第239話 悪魔ヒーローは思い出す
どうしてヒーローなんてものになりたいのか。
悪魔に生まれたくせに人間に惹かれてしまうのか…ただ自分が異常なだけなんだと思っていた。
でも僕はこの瞬間全てを思い出した。
思い出したのは僕が生まれる前の記憶。
僕が…いや私が園原日葵(そのはら ひまり)という名前だったころの記憶だ。
スーツアクターだった父の影響で幼いころから女の子ながらヒーロー物の特撮が大好きで…男子に混じってよくヒーローごっこをして遊んでいた。
女の子とおままごとをするよりは男子と取っ組み合いをしている方が好き…そんな子供だった。
思えばそのあたりからすでに私の中のズレは表に出てきていたのかもしれない。
スカートを履くのが死ぬほど嫌だった。
年齢と共に胸や尻についていく肉がたまらなく不快だった。
いや…正確に言うのなら別にこれらのことはどうでもよかった。
ただ「女」という型に嵌められるのが…吐き気を覚えるほどに気に入らなかったのだ。
そんな私にはもっと許せないことがあった。
ざっくりというならそれは…悪。
弱い者いじめをする連中、犯罪を犯す奴ら…幼いころからヒーローに憧れていた私はそんなものが何より嫌いで、目につけば首を突っ込んだ。
何度いじめの現場に割り込んでいじめっ子と戦った事か…ひったくり犯を捕まえたこともあるし、少し違うけれど火災現場に突入して子供を連れ帰ったこともある。
両親には毎回すっごく怒られたけど…それでも私はやめられなかった。
高校生になったころには多分私は人とはズレているんだろうと自覚もしていた。
そしてそんな年齢にもなって同じことを続けていると私自身がイジメの標的になることも多々あった。
正面から来る相手に負けるほどやわではなかったけど、いつの世も悪はずる賢い物で…時には罠に嵌められおおよそ人には言えないほどの暴行を受けもした。
痛いという事は身をもって知っているのだ私は。
でもそんな事で諦めるのはヒーローとしてありえない。
おかしな私は狂ったまま、それでも自分の信じる正義を貫き戦った。
どういうわけかいわゆる裏社会のヤバいやつまで出てきたときはさすがに死を覚悟したけど、ただ一方的に踏みにじられてたまるかと応戦し…気が付けば人を殴り殺していた。
不思議と恐怖や罪悪感は湧いてこなくて…どうやら私はそういう事が平気な人間だったらしい。
ほんとどこまでも狂っている。
ただ悪に屈するよりはいい…そんな風にすら考えていた。
そしてそんな私の命を奪ったのはそんな悪じゃなかった。
ある日、私が通っていた学校で執拗にいじめられていた女の子が自殺を図った。
私は必死に止めたけどその子は聞く耳を持たず屋上から飛び降りようとしたから必死に手を伸ばし…その子を引っ張った。
必死になったかいもあってその子の身体は無事、屋上まで引き戻せたのだけど…反動で私の身体は空に投げ出されてしまった。
それが私の最期。
でも後悔なんてしていない。
結局誰の事も助けられていない…自己満足で身勝手なだけの正義だったけど。
ズレてて歪んでいたけど、それを貫き通せた私の人生はきっといい物だった。
それなのに…。
「それなのにこんなところで「僕」の正義をくだらないと吐き捨てられていいなんてことは無いんだよ…!」
「まさかそんなことでそんなに怒るとは思いませんでした。悪魔の譲れない欲望とやらですか」
「そんなんじゃない。現に僕は悪魔になる前からこんなんだったよ」
「どういうことです?」
「別に、ただ異世界転生って本当にあるんだなって思っただけだよ」
「…」
異世界転生。
そう言った瞬間、わずかに原初の神が反応した気がした。
「なにか気になる事でも?」
「…いえ、別に。逃げるつもりはないと受け取っていいですか?」
「ああ、はじめっからそう言ってるだろ」
僕が僕であるために、他の何を差し置いてもこの胸の正義だけは否定させない。
何かが胸の中で綺麗に嚙み合ったのを感じる。
炎がいつもよりうまく操れる…力が湧いてくる。
今までは感じられなかったいろんなものが感じ取れている。
母上とのつながりも強くなった。
今の僕ならもっと高みへ行ける。
「母上、力をお借りします。【神楽灼滅】…!」
僕の周囲から灼熱の炎が吹きあがった。
まるで僕の正義の心を映し出したかのような高熱が僕自身を溶かしていく。
きっとこの瞬間、僕は悪魔ではなくなってしまったのだ。
だから擬態の維持ができなくなり、女の姿を晒すことになった。
でもそんな事より…目の前にいる原初の神の顔面に一発加えなければ僕の気が済まない。
「ここにきて神楽ですか。はてさて…」
「悪いけれどもう少し付き合ってもらうよ」
「ええ、まぁいいですよ。暇ですし」
「それは…ありがたいこと、でっ!!」
炎を纏って突撃を敢行する。
今まで無意識でなんとなく使っていた炎とは違う…自分の意志で自由自在に動かせる。
でも同時に今まで感じなかった自分の身を焦がすような熱さを感じている。
僕の炎が強くなったのか…それとも悪魔でなくなってしまった事の弊害か…どちらにせよやることは変わらない。
たとえこの身が燃え尽きるとしても、僕の正義を否定するこいつを許すわけにはいかない。
この世界に生きる人々や…レクトのためにも。
いや…今はそんな事よりも。
「一発殴らせろ!」
「…」
僕の拳に割り込んでくるように刀の刃が滑り込んできた。
このままいけばまた同じように斬られるのだろうけど気にしない。
どうせ偶然とかふざけた理由で斬られるのなら、覚悟を持って突っ込むのみ。
肉を切らせて正義を貫く。
そんな決意をもって刀をそのまま殴りつけたのだけど…思った通りの展開にはならず、なんと刀が私の腕をすり抜けたのだ。
いや、なんというか刀と拳が交差する瞬間に僕の腕が炎になってほどけたのだ。
今までの僕は傷を負うと身体の内側から炎が出てきて傷が再生していた。
一度に身体の大部分が消し飛ぶようなダメージを受けた場合は全身が一度炎に変換されて再構成されているような感じだったがそれが腕に起こったような感じだ。
「おやまぁ」
そんな呆けたような声を出した原初の神に対して僕も同じくなんだこれ?と思いはしたがここをチャンスと刀を躱して再構成された拳を握りしめ、その異常に整った顔に向かって突き出す。
当然のようにまたもや避けられてしまったが、僕の纏った炎が原初の神の髪先を焼いた。
「まるで炎そのものですね」
「僕の心に燃え滾る正義の炎だ!」
「そうですか。これはなかなか厄介な事になってしまいました…どうしたものか」
「大人しく殴られろ!」
勝負はここから。
一瞬も気は抜けない…必ずこいつはここで止めて見せる。
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