第243話 ひとりぼっちの神様
自らの胸を貫いたフィルマリアの手刀は物理的な壁を越え、そこにいるアルギナの魂を貫いた。
アルギナは自らの意識が致命的な損傷を負ったことを理解したが一切の動揺は見せず、フィルマリアの半身の制御を乗っ取ったままただ冷静に事態を受け入れていた。
「意外と動じませんね。文字通り捨て身だったというわけですか?」
「捨て身も何もすでに身体がないからな。こうして本体であるあんたにへばりついた残り滓なんだ。今さら消えることを怖がる理由もないだろう」
「…そうまでしてあの出来損ないが大切ですか?あれはレイではないのですよ。不完全で出来損ないの」
「自分で分かってるんじゃないか。あの子はお前の知っているレイじゃない。ちゃんとそこにいる別の子だ。ならばちゃんとそこで生きる権利があるだろうが」
「生きる権利ですか…あれはあの子の欠片が集まってきたところで起こったエラーです。生きたいのなら勝手に生きればいい。でも時が来たのなら身体を本来の持ち主に速やかに返還するべきです。人間たちもあなたも生きる権利という物を誤解している。生きる権利というのは他者から奪っていい権利ではないはずです」
「それをアンタが言うのは…もはや冗談の領域だな」
アルギナはブチブチと音をたてて自分という存在がフィルマリアから切り離されていく感覚を覚えていた。
自らの最期を目前に突き付けられて…しかし心残りは無かった。
「ギナさん…ギナ、さん!」
自分の名前を呼ぶ「子」の声に少しばかり後ろ髪を引かれつつ、やはり彼女が生きる道を作りたいと最後の力を振り絞る。
アルギナはフィルマリアの片腕を動かし、少し離れた場所に横たわる瀕死のヒートとレクトを魔法で掴み、フォス達の元まで運んだ。
その後はさらに黒く光る鎖のようなものを地面から無数に発生させフィルマリアの身体を縛り付けていく。
「人の身体で好き勝手を…」
「悪いな。でも子供を守りたい母親の気持ちはわかるだろう?私はそんな立派なもんじゃないが…それは何もしない理由にはならないから…最後くらいはな」
普段なら魔法による拘束などフィルマリアには意味をなさない。
しかし今回は行動しているのはアルギナとはいえ魔法を行使したのはほかならぬフィルマリアの身体だ。
故に魔法はその効力を発揮してしまい、身動きが取れなくなる。
「くっ…どうして…!そこに…あの子の身体があるのに…!」
「なぁもうやめないか」
消えゆく意識の中、アルギナは心配気な様子をにじませた声色でフィルマリアに問いかける。
「は…?」
「こうしてアンタの身体に入っているからわかる。もうどこもかしこもボロボロじゃないか。異常な吐き気が止まらない。頭だってガンガン痛くておかしくなりそうだし、視界だって定まってない。心も体も限界だ…もう休もう。アンタは充分頑張ったよ…もういいじゃないか」
「ふざけないでください…頑張った?頑張ったからなんだというのです?心も体も限界?私はまだここに立っています。休めるはずなんてない…あの子がどれだけ苦しい思いをしたと思っているのですか?どれだけ痛かったと思っているのですか?何も悪い事なんてしていないのに…ただ理不尽に踏みつぶされたあの子を取り戻すまで…私が休むなんてマネできるはずがない!」
睨みつけるように正面を見たフィルマリアの瞳に、涙を浮かべながらアルギナの名前を呼ぶ不完全なレイの姿が飛び込んできた。
──お母さん。
脳裏に笑顔で自分に呼び掛けた娘の顔が浮かぶ。
「…っ!!?うぇ…」
同時にこらえきれなくなり腹の奥から流れ出てくる黒くドロドロとしたものを嘔吐する。
それに追い打ちをかけるように魔王の元に送り出していた自分の分身体がフィルマリアの元に戻ってきて統合される。
そして魔王から得た情報を共有した。
「あなた…あの子の欠片を隠し持っているのですか…?」
フィルマリアの見開かれた瞳がフォスに向けられた。
今までの無表情ではなく、まるで泣いているかのように揺れている瞳を向けられフォスとアルスは固まってしまっていた。
「返して…返して!あの子は関係ない!なんで…なんで…!あの子の欠片を壊すなんて…あの子が何をしたの…どうしてあの子ばかりそんな目に合わないといけないの…やめて…お願いだから…」
「なぁおい…これは一体何なんだ。教えてくれ」
フォスはアルスの胸元から一つの欠片を取り出し、フィルマリアに見えるように掲げる。
「それは…あの子の…かえ…し……て…」
ブツンと糸が切れるようにフィルマリアは意識を失った。
「私もどうやらここまでだ」
アルギナの意識も限界を迎え、最後にレイに微笑みかけた。
「ギ、ナさん…」
「レイ、そのまま生きろ、元気に育て。アルに…こんなことを言ったらまたあいつに怒られるかもしれんがお前の「姉」にお前の事を頼んでおいた。これから先何があったとしてもお前はお前だ。好きに生きろ。私が言いたいのはそれだけだ」
「うん…ボク…がん、ばる」
「ああ、ほどほどに頑張れ」
最後はお互いに泣き別れのような表情になりながらもお別れを済ませたのだった。
「ふんふふんふ~ん☆お話は終わったかなぁ~☆かなかな~☆」
場の重苦しい雰囲気とはミスマッチな明るく、甘ったるい声を出しながら突如としてアルギナたちの前にやたらとひらひらとした衣服をまとった少女が現れる。
「…もう会う事もないと言ったのに最後に会うのがお前かよ」
「ほんとにね~☆でもでもこ~んなに可愛いクララちゃんの顔が最期に見るものなんて女狐ちゃんは幸せ者だぞっ☆」
「はっ…ばーか…」
少女…クララとの会話を最後にアルギナの意識は散っていった。
一瞬だけ感傷的な表情を見せた後クララは両手を叩いてフォス達に向き直る。
「さて!ここからはクララに任せてもらうよっ☆」
「何者だてめぇ」
「いやぁ~ん☆こわい~☆そんな怖い顔をしてると~周囲がおろそかになっちゃうぞっ☆」
いつの間にかクララの手にはフォスが持っていたはずの欠片が握られていた。
「なっ!?お前!」
「まーまーたぶん悪い事にはしないからクララにお任せよ~☆」
そのまま意識を失ったフィルマリアの身体を担ぎ上げると背中から龍の翼のようなものをはやし、クララはどこかへと飛び去った。
「あ!待ちやがれ!おい!」
「フォス様、あれって…」
「ああ、死んだとか聞いてたが生きてたのかあの野郎。だいぶ頭はイカれてるみたいだがな!」
「後を追いますか?」
「いや…今はなんとかこの場を収めよう。他の事はとりあえず後回しだ」
「はぁい」
もはや修復不可能なまでに破壊された周囲を眺めてフォスは深い深いため息を吐いたのだった。
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