第240話 一瞬の隙

 ヒートが作り出した炎の壁の外。

相変わらず状況が悪いまま変わっていないなか、アルスは違和感のようなものを感じていた。


「これは…?」

「なんだ!」


「いえ…なにか胸に違和感というか…それでいてヒートとこれまで以上に「つながっている」感覚といいますか」

「なんだと?まさか…【神楽】か?」


「神楽というとアレでしょうか?眷属が自らの神と繋がり、力を借り受けるという…」


この世界において神と呼ばれる存在はその定義を確固たるものとするために己を信仰する眷属を抱えることになる。


その結果として長年、神の力に晒され続けた者、元からの実力者、特別神との親和性が強かった者といった中から神楽に目覚めるものが出てくることになるのだがアルスは悪魔の神という性質上、彼女を信仰する眷属も必然と悪魔になる。


そして悪魔は神楽を使うことができない。


悪魔の性質上、神への信仰心よりも己を構成している欲望が上に来てしまうために神楽を使うに値するだけの信仰を捧げることができないためである。


故にアルスにとって眷属が神楽に目覚めるのは初めての経験であり、もちろん知識としては知ってはいたが、自らの身に起こるのは想定もしていなかった。


「神楽…そんなことがありえるのでしょうか…?悪魔ですよヒートは。何かあったのでしょうか」

「我がそんなこと知るか!今はこっちで精いっぱいだ!」


心配ではあるものの今は炎の壁の中に意識を割けるものなどこの場にはいない。

もどかしさと焦燥感だけが募っていく中でただ一人だけ立ち上がった者がいた。


「ヒート…!」


レクトが背中にフォスをぶら下げたままでフラフラと立ち上がったのだ。


「馬鹿!お前何立ってんだ!座れ阿呆!!」

「行かないと…」


「はぁ!?どこに!」

「一人にしないって約束したんだ…」


レクトはフォスを優しく抱きかかえると地面に下ろし、さらに背中を地面に打ち付けるように倒れた。

勿論背中から這い出そうとしている白い腕には何のダメージもないが満足げにレクトは再び立ち上がる。


「…よし!」

「何もよくねえよ!何考えてんだ!」


「すみません…俺行きます!みんなは周りの人たちをお願い!」


そう言い残すとレクトはフォス達の制止も聞かずに燃え上がる炎の壁に突っ込んでいったのだった。


────────────


一方でヒートと原初の神、フィルマリアの戦いは激しさを増していた。

荒々しく燃え上がる紅蓮の炎を払うように、鈍く光を反射する刃が一閃する。


「厄介ですね。ええ厄介です」

「それはこっちのセリフだな!」


新たに神楽という力に目覚めた結果、ヒートは先ほどまでの一方的な戦いとはうって変わってフィルマリアに対抗できるようになっていた。

しかしその力には一つだけ欠点が存在しており、それがお互いをして厄介だと言わせていた。


(くそっ!この炎の能力のおかげでただ斬られることは無くなったが…攻撃の瞬間に刃を当てられるとこちらの攻撃も当たらない…!!)


フィルマリアの刀による斬撃を身体を炎にすることで回避しているため、本来なら拳がフィルマリアの身体に当たっていたであろう場面でも身体の再構築が一瞬間に合わず、すり抜けてしまうのだ。


しかし神楽を解いてしまうとまた、先ほどまでの「偶然」襲い掛かってくる刃に無残に斬られてしまうだろうという事は考えるまでもなく分かるため解除するわけにもいかない。


フィルマリアもヒートの神楽にこれといった対抗策を用意するでもなく、ただひたすらに刀を振るっているだけで決して無駄ではないが見た目の派手さ、激しさに反して膠着していると言ってもいい状況になっていた。


「埒が明かないな!そろそろ諦めて殴られてみる気はないかい!」

「痛いのは嫌なので」


「先ほど痛みがどうとか言ってたくせにな!」

「それはそれとして痛いのは嫌なのですよ。ただでさえ具合が悪いのに」


自ら纏う炎のように激しく言葉を飛ばすヒートと、その刃のように冷たく感情を感じさせない声色で淡々と返すフィルマリア。

お互いは混ざり合うことなく炎の壁の内側の物を破壊しながら反発していく。


(でもこのままだと何も変わらない。レクトの件がある。時間を稼がれてもこちらは負けだ。なら仕掛けるしかない!)


ヒートは自ら刃を受ける覚悟をした。

今までなら炎になり攻撃を回避するタイミングで神楽を解除し、自らの身体を斬らせることでタイミングを狂わせる、さらに少しでも動揺してくれれば儲けもので、その顔に拳を叩き込んでやると意気込んでいた。


そしてヒートの左拳とフィルマリアの刀がぶつかり合おうとした瞬間にヒートは神楽を解除した。

そこでフィルマリアがわずかに笑い、視線を上に向けた。


(まさか…いつの間にか刀を!?)


上から振ってきた刀に腕を切り落とされた経験から、再び刀を上に投げられていたのかとヒートは意識を反らしてしまった。

それが致命的な隙になったと理解した時にはすでに遅かった。


「上には何もありませんよ」

「しまっ…!?」


刀が風を切る音がヒートの耳にはやけに大きく聞こえた。

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