?」
「俺に聞いているのか?だとしたら無駄な事だよお嬢さん。俺は下っ端だからね」
「うそつきは嫌いだよ。おじさん偉い人でしょう?それに他にもいっぱい知ってる。たぶんここに来た人間さんの中で一番いろいろ知ってそう」
「…」
何故分かった?と男は内心動揺した。
確かに男は小隊長という立場上、普通の兵よりは質の良い装備を身に着けているがそれでも男の他にも小隊長という肩書を持った者はこの場に数人いる。
それに大隊長もどこかにいるはずであり、ピンポイントで…それも「いろいろ知っている」などとあたりをつけることは出来ないはずだ。
しかしリフィルの前では人ごときがどれだけ小賢しい真似をしようとも意味をなさない。
「もう一度聞くよ?なにをしにきたのー?」
「…この場所を占領するようにと国からの命令で進軍したところ、この屋敷が見つかったので調査を…と命令を受けた。それ以上は知らない」
あくまでマナギス関係の事は伏せて、男は国に仕える兵としての命令の身を少女に伝えた。
すると少女はため息を一度吐くと、その腕で抱いている不気味なぬいぐるみの頭を撫でた。
「あのね?他の人はそうかもしれないけどおじさんたちは違うよね?二回聞いたよ?聞いたよね?この後もう一回だけきくね?特別だよ?でねでね、今度ごまかしたり、答えてくれなかったりしたらあなたのお友達一人ずつお別れだよ?」
「なにを…」
リフィルは男の問いには答えず、ぬいぐるみの口の中からガラス玉のようなものを一つ取り出して親指と人差し指でつまんで男に見せつけるようにしてみせた。
「じゃあ聞くね?おじさんは何をしにここにきたのー?」
「だからそれは…」
男が口を開くと同時にリフィルがつまんでいる指に力を入れる。
ミシっと音がしてガラス玉にわずかにひびが入る。
そして男の背後で同じように拘束されていた部下の一人が喉が張り裂けそうなほどの悲鳴をあげて倒れた。
「ぐぎゃあああああああああああ!!!!?」
「なんだ!?どうした!おい!?」
「アァアアアアアアアア!!!!やべで…いだいいだいいだいだいぃぃいいいい!!!」
目玉が飛び出しそうなほどに目を見開いて、全身の穴から色々な物を垂れ流しながら拘束されている身体で必死に暴れる異常な様子の部下を見て男は先ほどの悪魔たちの様子を思い出した。
(まさかこの少女が何かしたのか!?)
心当たりと言えば少女が持っているガラス玉だ。
アレにひびが入った途端に部下が苦しみだした。
何かは分からないがまずい状況だと判断し、男は慌ててリフィルに声をかける。
「待て!わかった!話すから少し待ってくれ!」
「…」
しかしリフィルは無表情で男を見つめながら指に力を加え続け、ガラス玉はもはや中身が見えないほどにひびだらけになっていく。
「あぎゃああああああああああああああああ!!!」
それに比例するように部下の悲鳴のボリュームは上がっていき、もはや比喩ではなく本当に喉が裂け、真っ赤な血が流れだしているが、それでも部下は悲鳴を上げ続ける。
「頼む!やめてくれ!聞いているのか!?おい!」
「…」
パリンとガラス玉が砕けた。
砕けた破片は床に落ちる前にすっと消えてしまい、後には何も残ってはいなかった。
「あ」
最後に今までの悲鳴が嘘のように素っ頓狂な声を出して部下の身体が動かなくなった。
静かになった部屋に部下の身体から出る色々な液体の流れる音だけが響き渡る。
どう見ても部下は死んでいた。
「ど、どうして…話すと言ったはずだ!なぜ殺した!?」
「だって話してくれなかったもん」
今しがた人の命を奪ったというのに、全く変わらない声色でリフィルはそう言った。
「話そうとした!待ってくれとも言ったのに…」
「どうして私がおじさんの「待って」を聞いてあげないといけないの?話してってお願いしてるのは私なんだよ?わかる?おじさん?」
何を言っているの?と言いたげに無邪気にリフィルは首を傾げる。
男はここでようやく目の前の少女がただの少女ではないと理解した。
彼女は自らの主人であるマナギスと同じような人の倫理の及ばぬ化け物の類だと認識した。
「じゃあおじさん話してくれる?」
「…先に部下の身の安全を約束してくれ」
「ねーおじさん。どうして一回で分かってくれないの?私がおじさんのいう事を聞いてあげる必要なんてないよね?はやく話してくれないともう一人ばいばいだよ?」
再びぬいぐるみの口の中からガラス玉を取り出したリフィルは間髪入れずに再びそれを砕きにかかる。
同時に先ほどの再現をするかのように部下の一人が悲鳴をあげる。
男はそれから自分たちの事をリフィルに話そうとした。
しかしマナギスに関連することを話そうとすると何故か言葉が出なかった。
そう、彼らは知らぬうちにマナギスによって彼女の事を公言出来ないようにされていたのだ。
絶望感が男を襲い、そのことを何とかリフィルに伝えようとするも全く耳を貸さずにリフィルはガラス玉を一つ、また一つと砕いていく。
忘れてはいけない。
リフィルは読もうと思えば人の心が読めるのだ。
そんな彼女がわざわざこんな手段に出ている理由は一つ…世界に存在する大半のものが嫌いな彼女が唯一安らげる、彼女の大好きな物だけが詰まった楽園。
そこに土足で踏み込んだ人間をリフィルという邪神は許さない。
ただ死ぬだけなんて生ぬるい。
この世で最も苦しんで死なないとその罪は清算できない。
邪神の楽園に踏み込むとはそういう事なのだから。
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