第238話 悪魔ヒーローは痛みを知る

 胸から赤い血がべったりとついた刃が生えてきた。

光を反射して光を放つ刀身が綺麗だな…とか場違いな事を思いつつこぼれ落ちる血を眺めていた。


そして遅れて鈍く、そして鋭い燃えるような痛みが襲い掛かってきて呼吸が乱れていく。

そのまま刀を横に引きぬくようにして切り裂かれると同時に僕の身体は地面に崩れ落ちた。


「ぐはっ…!?」

「痛いですか?」


少し前にも聞かれた時と同じように平坦な声が頭上から聞こえてくる。

それに対して僕は返答することができなかった。


生を受けて初めて感じるほどの強烈な痛み…どくどくと流れ続ける大量の血。

いつまでも再生が始まらない…。

全身から力が抜けていき、寒さを感じる。


「喋れないほど痛いですか?まぁそうでしょうね。あなたみたいな生まれつき不死性が高い人は本当に痛いってことを知らないからこうなると途端に弱くなるんですよね。いい勉強になりましたね」


原初の神が言う通り、僕は悪魔の中でも肉体の再生能力が高い。

母上程とは言えないが、それこそほぼ不死身といってもいいくらいだ。


それが今どういうわけか一切の身体の再生が始まらない。

痛みは治まらず、激しさを増していくばかりだ。


「な、なんで…ごほっ…!」

「ああ、たまたまですよ」


「は…?」

「偶然といえばわかりますか?「偶然刺さりどころが悪くて再生できない」みたいですね」


意識が朦朧としかけていることもあるかもしれないが彼女が何を言っているのか分からない。

偶然…?そんな事があるはずがない。


「信じられないという顔をしていますね?あってますか?…でも先ほどからずっと見てるでしょう?」

「なに…を…」


「私が投げた刀が偶然あなたの腕を切り落とす位置に落ちた。あなたが避けた場所に偶然、刃があなたのほうを向いた刀が刺さっていた。そもそも私は刀の扱いなんて知らないのですよ。たまたま適当に振った刀があなたを切り裂いているだけなのです。たまたま身体を反らしたらあなたの攻撃を避けれただけなのです。偶然って怖いですよね」


偶然って怖いですよね。

そう言った声色が…わずかに楽しそうに聞こえて、僕にはそっちの方が怖く感じた。


そんな偶然があるはずがない…いや、一度や二度くらいならあるかもしれない。

だが彼女の言葉を信じるのならこの戦いが始まってからは「その偶然」しか起こっていないことになる。

確かに身体の運びや戦い方は素人に見えた。


なのに実際に戦ってみると向こうからの攻撃は通るのにこちらからは身体に触れることすら出来ない。

それを偶然の言葉で片づけるなんて出来るはずがない。


とにかく立ち上がらなければと腕に力を入れようとした時、手の甲に鋭い痛みが走った。

見るとそこに刀が突き刺されている。


「おや、また偶然刺さりどころが悪かったみたいですね」

「ぐ、ぐぁああ…!」


やはり再生の始まらない傷を広げるように突き刺さった切っ先を左右に捻るように動かされた。

ブチブチと何かが切れるような音と、グチャグチャと液体がかき混ぜられるような音が自分の身体からしている。


「そろそろ心が折れたりするんじゃないですか?あなたのような人を何人か相手にしてきましたが痛みを知らないからこうすればすぐに泣きだして許しを請うてきましたよ。あなたもしてみますか?命乞い」

「誰が…!」


肩の部分に激痛が走った。

そしてまたグチャグチャとかき回される音が耳元に近く感じる。


「っ!!!!!!?」

「痛みを知らないというのは哀れですね。こんなことで身動きが取れなくなるんですから。それにあなたは正義のヒーローとやらを名乗っているのだからさらに救えない。あなたが殴ったであろう人たちはどれだけ痛かったでしょうね?あなたに悪だと言われた人たちはどれだけ苦痛だったでしょうね?痛いって事を知らない奴ほどそれを平気で他人に与える。理不尽だとは思いません?思うでしょう?だから私は世界中の人間たちに今のあなたのように「痛い」ってことを知ってほしいんです。わかります?」


何も言い返せなかった。

いや言いたいことはたくさんあったけれど…気力がなかった。

目もかすれてきて今にでも意識を失いそうだ。


「そういう点では元皇帝さんや、悪魔の神は痛みを知っている分多少はマシですよね。多少ですが…っとまだ生きてます?逃げる元気はありますか?死んでくれていいですよとは言いましたが逃げれるのなら逃げていいですよ。くだらないヒーローごっこなんて止めて、背を向けて情けなく逃げなさいな」

「…くだらない…だと…」


正直心が折れていないと言えば嘘になる。

痛みを知らないと言われて反論もできない。


だけどその言葉だけは許せない。

冷たかった身体が一気に沸騰した。


頭に血が上ったとでも言えばいいのだろうか?途方もない怒りが湧き上がってくる。

全身に力を入れて無理やり跳ね起きた。

傷口から血が噴き出し、ふらつくが踏みとどまる。


「おや?よく立てましたね」

「ふざけるな…」


「はい?」

「ごっこはいい…確かに僕がやってるのはヒーローごっこだ。正義の味方に憧れて、それになれるように模倣しているだけなんだから…でも、それをお前にくだらないと吐き捨てられるいわれなんかないんだよ!」


全身から炎が噴き出す。

流れた血がぐつぐつと沸騰している。

燃えて熱せられて全身が異常に熱くなり…頭の中で何かが破裂した。

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