第241話 一撃の重さ

 刀の風を切る音を聞いた後、ヒートの身体を襲ったのは冷たい刃…ではなく軽い衝撃だった。

何か硬くて大きなものに包まれたような感覚。


咄嗟に瞑ってしまった目を開くと、ヒートを庇うようにしてレクトがその身体を抱きしめていた。


「レクト…?キミなにをして…」

「約束…したからさ…」


そのままヒートにもたれかかるようにしてレクトの身体が崩れ落ちる。

慌てて支えるとレクトの背中からは血が大量に流れだしていた。

さらに全身に酷いやけどを負っているように見えた。


「僕を庇ったのか!?それにその火傷…まさか炎の壁を突っ切ってきたのか!なんて馬鹿な真似を!」

「でも…そのバカのおかげで間一髪…助かったじゃないか…」


そう言ってヒートの支えを借りてレクトは立ち上がり、ふらふらとした足取りながらもヒートと対峙している原初の神に向き直る。


「おやおや、セフィラはどうしたのです?まだ出てきてはいないようですが」

「ああ…今この瞬間も俺の中から出てきそうだよ。身体の内側で暴れられてるみたいでめちゃくちゃ痛い。無理やり炎を突っ切ってきたから全身ひりひりするし、今斬られた背中もほんと痛いよ」


「ふむ。それだけ聞くとおおよそ人間が耐えられるようなダメージではなさそうですが何故立っているのです?それに曲がりなりにもセフィラを抑え込めているなんて信じられません。どんな手を使って?」


レクトは血と汗にまみれた顔で不敵に笑う。

脚はまるで生まれたての動物のように小刻みに震え、背中から流れ落ちる血は明らかに致命的な量だ。

それでもそんな態度をとるレクトの姿にフィルマリアは眉ひそめる。


「どんな手だって…?そんなの気合と根性…そして意地に決まってるだろ」

「はぁ…?それは…凄いですね?」


続いてレクトは茫然としているヒートに視線を向けるとにやりと笑った。

それだけでヒートは彼の想いの全てを理解した。


「わかった、僕は君の意志を尊重しよう。共に戦ってくれ」

「もちろんだ。俺もまた「その姿」になっている君の覚悟に報いるだけの働きはしてみせる」


「ああ…そうか、そういえばまた女の姿に戻ったんだった。やはりキミ相手だとこちらの身体のほうが色々と便利そうだ」

「人を身体目当てみたいに言わないでくれ」


「すまなかったね。ではお詫びにこれを使いたまえ」


ヒートが両の掌を打ち付け、ゆっくりと離していくとそこに深紅に輝く炎の剣が現れた。

それをレクトに手渡すと、レクトは力強く剣を握り正面に構える。


「これ…握ってるだけで結構熱いんだけど」

「文句を言うな。気合と根性なんだろ?」


「あと意地だ」


そんなやり取りを半ば冷めた目で見つめていたフィルマリアだったがレクトの戦闘の意志を感じ取り刀を両手に握る。

冷たく光る刃がヒートとレクトの姿を映し出す。


「またまた素敵な三文芝居をありがとう。反吐が出るほど感動したのでさっさと帰らせてもらえますか」

「ああ帰りたければ帰ればいいさ。最後に特別サービスの僕の拳を受け取ってもらってからだがな」


ヒートとレクトはお互いに目配せをしてフィルマリアに向かっていった。

数年の間ともに旅をした二人の息は完全に合っており、力強く振られる炎の剣と刺すように突き出される拳がフィルマリアに襲い掛かる。


最初こそ単純に二倍に増えた物量でフィルマリアに対抗できているように見えた二人だったが打ち合いを続けるにつれて「偶然」が積み重なっていき、少しずつ戦況はフィルマリアに傾いていく。


数分後には完全にフィルマリアの優位になっておりレクトはその足元で刀を突きさされ地面に縫い留められていた。


「気合と根性でしたっけ?そんなものに頼れば私に勝てると思いましたか?お涙頂戴の決意表明の一つでもすれば奇跡が起こって何とかなるとでも思いましたか?あまり舐めないでくださいな。あなた達が何をしようと、何を決意して何を目指そうとも、私が一体どれだけ長い間この胸の痛みに耐えてきたと思っているのです?あなた達がベラベラと口にするそんなものも…私の足元にすら及ばない」

「…耳が痛いね」


レクトは痛みに苛まれながらもフィルマリアを見据えて笑ってみせた。


「なぜ笑うのです?状況分かってますか?」

「分かってるよ」


何故かヒートは状況を静観したまま動かない。

状況的にレクトを人質に取られているようなものだが、それを差し引いてもヒートは静かだった。


「…何のつもりですかあなた達」

「何のつもりと聞かれれば一つしかないに決まってる」


「なんでしょう」

「あんたを倒すことだ!」


その瞬間、レクトが持っていた炎の剣が爆発を起こした。


──自爆。


レクト達の狙いは最初からこれで…すでに致命傷を負っているレクトが隙を見て自爆をするという作戦を立てていたのだ。


フィルマリアの身体を吹き飛ばしてしまいそうな強烈な爆風と燃えるような熱が辺りを襲う。

しかしその程度でどうにかなるフィルマリアではなく、爆発の影響で発生した煙の中でゆっくりと体勢を整える。


「…まさかこんな原始的で愚かな手に引っかかるとは。なかなかに恥ずかしいですね」


結局は勇者の無駄死に…勝手に死んでくれて手間も省けた。

それくらいに考えていたフィルマリアだが背後から気配を感じて刀を振りぬきながら振り返る。


「やはり来ましたか。不意を突いたつもりですか」


どうせ神楽が発動しているだろうと考えながらも刀を突撃してきたヒートに合わせる。

しかし予想に反して刃はヒートの身体を切り裂き、左肩からそのまま半身をえぐり取るように切り裂く。


「は?」

「っ!…うぁああああああああああああ!!!くらいやがれぇえええええええ!!」


構わず残った右の拳がフィルマリアの顔に向かって突き出された。


「そんな直線的な攻撃、当たるはずが」


その時だった。

フィルマリアの足首を何者かが掴んだ。

それは全身がズタズタになったレクトだった。


「な…っ!」


一瞬だけ反応が遅れ、ヒートの拳が吸い込まれるようにしてフィルマリアの顔面に叩き込まれる。

その衝撃に面白いように吹っ飛ばされ、地面に落ちても勢いは完全に殺されず土ぼこりを巻き上げながらしばらく転がった。


「ははは…どうだ…一撃入れてやったぞ…」


そのまま身体の約半分を失ったヒートもはや立つこともできず、地面に倒れた。

同じく身体の大部分を失ったレクトの隣に倒れ、ヒートは薄れていく意識を繋ぎ止め、手を伸ばす。


「やったぞ…レクト…あのお高く留まった顔に…僕らの…勝ち…だ」

「…あぁ」


ゴボリと口から大量の血を吐き出しながら光の無い目をして、それでも確かにレクトは返事を返した。

そしてヒートと同じように手を伸ばす。

指すらもほとんど残っていないその手とヒートの手が触れ合う…寸前で両方共地に落ちた。

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