第248話 闇の世界
突如闇に包まれた世界で哀れな人間たちは肩を寄せ合い震えていた。
先ほどまで遠征がめんどくさいなどと愚痴を言い合っていた同僚の悲鳴が聞こえてくる。
それを聞くたびに身体の震えは増していった。
最初はほとんどの人間が罪悪感の有無は別として楽な仕事だと思っていたのだ。
ただ秘境に住む一般人を殺し住処を奪うだけ、そのはずだったのに…最初に現れたのは可憐な人食いの化け物だった。
可愛らしい少女の見た目をした何かは目につく同僚を肉塊に変え、美味しそうに食べるのだ。
肉を噛みちぎる音が、血を啜る音が、骨が砕ける音がまるで一つの音楽のように闇の中に響き渡る。
生きながらにして少女に「食料」として解体される…それは普通に生きていて絶対に味わうことの無い恐怖だ。
だが彼らが恐れているのはその少女に対してではなかった。
確かに少女の食事は平時に遭遇すれば叫び声をあげてしまうほどの恐怖を感じるだろう…しかし彼らの全身を意に反して震えさせているのは闇の世界に流れるもう一つの音だった。
──キィィィィィ…ギ、ギ、ギ、ギ、ギ
何かが軋むような、硬い物同士がこすれ合うような…ただ聞こえるだけで心の底から不安が溢れてくる音だ。
闇の中でどこから聞こえているのか分からない。
すぐ近くから聞こえているようでもあるし、遠くから聞こえているようでもある。
ただわかることはその音が聞こえるとどこかで…。
「ひっ…!うわぁああああああああああああああああああ!!!!!?」
喉が張り裂けそうなほどの、心からの恐怖から発せられた者の叫びがあがる。
恐怖の叫びというのはそれを聞いたものの恐怖心をさらに増加させていく。
「だ、だめだ…ここにいたら殺される…俺は…いやだ…!」
「あ!おい!待て!」
肩を寄せ合っていた兵士から一人が耐えきれなくなり駆け出す。
だがどれだけ走ろうとも永遠に闇は続き、背後でくっきりと見えている屋敷からの距離は一切変わっていないようにすら見える。
「助けて!助けて助けて助けて!たすっ…」
なにか硬く冷たいものが走っていた兵士の肩に置かれた。
──見てはいけない。
そう思うのに兵士はゆっくりと振り返り、背後にいるそれを見てしまった。
息をのむほどに美しい女性がそこにいた。
紅く綺麗な宝石のような瞳…闇の中でも溶け込むことなく流れる黒髪…今まで出会ったことも見た事すらないほどの美人。
だが彼女は人間ではない…それは兵士の肩に置かれた手を見れば一目でわかる。
特徴的な球体関節…人ならざる美を持った女性は人形だった。
笑顔を浮かべた人形はそのままゆっくりと肩においていた手を兵士の首に動かしていく。
何人も同じ動作で首の骨を折られる姿を見たというのに兵士の身体は余りの恐怖にピクリとも動かせなず…。
「は…はははっ…はははは…」
兵士は何故か笑っていた。
どうしてかは分からないけど自然と笑いが漏れたのだ。これっぽちも笑う要素などないのに。
そんな兵士を見て人形はニッコリと笑い…そして首に添えられた手に力が入れられ…。
「うわぁあああああああああああああああああああぁぁあああぁああああ!!!!!?」
心の底からの絶叫を上げたのに兵士の首は地面に落ちた。
──キィィィィィ…ギィィィィィ…
再び闇の中に不気味な音が響く。
そしてそれを聞いた誰かの命が闇に飲まれて消えていく。
「なぁあれ…綺麗だな」
「そうだなぁ…」
もはや逃げる事すら諦めた兵士たちは、闇の中にそびえたつ一本の巨大で、そして美しい大木をみてため息を吐いたのだった。
──────
そんな様子をテーブルに置いた水晶を通じてマナギスは見ていた。
薄ら笑いを浮かべながらワインを片手に楽しそうに笑う。
「うふふふふ!こんな偶然があるなんてね~。まさかリリちゃんの住処だったとは驚きだ。いいねいいね、最近本当にいろいろとツキが回ってきてるよ」
マナギスは真っ赤なワインを一気に飲み干し、グラスを乱暴に投げ捨てる。
当然の結果としてパリンと割れるグラスや、口の端からこぼれ落ちるワインが服を汚すことさえ気にも留めず食い入るようにテーブルの上の水晶を見つめ続ける。
「あのメイドもかなり高位の悪魔みたいだ。楽しくなってきたなぁ~…私の家で戦ってた彼らもとっても興味深いし…ふふふふふ!あぁやっぱり世界は楽しい事でいっぱいだ。どこまで行っても私の好奇心を満たしてくれる!さぁさぁリリちゃん、私と遊ぼうじゃないか!」
マナギスが水晶をに手をかざす。
大人びた美人といえる顔に屈託のない笑顔を浮かべるマナギスを突き動かすのは飽くなき探求心。
抑えることのできない好奇心。
ただ知りたいから、ただどうなるかを見たいから。
「リリちゃんを詳しく調べられれば一番いいのだけど…今の私の技術が君という規格外の人形にどこまで届くか見せてもらおうじゃないか!」
マナギスの言葉に呼応するように闇に包まれた世界で沈黙を貫いていた人形兵と呼ばれる存在が動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます