第242話 追いかけてくる悪夢 フィルマリアの懺悔

――眠る瞬間というのは気持ちがいい。


何も考えることがなくて、止まらない吐き気も忘れられて…気持ちの悪い臭いもしなくて安らかな気持ちになれる。


だから私は暇があれば眠る。

神ゆえに眠る必要のない身体でも、意味もなく私は眠る。

だけどそんな気持ちのよさもすぐに終わってしまう。



いつだって心地のいいまどろみの後は夢を見る。


あの子がそこに立っているのだ。


顔はよく見えない…いや、見えていたとしても見れるはずがない。

顔を上げることもできず、あの子の足元に縋り付いて謝ることしかできない。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」


私が守らなくてはいけなかったはずのあの子。

何を置いても私だけは寄り添っていなくてはいけなかったあの子。

後悔と痛みだけが私を満たしていく。


「──────、───。──────、───!」


夢の中のあの子はいつも私に何かを言っている。

その声はまるで遠くのガラスの向こう側から発せられているように聞こえて何を言っているのか分からない。


私に悲しみをぶつけているのか…憎しみを浴びせているのかすら分からない。

だからただ謝り続けることしかできない。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい………ごめんなさい…ごめんなさい……」


きっとあの子は私に苦しんでほしいのだろう。

だからこうして夢のなかでも私が楽になることを許してくれない。

でもそれが当然なのだろう…それだけの事を私はしたのだから。


ひたすらに目覚めるまで私は謝り続けることしかできない。



「…っ」


そして私は目を覚ます。


目覚めの瞬間はいつだって最悪で、常に感じている強烈な吐き気が戻ってくる。


鼻を突く腐臭が無理やりに現実に引き戻してくる。


気持ち悪い…気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

なんで私の世界はこんなにも…おぞましい世界になってしまったのだろうか。


いや…悪いのは…私。


「…どれくらい眠っていたのでしょうか」


少しばかり痛む頭を押さえて立ち上がる。

おぼつかない足を何とか安定させて周囲の状況を窺うが、まだ炎の壁も消えていない事から意識を失っていたのは数分ほどのようだった。


短い間とはいえ気を失うほどのダメージを負ってしまった。

それほど脅威には思っていなかったがあの悪魔…炎の他になにか能力を持ったいたのかもしれない。


「まぁもはやどうでもいいことですが」


少し歩くとお互いにパーツのたりない身体で手を伸ばし倒れている悪魔と勇者の姿があった。

まだ辛うじて息はあるようだが時間の問題でしょうね。


「…」


私は二人を無視して炎の壁の外に出たのだった。


────────


周囲の避難誘導を行いながらいよいよ炎の壁の中に突入しようとしていたフォス達の前に涼しい顔をして炎の壁の中からフィルマリアが現れた。


「てめぇ…中に入った二人はどうした」

「ああ、そのうち死ぬんじゃないですか?」

「っ!!」


その言葉を聞いたレイが炎の壁の中に向かって走り出そうとしたのをフィルマリアがその腕を掴んで引き止めた。


「どこに行くつもりですか」

「はな、して…!ヒートく、んとレク、トくんを助けな、い、と!」


「さすがにあなたがあの壁を通ると死にますよ。そろそろいい頃合いですし私と一緒に来なさい」

「いや…!」


レイはフィルマリアの手を振り払う。


「…不完全な出来損ないが、なまじ意志を持ってしまったばかりに面倒な事になりましたね。今までは好きにさせていましたがそろそろ満足したでしょう。おとなしく私に従いなさい」


再びレイに手を伸ばしたフィルマリアだったが何者かがその腕を掴み、止めた。

否、フィルマリアの腕を掴んだのは…もう片方のフィルマリアの腕だった。


「なに…?」


傍から見れば自分で自分の腕を掴んでいる間抜けにも見える光景だがフィルマリア本人は自らの意志に反して動いている腕に困惑していた。

だがそんな事になっている理由はすぐに判明する。


「レイ…」

「え…」


今度はフィルマリアの口が勝手に動き、レイの名を呼んだ。


「レイ、私がこいつを押さえている間に逃げろ…早く」

「ギナ、さん…?」

「なるほど、あなたまだいたのですね」


フィルマリアの中ではとっくに消えたと思っていたアルギナが邪魔をしていたのだ。


「ギナさ、ん!」


レイがフィルマリアの中のアルギナに笑いかける。

その顔は彼女の記憶の中にいる大切な娘の笑顔によく似ていて…それを認識した途端耐えがたい吐き気に襲われる。


「久しぶりだな。一人にして悪かった…」

「うう、ん!い、いの!」


「そうか、だがまたすぐに別れなきゃいかん。だから逃げろ…親らしい事は何もしてやれなかったが逃げる時間くらいは稼いでやるから」

「そんな、ギナ、さん!」


「おい、そこの。レイを連れていけ、はやく!」

「んだよ!命令すんじゃねえ!」


状況がよく分からないフォスだったがアルスに指示をだし、その触手がレイを回収する。


「アルギナ…随分と勝手な事をしてくれますね。もう一人の私のくせに私の邪魔をするのですか?」

「はっ…思考誘導を私にもしていたくせによく言う」


まるで独り芝居のように一人の身体で会話をするフィルマリアとアルギナ。

しかし完全に無の表情をしているフィルマリアと、それに比べれば表情に感情が映っているアルギナでどちらが喋っているのかは意外にも判別できた。


「気分を害したのならすみません。ただ保険のつもりだったのですが…どうやらかけておいて正解でしたね」

「そうみたいだな。だがここまで来たらもう思い通りになると思うな」


「ならもうあなたもいらないのですよ」


フィルマリアは自由に動く手で手刀の形を作り、自らの胸に突き立てた。

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