第236話 悪魔ヒーローのヒーロー論

「ふむ?」


僕は拳を握り締めて原初の神を睨みつけたが、まるで意に介した様子はなく、不思議そうに首傾げていた。


隙だらけの今を見逃す理由もなく、全力で踏み込み、その腹に全力で拳を突き出す。

しかし見事に反応されてしまい、手に持っていた刀で防がれたが思ったより力が弱く、刀をそのまま拳で弾いてさらに追撃を行う。


だが彼女の刀は無尽蔵らしく、気が付けば今度は両手に刀を握っており、決して避けられないほどではないが舐めてかかることもできない斬撃を繰り出してきた。


「だが!」


一瞬だけ空いた斬撃の隙。

原初の神の胸に続くその穴に向かって全力で拳を突き出そうとした時、僕の右腕が地面に落ちた。


最初に弾いた刀が落ちてきて僕の腕を切り落とし、地面に突き刺さったのだ。


「痛いですか?」

「ああ、痛いね」


平静を装いはしたものの内心はかなり動揺している。

まさかそのような攻撃をされるとは思わなかったし、なぜわざわざそんな攻撃を選択したのかもわからない。

相変わらず表情からは何も読み取れなくて、本能で生きているモンスターの類ならまだしも意志を持った人型の存在でここまで不可解な存在は見たことがない。


「んー、正直悪魔は私の中でどうでもいい存在なのですが…そこの悪魔の神といいあなたといい中々に邪魔になってきますね」


ここにきて初めて原初の神が僕のことを見た気がした。

その瞳に見つめられた瞬間背筋に冷たいナイフを直接差し込まれたような感覚を覚えた。

そこでようやく僕は原初の神のヤバさを理解できた気がした。


「でも、だからってここで逃げるのは僕じゃないんだよやっぱり」


能力を発動させ炎を生み出し、拳を握りしめる。


この赤いマフラーは正義の証。



僕の背後にはレクトが、皆がいる。


そして彼女の言を信じるのならばここで原初の神を止められなければ大勢の無辜な人々が死ぬことになる。

最近は使っていなかったとはいえ悪魔としての再生能力をもって腕を再生させた。

絶対に逃げるわけにはいかない。


「ヒート!いけません!」

「いけないとしても僕は戦います母上。悪魔がどうこうじゃない、僕の中の…僕自身が譲れない事だから」


誰かが僕の服を引っ張った。

見るとレイがいつの間にかそこまで来ており、いつものレイからは考えられないくらいの真面目な顔付きをしていた。


「ぼ、ボクも、手伝、う」

「レイ…」


そしてそんなレイに続いてさらに二人が僕の隣に立つ。


「もちろん私たちも」

「手伝うぜぃ」

「フリメラ…アグス…」


彼らとは出会ったばかりだが今この場での僕らの心は一つだと感じられた。

レクトを助けたい、人々を殺させはしない。


「…いいじゃないか。仲間と手を取り合い巨悪に立ち向かう。まさにヒーローだ。だが」


僕はその場で床を踏み抜き、炎を展開して原初の神と僕だけを覆い、レイたちは爆風で炎の外に弾きだした。


「ヒー、トくん!?」

「悪いね君たち。僕はどちらかというと一人孤独に戦うヒーローのほうが好みなのさ。それもまたヒーローだろう?」


負けるつもりは微塵もないけれど、正直勝てる気もしないのも本当だ。

そんな戦いに無駄に巻き込む理由もない。


「母上!フォルスレネス!ここは僕が何とかするからそっちは頼んだ!」

「ちっ!馬鹿が!」

「ヒート…あなた…」


音をたてて燃えた屋根が崩れ落ちた。

もはやマナギス女史に土下座したとしても許してもらえない気がする。

正義のためということでここはひとつ…と行きたいところだ。


「ま、生き残れるか分からないけどな」

「はぁ…もうお腹いっぱいですよ、そんな安っぽい三文芝居は」


少しばかり苛立たし気に原初の神は顔を押さえた。


「あんたからそんな反応を引き出せただけでも満足した感があるよ」

「ほんとうにどいつもこいつも。そんなに私の反応が面白いですか?」


「さぁ…どうだろうね」

「ふむ、しかしあなたこの周囲を覆っている炎…なかなかに強い力が込められていますね」


原初の神が刀を一本取り出し、周囲に展開した炎の中に切っ先を突き入れた。

炎は刀を覆うように燃え上がり、そのまま原初の神の左腕まで燃え移ったが、あっさりと刀を手放し、腕の炎も埃を払うようにして消されてしまった。


「僕の胸の内にある正義の心のように熱いだろう?」

「あまり温度という物を感じないので私」


「そりゃあ残念だ。だったらその身体に直接感じてもらおうか!」

「わかりませんね。彼我の差が分からないほどお間抜けさんではないでしょうに、どうしてわざわざこんなマネをするのです?無駄な力を割いてまで一人で戦うなんて。この炎に回している力を止めてお友達と一緒に戦えば勝てるかもしれませんよ?」


心にもない事を…。

表情が読めなくても自分が負けるとは思っていないことくらいわかる。

僕の事なんか眼中にないようで…さっき一瞬だけ向けられていた目がもうすでに向けられていない。


「…それには及ばないよ。僕一人で十分だ」

「ふむ」


「それとも僕一人に負けたら恥ずかしいから言い訳でも欲しいのかい?」

「いえ、ただ気になっただけです」


挑発も効果なしと。

普通に返されたことから案外真面目なタイプなのかもしれない。


「さて、じゃあそろそろ始めようか」

「お好きにどうぞ」


原初の神は刀は握ってこそいるが先ほどと同じく構えを取る様子はなく、隙だらけに見える。

しかし僕の腕は事実として持っていかれてしまったのだから、あの隙は隙ではないのだろう。

でも彼女の言う通り、周囲の炎の維持にかなりの力を消費しており、あまり長く戦えそうにはない。

あの場の全員がなるべく遠くに逃げる時間くらいは稼ぎたいが…。


「いや、弱気になるな。僕は弱きを守るヒーローだ。時間を稼ぐんじゃない…勝つんだ!」


悪魔に生まれて、性別を偽って、人助けの旅に出て…色んなことがあったけど巡り巡って今、僕は神に挑む。

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