第222話 クチナシ人形の死縁結び
「もう大丈夫?」
「…はい」
マスターに手を引かれ、ゆっくりと立ち上がる。
それを見たザンもまだ呼吸が整いきっていないようだが無理やりに立ち上がり、私を睨みつけてくる。
不思議なもので先ほどまでは半ば気圧されていたのに今は何も感じない。
それどころか微かに怒りすら湧いてきていた。
精神に干渉を受けているとはいえアマリリスを害そうとしたり、話を聞いてくれなかったり…そして何より私の背後にあるルティエの墓に何の関心も抱いていないことに。
ここまで無意識に連れてきた私がそんな事を思うのも筋違いかもしれないけれど…それでも溢れる気持ちは止められない。
「ん~私も手伝う?」
「いえ、これ以上マスターに迷惑はかけられません」
「別に迷惑じゃないけど。でもまぁ手を出すのも野暮かなぁ…じゃあ私帰るね?」
「はい」
「ちゃんと帰ってくるんだよ~」
「はい」
ひらひらと手を振りながらマスターは闇の中に消えて行った。
「さて、この期に及んでという感じではありますがもう一度だけ言います。私はあなた達と戦うつもりはありません。しかしこれ以上続けるというのならこちらも応戦させてもらいます」
「今さらな事を言うな!化け物め!」
ザンがいきり立ち怒声を飛ばしながら地面を蹴り、足元の泥や石が飛ばされてくる。
避けるとルティエの墓石が汚れてしまうので甘んじてそれを身で受けた。
同時に私の中で彼らに対する遠慮や情という物が完全にキレてしまった事を自覚した。
もしかしたらルティエは怒るかもしれませんが…もう私も我慢できそうにないですから。
「私の後ろに墓石があるというのに…もはや説得は意味をなさないと判断しました」
「上等だ!」
「言っておきますが死にますよ?」
「ぬかせ!」
ザンが剣を手に馬鹿の一つ覚えのように斬りかかってくる。
私は剣の間を縫うようにして体を滑り込ませザンの腹に蹴りを加えた。
独特な感触がしてザンが大量の血を口から零した。
なんてことはない…そう何ということは無いのだ。
かつて皇帝さんと戦ったマスターと同じで力が強くても技量がなければ怖くはない。
勿論それで言うのなら技量さえ圧し潰すような圧倒的力があれば話は変わってくるのだが…悲しい事にザンにそんな力はない。
「臓器の一つや二つ潰れましたか?人体の構造には詳しくないのでうろ覚えですが外からの刺激で血を吐くというのはかなり危険な状態だそうですよ」
「ぐぼぉえ!!」
「ザン!!?」
レミィとルツが慌ててザンの元に駆け寄るが心配することは無いでしょう。
案の定、神からの干渉を受けているザンの身体は再生が始まったようで血は跡形もなく消え、顔色も戻って行く。
やはり完全に倒しきるには使うしかないようです。
「惟神」
力を発動させると同時に先ほどのザンと同じように地面の土を蹴り上げレミィとルツの目を潰す。
「うっ!?」
「なに!?目が!」
「ここから先、もし死にたくないと欠片でも思うのなら私の姿を見ない事です」
私は縁を結ぶ人形。
マスターのためにマスターの外敵を排除するために「死」と「誰か」の縁を結ぶ。
そして死の世界に旅立った友達に私が焦がれてしまうから。
「だから私は全ての者と死の縁を結びましょう。万象傀儡遊戯 魂滅・アナタ呪イノ縁結ビ」
「なんだ…?」
回復が済んだのかザンが立ち上がる。
キョロキョロとあたりを見渡しているところを見ると空気が変わったのになんとなく気づいているのかもしれない。
「ザンさん。こっちを見てください」
「あ…?」
ゆっくりとこっちを見たザンの腕が少しづつねじ曲がり始める。
「な、なんだこれは…!?」
「ああ、やっぱり少しだけ耐性があるみたいですね。微妙に効きが悪い」
曲がってはいるが捩じ切れるまでは行かない。
「ぐぐぐっ!貴様の仕業か!?ちっ!おいレミィ!ルツ!手を貸せ!」
「やめておいた方がいいですよ。二人には忠告しましたが私を見ると確実に死にますよ」
やはり私の言う事を聞くつもりはないのか忠告を無視してレミィとルツを立ち上がらせるザン。
そして二人は言われるままに目の土を掃い…私の姿を見た。
「ひっ!な、なにこれ!」
「うぐぁああああ!?」
レミィは右腕、ルツは左脚が急速にねじ曲がっていき…数秒で胴体から離れた。
「なっ!?ルツ!レミィ!?」
「だから言ったのです、忠告しましたよ私は」
「この化け物め!よく二人を!!」
「はぁ…」
本当に話が通じない。
二人を今から対象外にしたとしても一度始まってしまった「縁結び」は止められない。
だから二人と縁が完全に結ばれてしまう前に全て終わらせましょう。
「10秒」
「あぁ!?」
「今から10秒であなたを半殺しにします」
「やってみ…!?」
空間移動を利用して一瞬でザンとの距離を詰めた後に手刀で腹を貫いた。
柔らかい何かが手に当たったのでそれを身体の中から引っ張り出す。
ずるずると長いそれは腸だったようだ。
「ア"ア"ア"!?!??!!」
痛みで叫びを上げそうになった口を塞ぐため顎を蹴り上げそのまま喉につま先を突き立てて破った。
足を戻すと同時に勢いをつけてもう一度今度はまわし蹴りを放ち顎を砕いた。
衝撃で吹き飛びそうになったザンの身体を掴んで引き留め、胸を裂いて中身を無茶苦茶に引っ張り出した。
「…ア…っ…」
最後に随分と軽くなった身体を地面に叩きつけてその顔に向かって拳を振り下ろし、終了。
「時間数えてました?だいたい10秒くらいだったと思いますが」
「…ビ…フ…カ…アッ…」
「これでわかりましたか?あなたは私に勝てないのですよ」
惟神を解除してルツとレミィを見ると…ギリギリ四肢が一本ずつ残っていた。
人は本来腕の一本でもなくなるとショック死するらしいですが…彼らはそこまで脆くはないと信じるしかない。
「聞こえてるかは分かりませんが頭を冷やしてみる事です。あなたがやっていたことは本当にあなたの意志ですか?仲間もあなたのせいでこんな目にあってしまいましたね。あなたは何がしたいのです?」
「…」
「私が言えたことではないですがルティエはそんな事をされても喜ばないと思いますよ。私はあなたに事実だけを伝えました。これ以上痛い目を見たくないのなら…今一度よく考えてみる事です」
三人を空間移動でハンターたちが拠点にしている街から近いところに移動させた。
ザンが回復すれば二人を運んでいけるだろう。
私はこの汚れてしまった丘を綺麗にしないといけません。
「お騒がせしましたルティエ。もしかしたらあなたは怒っているかもしれませんが…でもできる事はさせてください」
せっせと汚してしまった部分をできるだけきれいにしていく。
血が付いてしまった場所は…申し訳ないけど花を抜いて新しく種を植えていくことにする。
そうこうしていた時、不意に背中に小さく柔らかくて暖かい何かが触れた気がした。
「あ…」
それは一瞬で消えてしまったがその感覚は忘れるはずもない大切な友達のもののように感じた。
「…私は今日も元気ですよ」
こんな時粋なセリフを返せないあたり、マスターが言っていたように私はまだ子供なのだなと思った。
────────
クチナシとの戦いから10分足らずでザンはなんとか立ち上がれるほどには回復していた。
重たい身体を何とか引きづりながら大切な仲間だったはずのレミィとルツを抱えて町までの道を歩いて行く。
「俺は…何をやっていたんだ…」
敵討ちなんてものに取りつかれて大切な仲間をこんな目に合わせてしまった。
生きてる人間より死人を優先させるなんてことが許されるはずがない…しかし先ほどまでの自分はあの白い人形を本当に仇だと思い込んで倒すことしか考えられなかった。
そんな証拠何処にもありはしないのに…それどころか手心を加えられたところから見るに本当に…。
「ただの独りよがりだったのか…?くそっ!レミィ、ルツ!頼む死なないでくれ…!」
足に力を入れ、死なせるわけにはいかないと歩いて行く。
もう少しで町につく…そう気が緩んだその時だった。
それがザンの前に姿を見せた。
「ばぁ!こ~んに~ちは~!」
「こんにちは…」
それは小さな少女たち…いや小さく無垢な少女の皮をかぶった邪神だ。
「んふふふふ!クチナシちゃんにやられちゃった?やられちゃったんだ!痛そうだね?痛い?でもダメダメ。そんな程度で私のアマリに手を出したことは許されないんだから。ね~アマリ」
「…そうなの?」
「そうなの~!それにクチナシちゃんがいじめられてて嫌だったでしょ?」
「うん…嫌だった」
「じゃあほら、ね?めっ!てしなくちゃね」
「うん、め!ってする」
ザンは本能の部分で理解してしまった。
(――ああ、終わったんだ俺たちは)
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