第237話 悪魔ヒーローは諦めない

 フォスは小さく細い自らの腕が悲鳴をあげているのを感じていた。

レクトの背に突き立てた惟神の剣を押し返して這いずり出てこようとするセフィラを必死に抑え込んでいるがまだ育ち切っていない身体にその負担はかなり重く、骨にひびが入り、今にでも砕け散ってしまいそうだ。


それをアルスがなんとか支え、セフィラと拮抗している状態だった。


「フォス様!腕が…!」


アルスが支える小さな腕から血が滲みだし、その白い肌を真っ赤に彩っていく。


「うるっ…せぇ!これくらいなんともねえから早くガキ共を逃がせ!」

「いけません!今私が手を離したら…」


「我を誰だと思ってる…!お前なんぞの…助けがなくとも…これっ、くらい!!」


そういう間にもフォスの腕は骨が軋むような異常な音をたてている。

誰がどう見ても限界だった。

しかしそこで一人、横からフォスの腕を掴む人物がいた。


「フォル、レネちゃ、ん!うで、いた、い!」


それはレイだった。

心配そうな顔をしてフォスの腕を掴むと、その腕がぼんやりと光を帯びだした。


「お前何を…!?」

「これは…」


痛々しく血が流れていたフォスの腕が光に包まれた部分から綺麗な腕に再生していく。

フォス自身も痛みなどの苦痛が一気に取り除かれていくのを自覚し、驚愕に目を見開いてレイを見つめた。


「フォルレネちゃ、ん…痛いの、だめ!」

「驚くほど練度や効果の高い回復魔法ですね…人間とは思えないほどに」


アルスの言葉にフォスも同意見だった。

本来回復魔法とは瞬時に回復できるのはかすり傷程度の物で、対象のダメージが大きければ大きいほど時間が必要になる。


しかしレイは一瞬でズタズタだったフォスの腕を治療してみせたのだ。

明らかに常軌を逸していたが今この場でそれを追求できる余裕はない。


たとえレイが卓越した回復魔法の技術を持っていても、ただフォスに被害が無くなっただけで状況は一切好転していないのだから。

それどころかこの場からレイも動けなくなったことで逃げることができる人数がさらに減ってしまった。


また、あまりに騒ぎが大きくなってしまったためか閑散としていたはずの周囲に野次馬が集まりだしてきていた。


「ちくしょうが…!そこの二人!ぼーっとつっ立ってるくらいなら周りの奴らを引き離せ!出来るだけここから…この国から外に出せ!」


フォスがフリメラとアグスに無茶苦茶にも思える命令を下したが二人はお互いに見つめ合ったのち、頷き合ってから周囲に集まりだした人々のほうに駆け出した。


「フォス様…この状況はもはや…」

「ちっ…!」


フォスにとって今は詰んでいると言ってもいい状況だった。


たとえフリメラとアグスが野次馬たちを連れて避難ができたとしても長距離を移動できるわけでもない。

この今自分が抑え込んでいるものが勇者から解き放たれてしまえば等しく殺されてしまうだけだろう。


レイとアルスのおかげでこのまま耐えるのも不可能ではないがレイがいつまで回復魔法を持続して使えるのか分からないうえに、今この瞬間にもヒートが作り出した炎の壁が崩れ、原初の神が姿を見せるか分からない。

どこを向いても逃げ道は無く…現状取れる一番の手段は一つだけだ。


「フォス様。私はたとえあなたに恨まれようとも最悪の場合はあなたを連れてこの場から逃げ出します」

「…」


フォスは苛立たし気に歯を食いしばることしかできなかった。


「ぐ…ヒー、ト…」


そんな中レクトは苦痛にさいなまれながらも炎の壁を力強く睨みつけていた。


───────


≪ヒートside≫


身体の内側から噴き出した炎が傷を塞いでいく。

手を抜く余裕なんてないと全力で原初の神に挑むこと数分。

これでも近接戦闘においてはかなり自信があるほうだったのだが…その自信はきれいさっぱりと吹き飛びかけていた。


「退屈ですね」

「…それは悪かったね」


この戦いが始まってから僕は原初の神を一歩たりともその場から動かせずにいた。

何度攻撃を仕掛けても気が付けば僕が斬られている。


回避に徹しても無造作に捨てられたと思っていた刀が回避先に突き刺さっており、自ら刃に飛び込んでしまった。


間合いに入ったその瞬間にどこまでも刃が追ってくる。


攻撃しても、回避しても、距離をとっても最終的に必ず僕が斬られる結果へと収束してしまう。


隙だらけなのに隙がない。


もはや僕は彼女に勝てるビジョンが微塵も見えない。

だからといって逃げることは出来ないし、そんな選択肢も存在しない。

勝てないというのなら1秒でも多くの時間を稼ぎ、外にいるみんなが解決策を見つけてくれるか…逃げてくれることを祈る。


「うーん…わかりませんね」

「なにがだい?」


首を横に傾け、そんな事を唐突に呟いた原初の神にのって会話をしてみる。

会話をしてくれるというのならそれだけで時間稼ぎになるから好都合だ。


「なぜ挑んでくるのでしょう、私に。この数分の間で私とあなたの力の差は充分に理解できたでしょう?お互いに。それなのになぜ私を正面から睨むんです?まだ勝てるつもりですか」

「…正義のヒーローは負けないからね」


「正義のヒーローですか。ということはあなたは私を悪だと思っている?…私からすれば人間たちのほうがよっぽど悪に見えますよ」

「なに…?」


人間を悪だと言った原初の神はその話をそれ以上はするつもりはないらしく、特徴的な髪を指で弄びながら僕を観察するような不快な視線を向けてきた。


「じゃあこういうのはどうです?ここであなたが私に背を向けて逃げるというのならあなたには何もしません。さらに外にいる人を一人だけ連れて逃げていいですよ。もちろんその人にも手は出しません。残りは皆殺しですが」

「…そんな話にのると思うかい?」


「ならばあなたを含め皆殺しにするまでです。どうします?私は嘘をつきませんよ。確実に二人生き残るか…全滅か。正義のヒーローさんはどっちを選びますか?」

「それは僕がレクトを連れて逃げると言っても有効なのかい?」


「レクト?…あぁ勇者ですか。いいですよ別に」


あっさりと答えたその様子に、やはり何を考えているのか分からない。

やはり全部嘘で誰も助けるつもりなんかないのか…それとも本当にどうでもいいと思っているのか。

まぁどちらにしろ僕の答えは決まっている。


「もちろん断るさ。それはヒーローの行いじゃない」

「確実に助かる命があるのにですか?」


「ここで僕があなたを倒せば全員助かるからね」

「ふむ…ちなみにですが私はあなたに「付き合ってあげている」のはわかっていますか?」


そういって原初の神は炎の壁まで歩いて行き、思いっきり手を突っ込んだ。

そのまま涼しい顔をして僕の顔をじっと見てくる。


「こんなもの通り抜けようと思えばどうとでもなるのですよ」

「…じゃあなぜ付き合ってくれるんだい」


「外にいる人たちがもしかしたら助かるかもしれないって希望を持ったほうが後々楽しいでしょう?私は人々になるべく苦しんで死んでほしいので」

「最低だね。狂ってるよ」


「悪魔に言われるのは心外だと思わなくもないですが、まぁ自分がまともだとは思ってないですよ。それで答えは?ちなみに元皇帝さんに期待しても無駄ですよ。以前の彼女ならいざ知らず、今のセフィラを抑えきれさえしない程度の力なら結局は虫と同等ですよ私にとっては」

「答えは変わらないさ」


「そうですか、ならもう死んでくれていいですよ」


死んでくれていいですよという言葉は僕の背後から聞こえた。

目線を外してなんかいないのに…気が付けば原初の神は僕の背後にいた。

そして…。

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