第221話 クチナシ人形の縁切り遊戯
「同じ顔…?」
突然のマスターの登場にハンターたちも驚いているようで今にも襲い掛かってきそうだったザンはタイミングをずらされたからか足踏みしていた。
「えっと…あんまり話を聞いてる時間もなかったから状況がよく分からないんだけど、もしかしてうちのくっちゃんがお世話になった感じかな?」
マスターが私を背に庇うようにして立ち上がり、その赤い目がザンたちに向けられる。
やっぱり親子だ…マスターとリフィルはよく似ている。
身内を害されることを極端に嫌い、その原因は徹底的に排除しようとする。
「ま、マスター待ってください…その人たちは…」
「うん?」
私の声に反応してマスターが振り向いた時、それを隙とみたザンが飛び上がりマスターを斬りつける。
やはり何らかの強化を受けているようでとっさに身体を反らしたマスターの片腕がバラバラと音を立てて砕けていく。
やってしまったと私はひどく後悔した。
自分の主人に剣を向けていた者のアシストをしてしまった。
「マスター!ちがっ…わたしは…」
何も言われていないのに言い訳のようなもの口にしようとした自分を慌てて止める。
おかしい…本当に自分はどうしてしまったのだろうか。
もう本当に消えてしまいたいと思った。
マスターの役に立たないどころか不利益をもたらす。
ただの人形のくせにぐちゃぐちゃと訳の分からない事ばかり考えてまともに動けない。
生み出されたばかりの頃のただの人形に戻れば…そうだそれが良い…だけど…それを考えると心の底から耐えがたい何かがせりあがってくる。
寒くて震えるような、無いはずの心臓を握られるような…この感情はきっと恐怖。
なんて自分勝手なのだろうか…私は物言わぬ人形に戻りたくないのだ。
死にたくないと言い換えてもいいかもしれない。
幸せそうに笑っているマスターたち…その輪の中に自分がいないのが想像するだけで嫌だ。
それに死んでしまえば何もかもが消えてしまう…私に残ったルティエの想いさえも。
私は…どうすればいいのだろう。
結局はそこに戻ってしまった。
「クチナシ、大丈夫だよ」
「え…?」
顔を上げると片腕のなくなったマスターがザンの首を掴み持ち上げていた。
「うぐぁ…ぐっ…はな、せ…」
「ん~確かに力は強いみたいだけどそれ以外はあんまり強くないね?やっぱりくっちゃん手ぬいてた?」
マスターがおどけたように笑いかけてきた。
そのままザンの首を絞めていた手を離すとゆっくりと私の元まで歩いてきて座り込むでいる私に視線を合わせる。
ザンはよっぽど強く首を絞められていたのか地面に倒れ込んで咳き込んでいた。
「な~んて、私とあなたは繋がってるんだからなんとなくわかるよ」
「マスター…」
そう言って優しく微笑んだ後にマスターは私を優しく抱きしめた。
「よしよし、そうだよね~私よりしっかりしてるから忘れてたけどクチナシもまだ年齢的には全然子供だもんね。わからないこといっぱいだよね」
「…」
「それでいいんだよ。ちょっとずつちょっとずつ分かっていけばいいんだからさ」
「はい…」
お互いの硬く冷たい身体が触れて音を立てる。
マスターの身体は何故か温かいような気がした。
やがてマスターは私の顔を両手で包み込むようにして自分のほうを向かせて赤い瞳に不安げな表情の私の顔が映りこむ。
「でもね一つだけここで教えてあげる。優先順位を間違えちゃダメ」
「優先順位…?」
「そう、あのねたとえどんな状況でもね絶対に間違えちゃいけない大切な事があるの。クチナシなら分かるよね?私がこの世で一番大切だって言ってる物」
マスターの一番大切な物…それは考えるまでもなく魔王様だろう。
娘たちやメイラに…私の事も大切に思ってくれているとは思いますが順番をつけるとすれば間違いなくそこに魔王様が入るはずだ。
でもマスターがこういう時に一番大切だという物はきっと…。
「愛…でしょうか」
「そう!分かってくれて嬉しい。この世界で一番大切で…守らなくちゃいけない物。それは愛」
「愛…」
「だからクチナシもそれを守らないとダメなんだよ。前に話してくれたルティエちゃんが残してくれた大切なものを守らないと」
「でもマスター…彼らも…」
ルティエの話をするのならハンターたちもルティエが残したものになるのではないだろうか?
そうなるとやはり私は…。
「違うよ。その子が最期に言葉を遺したのは誰?その子が最期を一緒に過ごすと決めたのは誰?」
「それは…」
「ルティエちゃんが選んだのは、愛を残したのはあなた。だったらクチナシはそれを守らなくちゃだめ。そうしないと想いごときえてしまうんだから。あなたの大切な人の最期を覚えているのはあなたしかいないんだよ?だったらそれは意地でも守らないと」
「でもマスター…彼らも…彼らもルティエは…」
「それでも。それでも最期にその子が選んだのはクチナシ」
「ルティエが最期に選んだのは私…でもマスター…それをルティエは許してくれるのでしょうか…」
でもでもだって、まるで子供のようだ。
それでもマスターは私とうり二つの顔で優しく…まるで絵本に描かれる女神様のように微笑んでいる。
「許されることだよ。たとえどんなことでも愛のためならすべてが許される。私はそう思うよ。だからねほらクチナシ、悩むことなんて何もないの」
「悩むことなんてない…」
「うん、死ぬなんて考えちゃダメ。あなたは生きるの。それがあなたを愛してくれた人に報いるという事…そしてあなたの大切な愛を守るという事なんだから」
マスターのその言葉に私の中にあったモヤモヤが一気に晴れていくのを感じた。
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