第234話 悪魔ヒーローの戸惑い
あらためてフォルスレネス達からレクトの身に起こっていたことについての説明があった。
原初の神。
そんな話を聞かされてもとても信じられないがここにきてフォルスレネスや母上が冗談を言うはずもなく、深刻な顔で語られる話は不思議な信憑性があった。
「その原初の神は一体何が目的なのでしょう」
フリメラが恐る恐ると手を上げて質問をした。
確かにそうだ。
なにかヤバそうな人が行動を起こしているという事は分かったが何をしたいのかがいまいちわかっていない。
「我が直接本人に確かめたわけじゃないが…これを集めるのが目的らしい」
フォルスレネスが母上の豊満な胸の谷間の辺りに直接手を突っ込み、ずるりと小さな石のようなものを取り出した。
「え、えっと…それは…?」
「知らん、だが妙な力を感じる。どうやら我の中にも同じものがあったようで事情に関係している知人と話し合った結果だが目的はおそらくこれの回収でほぼ間違いない。それともう一つ…それに関係するようだが人と魔族の争いを煽っている。原初の神はなるべく人に苦しんで死んでほしいからだとは言っていたが…どうやらまだ何かあるらしい」
「人と魔族の争いを煽るか…そんなことが可能なのか?フォルスレネス」
「可能も何もお前も見ただろうがよ」
フォルスレネスの視線がレクトに向けられる。
「勇者、英雄。呼び方は様々だが人以外の種族に異常な敵対心を抱き、さらには魔族とも対等に戦えるほどに力を持ち、おまけに人心掌握の能力まで組み込まれている。まさに強くてかっこよく、そしてそれに惹かれて他の人間も争いに導くのに都合のいい存在だよな」
「…」
隣のレクトが苦虫をかみつぶすような表情をしたが何も言い返すことは出来ないようだった。
確かにそう言われてしまえば人々を争いに導くという点でこれ以上に最適な存在も無いだろう。
「ちなみにだが魔族側にも仕込みがされていた」
「魔族側にも?どういった?」
「悪いが話せん。知人の…おそらくは触れられたくはない部分だろうしな。それに数日中に魔族は一人残さず消える。お前たちが気にする事じゃない」
「いや気になるが?」
サラッと流せる話ではない。
何がどうなってそうなるのか。
「どちらにせよ気にしてる場合じゃないんだよ。我は原初の神を討伐するために戦力を求めている…勇者レクト。何も言わず我の元に来い」
「俺…?」
「待ってくれフォルスレネス。君と母上がここに来た目的は分かった。レクトを勧誘に来たというわけだな?だがいくら何でも急すぎやしないか」
「そういう場合じゃないと言っているだろ。原初の神と直接刃を交えた我だからこそわかる…あいつはいつか必ず我ら人を根絶やしにするぞ。それどころかこの世界ごと終わらせかねないぞ?」
ゾクっとしたものが全身を駆け巡り、冷や汗が頬を伝う。
ただフォルスレネスに見つめられているだけなのにビリビリと身体が痺れる。
おそらく彼女と僕の間には覆せないほどのレベル差が存在していて…そんな彼女ですら勝つことのできなかった神。
そんなものが本当にこの世界を終わらせるなどと言う馬鹿げたことを思っているのだとしたら…それは与太話ではない。
「そもそもそんな存在にレクトが勝てるのか…?」
「まぁ無理だろうな。だが役には立つかもしれん」
「そんな簡単に!」
「うるせえんだよ」
「何を…!」
「色ボケしてんのかどうかしらんが、それは世界と天秤にかけられるものか?よく考えろよガキ」
強大な威圧感がフォルスレネスから放たれるがここで引くわけにはいくものか。
みすみす彼を死地に追いやることは出来ない。
僕は悪魔だ。
何よりも優先するのは自分の欲望…そう母上も言っている。
僕は同意を得ようと母上のほうを見たが、母上は僕と目を合わせてはくれなかった。
「母上…?」
「おいおいここで悪魔の欲望がどうのこうのと言い出すつもりか?なら聞くがお前なんでもヒーローとか言うのに憧れているらしいな?助けを求める誰かを助けたいだったか?なんだ?じゃあ今はその誰かよりもレクトのほうが大切なのか?随分とお前の欲は都合が良くて…軽いな」
「っ!」
その言葉はとても痛かった。
僕はずっとヒーローになりたかった。
弱き者を助ける、強くてかっこいいヒーローに。
なんでそんなものに憧れるのか全く分からないし、馬鹿らしいとも思っているけど…それは僕を僕たらしめている大切なもので…でもレクトの事も諦められるはずもない。
僕の中の悪魔と、そこからズレた僕が混じり合わない。
「はぁ…お前はどうだレクト。その悪魔と恋仲になったのか知らんがお前がこの世界を救えるとしたらどうする?選べ、我と来るか…それとも」
「俺は…世界なんて大きなものはよく分からないけど、他の罪もない人たちが危ないというのなら迷わず剣を取る。それは俺がやりたいことだから」
「レクト…」
ほとんど悩まずにそう返すレクトをみてフォルスレネスの目がスッと鋭くなる。
他のみんなも口を出すつもりはないようで成り行きを見守っているなか、レクトが一歩前に出て僕の手を取った。
「え…?」
「なんのつもりだ勇者」
「俺の知らないところでいろんなことが起きてて…世界が危なくて…だったら俺に戦わないなんて選択肢はない。だけど同時にヒートも一人にはしない。そう約束したから」
「てめぇも色ボケか?あ?状況分かってねえなお前ら。世界も守りたい、隣にいる一時の気の迷いとも知れない種族違いのねじ曲がった恋人とも一緒にいたい。馬鹿かお前ら?我を舐めてるのか?もう一度我の目を見て行ってみろガキが」
「何度でも言う。あなたが納得できないというのなら納得できるまで話す。僕は人々を守る、そしてヒートを悲しませるようなこともしない」
しばらく二人のにらみ合いが続いた。
僕にはかなりの長い時間のように思えていたそれに終止符を打ったのは母上だった。
「もういいでしょうフォス様。予想以上に言い返されて悔しいのは分かりますけど大人げないですよ~」
ムニムニと母上がフォルスレネスの頬を揉み解す。
「ええい!うっとおしい!誰が大人げないだと!?」
「フォス様がですよ~ごめんなさいねヒートに勇者さん。思考誘導が切れてるかどうかをフォス様は確認がしたかったんだと思います」
「そんなんじゃない、ほとんど本気だったさ。覚悟が見たかったというのはあるがな」
どうやら僕らは…と言うよりレクトはフォルスレネスに試されていたらしい。
合格したのかは分からないがフォルスレネスはなんとなく満足そうにしている。
なんだかどっと疲れて思わずその場に座り込んでしまいレクトに心配されてしまった…情けない。
そこからは今後の方針をどうするか…と決める前に少しだけ休むことになり、僕は母上の助けを借りて男の姿になり、レクトはフリメラ達旧友と何やら話し込んでいた。
三人とも晴れやかな顔をしていたから満足のいく話ができたと信じたい。
「うっし!ガキ共!そろそろ話し合いを始めるぞ」
この場で一番幼いフォルスレネスにガキどもと言われるのは不思議な感じがするが全員が椅子に座り、今から真面目な話し合いが行われようとした。
しかし僕が座っていた椅子に誰か知らない女性が座っている。
「面白そうですね。混ぜてください、私も」
いつの間にかそこにいた女性は瞬きをするたびに色が変わって見えるような不思議な髪をしていた。
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