第219話 クチナシ人形は守りたい

「驚きました。どうしてここが?」


内心の焦りをなんとか隠しつつ、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気のザンから情報を引き出そうと会話をしてみた。


あまりにザンの気配が大きすぎて確認するまで気が使きませんでしたが背後にチームの二人…レミィとルツの姿もあった。

二人は困惑しているような表情をしており、その雰囲気からも原初の神の影響は受けていないように見えた。


「俺にもわからん…だが貴様が確かにここに居ると直感でわかったんだ」

「なるほど…」


この場所はおそらくですがリフィルの手によって強大な隠匿の魔法がかけられていてクラムソラード…クララや皇帝さんでもこの場所の気配すら辿れないと言っていた。


それを人間であるザンが感じ取れたと…神の力のなせる業かはたまた執念か…とにかく今の彼は生半可な相手ではないと嫌でも理解させられた。


もし…もしも彼を相手にするとすれば惟神を使うしかない…だけど私の惟神は発動すれば辺り一帯に影響を及ぼしてしまう。

格下の相手をするのならまだ制御する余裕がありますけど…おそらくザンとの戦闘になればそんな余裕はない。

少なくとも後ろにいるハンターの二人は確実に殺してしまいます。


「…そうなると本気で相手は出来ないですね」


だが私の背後にはマスターたちの屋敷がある。

そして中にはリフィルとアマリリスがいる。


マスターと魔王様の愛娘…そして大切な友達から託された命。

何より目の前の彼らのためにも屋敷に被害を出すわけにはいかない。


「何をぼそぼそ言っている。今度は逃がさんぞ」

「少し話せませんかザンさん」


「なぜ俺の名前を知っている」

「知っていますよ…後ろのルツさんにレミィさんもよく知っています」


三人は少し驚いたような表情で私を見た。

無理もないですよね、あの頃とは見た目が違いますから。


「まさか嬢ちゃんから聞き出したのか?」

「いいえ。私はあなた達と一緒にいたのですよ。私は…ルティエと一緒にいたパペットです」


ザンは私をマスターと誤解していた。

という事は私がパペットだという事は知っているはず…ならばと私の正体を明かした。

これで少しは話を聞いてくれるかもしれない…そう思った。


「お前えええええええええええ!!!」

「なっ…!?」


突如として鬼気迫る表情で剣を振り上げ、ザンが襲い掛かってきた。

さすがに前のような醜態を再び晒すわけにも行かず、今度はちゃんと攻撃を回避する。


「ずっと疑問だった…お前からは嬢ちゃんの気配のようなものがずっとしていた。だが今ので確信したぞ!お前…嬢ちゃんの魂を喰ったな!?」

「ちがっ…!」


「ふぁけるなぁあああああ!!モンスター風情が!!」


私の言葉を聞かずにザンは狂ったように剣を振るい続ける。

そして私は彼の言葉を完全に否定することもできなかった。


私は確かにルティエの魂を喰ってここに居ると言われれば否定できないから…そして同時に私が彼女を殺したという事すら真実なのではないかと考えたから。

私はあの時…ルティエと初めて出会った時に彼女を格好の観察対象としか思っていなかった。



人の感情という物を理解するのに都合がいいと考えた。

最低限の治療は施したがその時はルティエの体質である魔法的干渉をほぼ弾くという事を知らずに治療ができていなかった。


あの時私が…すぐに人の町で医者に見せればまだルティエは生きていられたかもしれないと考えたことがある。


今さらそんな事を考えたって仕方がないのは分かっている…だけど…。


ルティエの状態は相当に酷かった。

私が気づいて医者に見せたってきっと結果は変わらなかった…でも変わったかもしれない。

そう考えるたびに私の胸の中には後悔という感情が渦巻いて肥大化していく。


ルティエを殺したのは…私かもしれない。


「お前が!お前が嬢ちゃんを!!絶対にゆるさん!ルツ!レミィ!何をぼさっとしている!!さっさと手を貸せ!!」

「待てよザン!いくら何でも説明が足りなさすぎる!」

「そうよ!最近あなたおかしすぎるわ!少し落ち着いてちゃんと話してよ!」


「うるせぇええええええ!!てめえらは嬢ちゃんの仇を取りたくないのか!?あんな小さな子がこんな醜悪なモンスターに殺されたんだぞ!?放っておけるのか!?」

「そういう話じゃ…!」


「いいから手を貸せ!このガラクタをここでぶっ殺すんだよ!」


ザンのあまりの剣幕にルツとレミィもしぶしぶといった様子で武器を手に取る。

どうやら原初の神の影響がかなり強くなっているみたいです。

これ以上は本当に危険だと分かっている…分かっているのに…私は完全に思考が行き詰っていた。


このままでは殺されてしまう。だけど彼らに手を出したくはない…この胸に残るルティエの思い出を壊したくはないから。

だけど放置するわけにも行かない…惟神を使えば戦うことは出来る。

でもザン以外の二人は確実に殺してしまう…しかしこのままいけば私は…。


「私は…どうすればいいのですか…」


頭がどうにかなりそうだ。

マスターに付き従う人形のままならこんな思いをしなくて済んだのだろうか?

そうだ…ただの人形に戻るのも…いいのかもしれませんね。


そうすればもう何も考えなくてもいい…それはものすごく…楽なことだ。


「クチナシちゃん…なにやってるの?」

「っ!」


いつの間にか屋敷からアマリリスが出てきてしまっていた。

騒ぎが気になって起きてきてしまったようだ。

そして間の悪い事に私に対してレミィの魔法が放たれており、アマリリスに気を取られて身体を反らした私を素通りして魔法は眠たげに目をこすっているアマリリスに向かって行った。


─妹を…お願い。


「ダメ…!!!」


なんとかギリギリのタイミングで間に合い、アマリリスを抱きしめて魔法から庇う。

幸いレミィの魔法では私の身体は傷つかない…はずだったがザンを通して何らかの力が働いているのか私の背中は一部が破損するダメージを負ってしまった。


「クチナシちゃん…?」

「怪我はなかったですか」


何が起こっているのか分かっていない様子のアマリリスはきょとんとした顔で私の顔を見ていた。

どうやら無事なようで安心しました。


「今…子供を庇ったの…?」

「あ、ああ僕にそう見えた…なぁおいザン…」

「だから何だ!?あのパペットを早く攻撃しろ!」


「子供がいるのよ!?」

「うるさい!早くしろ!」

「できるかよ!まずはあの子供の保護を…」


「グダグダ言うな!お前らがやらないなら俺がやる!」


ザンが大剣を手に私とアマリリスに近づいてこようとしたその時。


「んふふふふふ!なぁにをしてるのかなぁ~?」


頭上から幼い少女の声が聞こえた。

屋敷の二回の窓からニコニコとした笑顔でリフィルがザンたちを見下ろしていた。

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