第235話 悪魔ヒーローは孤独を選ぶ
その女性の横顔はとても美しく、万人が思う美という物を集めて作ったかのような顔をしていて、その見るたびに変わっているように見える髪色と相まって神々しい雰囲気を纏っていた。
…しかし、僕から見えるその横顔には一切の表情が浮かんでおらず、瞳も何も映していないように見えた。
「全員離れろ!」
フォルスレネスが悲鳴に近い叫びを上げると同時に母上が黒い触手を展開し僕らと謎の女性を分断するように地面に叩きつけた。
母上の触手は柔らかそうな見た目をしているが、あれでかなり破壊力があるため床は粉々に粉砕され大穴があいてしまった。
ここマナギス女史の持ち家なのだけど…いやでも隣国に逃げるという話をしていたし謝れば許してくれるかもしれない。
それよりも問題は…この女性が母上とフォルスレネスにとって歓迎できない相手という事だ。
「母上…彼女は?」
「原初の神です」
母上の返答を聞いた僕たちの間に冷たい緊張が走った。
先ほど散々聞かされた原初の神が僕たちの目の前にいる。
レクトの様子を窺うと顔中から汗が噴き出しており、危険な感じがした。
しかし原初の神本人はというとどこを見ているのかもよく分からない虚ろな瞳を持って微動だにせず椅子に座っていた。
「何をしに来たアバズレ」
「本当に生きていたんですね。随分と縮んでしまったようですが」
「質問に答えろ。またその綺麗な顔面を地面に叩きつけられてぇのか」
「怖い怖い。目的はあなたの気配がしたので生きているのか確認しに来ただけですよ」
「そうか、ならもう目的は達成できただろ。早く帰れ」
「そうしたいところなんですけどね」
異様な雰囲気を纏う原初の神をこれでもかと煽るフォルスレネスもさすがだが、それよりも一連の会話で一切の感情の動きを見せない原初の神がただただ不気味だ。
「フォス様」
「待て、我とお前の転移術じゃあ自分達しか連れて行けない。こいつらを逃がすのが先だ」
「しかし…」
母上とフォルスレネスが小声で何かを相談している。
ここで僕は何をするべきだろうか…原初の神は異様な雰囲気を纏ってはいるが隙だらけにも見える。
今ならば戦うにせよ逃げるにせよ行動を起こすことは容易いはず…。
「妙な気を起こすなよヒート。おとなしくしていろ」
「む…」
止められてしまったがここは直接戦ったことがあるらしい二人に任せる方が得策か…。
そんな事を考えていた時、ゆっくりと原初の神が立ち上がった。
その視線はレイに一瞬だけ向けられた後にレクトに向けられた。
「妙な真似をするな、止まれ」
フォルスレネスが手に光の剣を出現させて威嚇するように突き付けているが、それを気にも留めず原初の神はレクトに手を向けた。
「今代の勇者…私の駒。どうやらその運命から逃れかけているようですね。たかが人族のくせに分不相応なことをする。まぁそうなったのならなったで使いようはあるのですけどね」
「何を…うっ!?」
突如としてレクトが胸を押さえて倒れ込んだ。
「うぅ…ぐぁあ…ぐっ…!」
「どうしたレクト!?しっかりしろ!」
かなり苦しそうな様子で浅い息を繰り返すレクトの肩をゆするも返事ができないほどらしく、ポタポタとレクトの汗が地面に落ちるだけだ。
「ぐっ…ああああああああああああ!!!」
叫び声を上げたレクトの背中から突き出すようにして真っ白な石像のような腕が姿を見せた。
それは石像のような見た目をしているにも関わらず、ドクンドクンと脈打っており、レクトの中から這い出そうとしているかのように暴れまわっている。
「フォス様!あれは…!」
「ちぃ!どけヒート!」
フォルスレネスの小さな身体が僕を押しのけて、そのまま光の剣を白い腕ごとレクトの背に突き立てた。
腕は光の剣が触れている部分から崩れていくが、崩れると同時に再生しているようで動きは止まったが状況を打破するには至らないようだ。
「ふむ…やはり力が弱まってはいるようですね皇帝さん。いえもう皇帝ではなかったですね」
「黙れこのアバズレが…!」
挑発するような口調はそのままだがフォルスレネスは余裕がないらしく、両手で光の剣を掴んで辛そうな表情をしていて、母上もそんな今にも弾き飛ばされてしまいそうな様子の彼女を触手で支えており、お互いに身動きが取れないようだった。
「くそっ…!ヒート!このまま全員を連れて逃げろ!」
「何を言ってるんだ!?そんなことできるわけないだろう!」
この状況で逃げることを選択することだけは出来ない。
「ヒート、ここはいう事を聞いてください」
「母上…」
「逃げるのなら逃げてもいいですよ。わざわざ追いはしないのでご自由に」
前方を見ると原初の神が手に持った刀をわざとらしく地面に刃をすらし、音をたてながらゆっくりと歩いてきている。
「てめぇ…何のつもりだ!」
「その勇者がもう駒としては微妙な感じになってしまったので仕込んでいた【セフィラ】を起動させて暴れさせようと思っただけですよ」
セフィラとはおそらくレクトの背中から突き出している腕の事だろう。
フォルスレネスをして抑え込むのが限界らしいそれは確かに完全に出てきてしまえば厄介な事になるのは感覚でわかる。
「それに知っていますか?もうじきここに愚かな人族が戦争を仕掛けにやってくるそうではないですか。そこにセフィラをぶつければどうなると思います?」
「何を言ってやがる…!」
「勝ちを確信して他者を蹂躙しようとやってくる者たちがより強い力に理不尽に踏みにじられる…楽しいではないですか」
「てめぇ…」
「そして隣国からきた人族を皆殺しにした後は奇跡が起こり助かったと安堵したこの国の人族にもセフィラを向けましょう。希望から一転、抗えない死という絶望を突き付けこの地から全ての人族を滅ぼしましょう。考えただけで…愉快です」
そこでようやく少しだけ原初の神の表情が変わった。
わずかに広角を上げ辛うじて笑っているように見える。
「たまたま気まぐれで勇者に仕込んでみた物ですが意外なところで役に立ちますね。本当は勇者の身に何かあった時に身体の損傷を回復させるのと終わるまでの時間稼ぎ用だったのですが…まぁ結果は良しです。邪魔になった勇者も始末出来て一石二鳥…いや元皇帝さんも始末できるし目障りな人族の国を二つも潰せる。一石でドラゴンを落とせた勢いですね」
「勇者を始末…?」
「まぁ回復機能を発動させる理由もないですから。セフィラなんて強大な力の塊が身体から出てきたらもちろん死にますよ。次の勇者を選ぶのだけが面倒ですがね」
その言葉に僕は彼女に立ち向かう決心を固めた。
「ならば僕はお前をこのままにしておくわけにはいかない」
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