第246話 遅すぎる後悔

 魔の領域と呼ばれる不干渉地帯…そこにまるで世の中から隔絶されているように存在する屋敷を取り囲んでいる軍を率いている男はこの進軍に不満を持っていた。


(家族を養うために軍に入り十数年…国のためにも尽くせると邁進してきたが今回のはまるで侵略だ…果たして俺は家族にこの仕事を胸を張って伝えることができるのだろうか…)


百歩譲って他国と戦争をして結果として領土を奪うのなら…感情は別としてまだ許容できないことは無い。


だが今回はどこにも属していない領土を屁理屈を並べて手中に収めるどころか、今発せられている命令に至っては眼前にある屋敷を襲撃し、数人を残し中の人間を殺し、屋敷を奪えと言うまさに鬼畜の所業を行えという物だ。


しかもその命令が数年前に突如として現れ、我が物顔で軍に居座っている謎の女からの指令だというのだから笑えない冗談だ。


(あの女からは不気味な何かを感じる…奴から渡された「人形兵」とやらもどこまで信用してよい物か…)


明らかによくない方向に向かっている。

そう思っていても軍人としての彼の立場が命令に逆らうことを良しとしない。


「いかがしましょう?」


副官の地位にいる者がおずおずと男に尋ねる。

男は一度だけ息を吐くと屋敷を見据えた。


見た目は少しばかり大きいが普通の貴族が住むような屋敷だ。

だがこの場所の雰囲気に飲まれているのか侵しがたいような感覚…そう、あえて言うのなら神々しい場所のように思えてしまう。

そんなはずは無いのになと男は少しだけ笑う。


「…兵を突入させろ。内情を知っていそうなものを数人ほど捕らえたのちにそれ以外はなるべく苦しまずに殺してやれ」

「はっ!」


自分にできる最大限の情けをかけ男は命令を下す。

副官は男の命令を部隊に伝えるために速足で駆けていった。


(すまない…許してくれ)


これから奪われるはずの命に心の中で黙祷を捧げ、虐殺を行う事の罪悪感を少しでも紛らわすために。

だが男はまだ気づいていない。

彼らは奪う立場なのではなく、奪われる側なのだという事を。


「こんにちは。何か御用でしょうか?」


突然隣から聞き覚え名の無い声で声をかけられ、慌てて意識を向けるとそこにメイド服に身を包んだ少女がいた。

可愛らしく愛嬌があり、小麦色の肌が印象的な少女だった。


「君は…どこの所属だ。俺は慰安部を呼んだ覚えはないぞ」


男はそのメイド服の少女を軍にいる誰かが連れてきた者だと思った。

長期の遠征となる場合に性処理を目的として娼婦などを連れてくるという事もあったために少女の見た目の良さからその類の者だろうと考えたのだ。


「何か勘違いされてるようですけど私はあなた方が取り囲んでいるあの屋敷の者です」

「なんだと?」


屋敷から出てきたのだとしたらここにたどり着くまでに無数の兵士たちがいたはずであり、ここに来るまでに少しばかり騒ぎになっているはずだった。

しかし少女は平然とした様子でそこにいた。


(まさか後ろから来たのか?それともやはり娼婦の類だと勘違いされ素通りされたか…)

「あの?」


「ああ、すまない。ここにはどうやって来たのだ?」

「普通に来ましたけど。そのお召し物を見る限りあなたが一番地位が高そうだったので一直線に向かわせていただきました」


一直線にだと?そんなことはありえない…と目の前の少女の事を狂人の類だろうかと疑い出した時、男の鼻に生臭く濃厚な血の匂いが届いた。


何故気が付かなかったのだろうか、少女が何かを後ろ手に隠していることに。

少女の足元に…真っ赤な水たまりが広がっていることに。


「っ!おい!敵襲だ!総員戦闘態勢をとれ!!」


男の叫び声を聞き、離れた場所にいた兵士たちが一瞬で集った。

少女を取り囲むようにして集まる武装した男たちの姿を見て、当の少女はチロリと真っ赤な舌で自らの唇を舐める。


「うわぁ!?こ、こいつ…人の首をもってやがるぞ!!」


少女の背後に回った兵士は無残な姿となった同僚の姿を目にしてしまい思わず叫び声を上げた。

バレたからなのかは定かではないが少女は後ろ手に持っていた人の首をおもむろに自らの口元までもっていくと…見せつけるように「食事」を始めた。


苦悶の表情を浮かべた兵士の首を、その可愛らしい口の中に収めていく。

そんなに口内に入るはずがないのに質量を無視したように吸い込まれていく…そしてその度に肉を噛みちぎる音に、骨をかみ砕く音が男と兵士たちの耳にやけに大きな音となって届く。


「う…うわぁあああああああああ!?」


その光景に恐怖を覚えた兵士が一人、少女に向かって剣を手に襲い掛かる。

本来なら部下の早まった行動を男は止めなくてはいけなかったが、人が目の前で喰われる光景に放心してしまっており判断が遅れてしまった。


気を取り戻した時にはすでに遅く、兵士の一人は少女に近づき…少女の足元の血だまりから突き出すように現れた赤黒い棘に貫かれてしまった。


胸を一突きにされ、身体をビクンビクンと痙攣させながら棘によって宙に吊り下げられる。

そしてさらに血だまりから現れた無数の棘が兵士の身体を解体していき最後には元が人間だったとは思えない肉塊の山が地面にキレイに積み重ねられていた。


兵士から流れ出た血液は地面を汚すことは無く、球体状になって宙に浮いており、それがまたこの場のおぞましさを引き上げる。

最後に原型を残された頭部を少女が拾い上げ、男たちに見せつけるように掲げる。


「今まであんまり気にしてなかったのですが頭部ってなかなか面白い味がするんですよ。頬肉、舌、脳…目玉と一度にいろんな味が楽しめるお得な部位なんです。人のお肉はとっても美味しいですけど同じ味だな~って思ってたのでこうして部位ごとに分けて食べることで趣を変えられることに気づいて久しくなくしていた食への探求心が湧いてきちゃったんですよ~」


ニッコリとした可愛らしい笑顔で常人とは思えない事を口走る少女にここでようやく男は恐怖を覚える。

慌てて兵士たちに指示を出し、この人食いの化け物を討伐しなくてはと決意し、魔法による命令を飛ばす。


しかしその命令に反応する者がおらず、不審に思い周囲を見渡した男が見た者は今まさに新鮮なまま肉片に解体されていく部下たちの姿だった。


「何をしに来たのか知りたいのですけど…あぁごめんなさい。私は今湧き上がる食への気持ちを抑えきれません…!こーんなにいっぱい人間(おにく)がいるんです…少しくらいどう食べるのが一番おいしいのかの調理実習に使っても許されますよねぇ」


直後、世界が闇に包まれた。

人の根源的な恐怖心を煽るかのような恐ろしい闇だ。


一寸先も見渡せないのに、自分の姿や目の前の少女…肉片となった部下の姿は何故かくっきりと見える。

それと同じくして遠く離れた場所から無数の悲鳴が上がっていく。


「ああ…やっぱりやめればよかった…」


無意識にこぼれた男の後悔は…もはや何の意味もなさなかった。

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