第229話 悪魔ヒーローは戸惑う
「待ってくれ。そもそも君は誰なんだい?…もしかして母上の子供!?」
「あら」
「違う。ぶちのめすぞガキ」
幼女にガキと言われたのはさすがに初めてだ。
「ずいぶんと口の悪い子供だな~いかんよそんな事言ってたら」
「我は貴様より年上だ」
そんな馬鹿な。
目の前の幼女は明らかに年齢一桁にしか見えない。
いや、しかし割と見た目と実年齢が合わないという事象はよくある。
僕の元同僚の色欲なんか10代前半の見た目をしておいて僕の三倍以上生きているのだから不思議なものだ。
「も~フォス様ダメですよ。都合のいい時だけ年上のフリして~普段は子供料金利用しているくせに」
「ふん肉体と精神は別だと言うのを知らんのか」
フォスと呼ばれた幼女は母上とやけに仲が良さそうで…嫉妬とまでは行かないがなんだか不思議な感じを覚えた。
自分の母親が他人の事仲良くしているとモヤモヤする…いや母上と私は厳密には親子ではないのだがそれでもだ。
「それで結局キミは誰なんだい?」
「仕方ない、よく聞けガキども」
幼女は母上の膝の上で両腕を組んで、これでもかとふてぶてしい恰好で座りながら僕たちを見渡しながら鼻を鳴らした。
「我こそは軍事帝国を統べる皇帝、フォルスレネスである。伏して控えろ?」
「「元」皇帝ですけどね~」
どや顔を披露した幼女の頬やわき腹の辺りをムニムニと母上が楽しそうに触っている。
それにイラついたのか幼女は乱暴に母上の手を払いのけ不機嫌そうに座りなおす。
「お~、皇、帝さん…すごい」
レイは目をキラキラさせてぱちぱちと控えめに拍手を送り、アグスとフリメラは「えっと…?」とどう反応してよいか困っている様子だ。
しかし帝国か…そういえば何年か前に地震かなにかで滅びたと聞いたが…まさかそこで死去したと言われている皇帝の残し子という事だろうか?
そう考えれば無駄に偉そうなのも、自らを皇帝というのもまぁ納得できる。
「違いますよ怠惰。正真正銘この人が元皇帝ご本人なんですよ」
「ええ?」
さらっと母上に心を読まれてしまった。
しかしいくら何でも幼女が軍事力では並ぶ国なしと言われたあの帝国のトップだと言われても信じきれない。
「まぁ信じようが信じまいがどうでもいい。そんな事より勇者はどこだ」
「勇者…?それはもしかして…」
「リリさんからあなたが勇者と一緒にいると聞いて私たちは飛んできたのですよ」
「なんと」
勇者とは間違いなくレクトの事だろう。
リリの名前が出たという事はほぼ間違いないはずだ。
「ええ!?リリ様がいらっしゃるんですか!?」
「ちょっフリメラ」
「…こほん、失礼いたしました」
なんだかわからないけれどフリメラが突然興奮しながら立ち上がり、アグスに諫められてそのまま座った。
彼らもなんだか変な人らしい。
「実は僕もおそらくその勇者の件で母上を探していたのです」
「おや、そうだったのですね。会いに来てくれればよかったのに」
「母上がどこにいるのか分からなかったので…」
「色欲にそこら辺の連絡も頼んでいたのですが…あの子忘れているようですね」
何という事だ。
昔からめんどくさがり屋かつ忘れっぽいところがあったがまさかこんなところでそれが発揮されてしまうとは…。
いや、いま彼女に何か思っても仕方がない。
「何でもいいだろ。とっとと勇者を連れてこい」
「待ってくれ、フォルスレネスちゃん?だっけ。レクトに…勇者に会ってどうするつもりだ?」
「ちゃん付けすんな。それとお前に話す必要があるか?」
「ある」
「言ってみろ」
「彼は僕の友だ」
「…」
「…」
僕とフォルスレネスの視線がまっすぐにぶつかり合う。
これでもそこそこの修羅場を駆け抜けてきた自負はあったがフォルスレネスのそれは幼女から放たれているとは思えないほどに鋭く、思わずたじろいでしまいそうだったが引くわけにはいかないと気合を入れた。
「ふん、なかなか根性あるな悪魔のくせに」
「んん?」
「ふふっフォス様は素直じゃないですからこれでも怠惰の事褒めてるんですよ~」
「勝手な事を言うな」
「ごめんなさぁい。とりあえず情報を交換しましょうか怠惰」
その後は母上とレクトに関する情報を交換し、色々と僕の理解の範疇を超えている事を教えてもらったがレクトのあの気味の悪い謎の洗脳能力と頑なな思考を考えれば納得できる部分もあった。
フリメラとアグスも理解できていないようで頭の上に「?」が見えるような表情をしていて、レイは飽きたのかあくびをしていた。
「…話はなんとなくわかった。それで母上とフォルスレネスはレクトをどうにか出来ると?」
「さぁな」
「分からない?」
「ああ。我以外に思考誘導を受けたやつを見たことがないからな。なんとかできるかもしれないし出来ないかもしれない。とにかく連れてこい」
僕は少しばかり躊躇した。
彼を今起こせばまた僕を否定されるかもしれないと考えると気が乗らない。
「どうしても起こさないとダメかい」
「あ?」
「いや…彼は僕のような悪魔を認められないようで起きると暴れるかもしれなくて…それで」
「なんだ?さっきまでの生意気さが急に消えたな?」
「僕はただ…」
「…おい、そこのお前」
「ん、ボク?」
フォルスレネスがレイに声をかけて手招きをした。
「そう、そのレクトとかいう勇者を起こしてこい」
「うーん…いい、の?ヒー、トくん」
「…」
僕が何も言わないものだからレイもどうすればいいか迷っているようで僕とフォルスレネスを交互に見てオロオロとしている。
「何を悩んでいるのか知らんがいいのか?原初の神はすでに動き出している、いつその勇者が奴の手駒として動かされるかわからんぞ?」
「そう…だね。うん、手間取らせてすまない。レイ、彼を起こしてきてくれ」
「う、うん」
パタパタと小走りでレイが彼の眠っている部屋に向かった。
僕はと言うと相変わらず気分が重くて嫌な感じだった。
「怠惰、何かあったのですか?話なら私が聞きますよ」
「母上…」
ニッコリと笑って僕に向かって両手を広げてくる母上に誘われるようにして手を伸ばした。
そこで再び僕の顔面に小さな足がめり込む。
「そのまま抱きつかれたら我が潰されるだろうがドアホ」
「も~フォス様ったら本当にやきもち屋さんなんですから。ごめんなさいね怠惰」
「い、いえ」
正直あのままだと人目もはばからず母上に甘えてしまいそうだったので助かったと言えば助かった。
「まぁでも話してみてください。吐きだせば少しは楽になるかもしれませんよ」
「実は…」
そこで母上に全てを話した。
僕自身にもよくわからないモヤモヤの事も。
母上は愚痴にも似たそれをいつものように優しく微笑みながら聞いてくれて…その膝の上でふんぞり返っているフォルスレネスも意外というか真剣な顔をして聞いていた。
話し終わって先に口を開いたのはフォルスレネスだった。
「なるほどなぁ。我も他人から指摘されたわけではないから確実な事は言えんが、その勇者はかなり症状がひどいな。この目で見て本当にそんな感じなら一度シメるか」
「そうですね~私もそういえばリリさんと初めて会った時に見た彼の事思い出しましたけど…一目見ただけでかなり気持ちが悪かったというか…そんな感じだったのでよっぽど酷いのかもですね」
「まぁなんだ、お前も苦労してんだな。怠惰だっけか?」
「ああいや、確かに前はそう言われていたが今はちゃんとした名前を自分につけたんだ。ヒート・ダークハート。僕のソウルネームだ!だからヒートと呼んでくれると嬉しい」
「ああ…うん、そう」
「あらいい名前じゃないですか」
なぜかフォルスレネスは微妙な顔をして母上は笑顔で拍手をしてくれた。
「…とにかくヒート。お前がそんだけ勇者の事を考えてるのなら一回全力でぶつかってみろ。とりあえず我が一度ボコボコにしてやるから後はお前がどうにかしろ」
「え?あ、ああ…ボコボコ…?」
何でもない事のように彼女は言ったがボコボコとは…?まさかレクトと喧嘩でもするつもりなのだろうか?
いやさすがにレクトでも幼女相手にムキになりはしないと思うが…。
「さすがにそれは…」
「遠慮すんなよ。どっちにしろ一度どれくらい強いのか見ておかないといけないとは思ってたんだ」
「待ってくれ本当に喧嘩するつもりなのか!?キミのような子供がそんな事!」
その時、レクトが寝ているはずの部屋から何かが割れる音、粉砕される音などの大きな音が聞こえた。
「はっ!ちょうどいいじゃないか。後輩にいっちょヤキを入れてやるよ」
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