第218話 クチナシ人形は縁を切れない

 時間は少しだけ戻り、リリが王国に旅立ってすぐの事。

クチナシは花の咲き誇る丘で小さく積み上げられた石を前に手を合わせていた。


「こんにちは。元気にしていましたか?」


その問いかけにもちろん答えるものはおらず、クチナシ自身も返答があるとは思っていない。

それでも彼女は自分の初めての友に語りかけていく。


「あれから色々ありました。毎日慌ただしくて大変です」


クチナシは石を軽く拭き上げて綺麗にしていく。


「またマスターには嘘をついてしまいました。魔王様からのお願いだったのもありますが何の意味もない場所にマスターを行かせてしまいました。それに龍神を勝手に匿ったのも…それが私は最善だとは思っているのですが裏切りには間違いないわけで…私は捨てられたりしないでしょうか?」


優しく風が吹き、クチナシの頬を撫でた。


「慰めてくれているのですか?あなたは優しいですね」


一通り掃除が終わったのちにリリが向かった場所の隣国で美味しいと話題だったジュースと一輪の花を添えてもう一度クチナシは両手を合わせた。


「それでは私は行きますね。また来ます」


クチナシは立ち上がると空間移動を発動させ、先ほどまでいた隣国に戻ろうとした…その時だった。

背後から何者かの気配…いやさっきを感じ振り向くと同時に咄嗟に手で身体を庇う。


「っ」

「ようやく見つけたぞ…!」


クチナシの腕に衝撃が走り、見ると成人の丈ほどありそうな巨大な剣が叩きつけられており、その剣を持っている人物はクチナシも知る人物…ハンターのザンだった。


「あなたは…」

「ずっとお前を探していた…今日ここで嬢ちゃんの仇を取らせてもらうぞ!」


最後にあったのは数年前にアマリリスを引き取った時だったがそのころと比べるとザンは明らかに風貌が変わっていた。


髪や髭は無造作に伸ばされ、どこかやつれており…しかし瞳は飢えた獣のようにギラついており異常な雰囲気を漂わせている。

しかしクチナシの関心はそこにはなく、ザンの放った言葉が気になっていた。


「嬢ちゃんとは…ルティエの事ですよね。仇とはどういうことですか」

「とぼけるつもりか?俺に力を授けてくれた人が言っていた…お前が嬢ちゃんを殺した犯人だとな!」


「力…?」


その時、ザンの腕が光り輝き、それを伝い大剣までもが輝いた。


「これは…まさか」

「滅びろ化け物め!」


ザンが大剣を振り上げ再び振り下ろす。

それは明らかに人間の限界を超えた速度で呆気にとられたクチナシは判断が遅れてしまい、片腕でその一撃を受け止めてしまった。


結果として仮とはいえ神の一種であるはずのクチナシの腕はびっしりとひびが入り今にでも砕けてしまいそうなほどになってしまった。


「ぐっ…!」

「行ける…俺の力は通用するぞ!」


再びザンは大剣を振り下ろそうとするが集中していればクチナシに避けられない速さではなく、今度は回避できる、そのはずだったが…。

大剣が振り下ろされようとした先、クチナシの背後には小さな墓石があった。


「ダメ!!」


自らの身体を盾に大剣の一撃を正面から受け止めた。

肩口から腹の中ほどにかけてざっくりと切られ、身体から破片と共に赤と青の液体がこぼれ落ちていく。


「ぐぁ…っ…」

「はは、はははは!待ってろ嬢ちゃん!今君の仇をとってやるからな…」


「その力…原初の神に接触したのですね…よりにもよって…」


いやおそらく自分を排除しようとして目をつけられたのだろうと考えた。

思考の誘導もされているようで厄介としか言いようがなかった。


クチナシは惟神を発動させこの場を切り抜けようとしたが彼女の中の記憶がそれを踏みとどまらせる。


彼女の魂…ルティエの記憶の中でハンターとして活動した短い時間はキラキラとした思い出で彩られている。

それを構成していた一人であるザンにクチナシは手を出すことに抵抗があった。


「…話を聞いてください。あなたは騙されています」

「うるせぇ!知っているぞお前…手配が出ている災厄級のモンスターだな」


「はい…?」

「調べたらすぐに分かったよ。長年殺戮の限りを尽くし神都で大量虐殺を起こしたパペット…お前と特徴が完全に一致する。あの貴族の屋敷での事件も貴様の仕業として捜査が進んでいる」


それはクチナシではなくマスターであるリリの事だったが屋敷での件は間違いなくクチナシの仕業である上にリリの事を説明するすべを持たないクチナシは反論することができなかった。

だがそれでもなんとか誤解を解かなくてはと行動する。


「それは私ではありません…それにルティエの仇とはどういうことですか」


まずザンの中でどういう事になっているのか、その把握が重要だとクチナシは判断した。


「お前以外に誰がいる!お前は嬢ちゃんのこの場所を知っていた…貴様のような滅ぼされるべきモンスターがだ!お前らはいつだってそうだ…俺の大切なもん全部奪っていきやがる…絶対に許さねぇ!」

「待ってください、話を…」


「俺はハンターだ!モンスターと話す口は持ち合わせていない!」


再び大剣を振り下ろそうとしたザンの姿を見てクチナシは風の魔法を発動させた。

なるべくこの場を荒らしてしまわないように指向性を持たせてザンの身体だけを少しだけ遠くに吹き飛ばす。


「ちぃ!」

「…お願いします。ここで戦うのだけはやめてください。ここはルティエが…」


「モンスターごときが気安く嬢ちゃんの名前を呼ぶんじゃねえ!お前は…あの子がどれだけ辛い目にあっていたか知らないくせに…よくも…よくも!!」

「知っていますよ…それこそあなた以上に」


「ああ!?」

「…これ以上は話しても無駄なようですね。失礼させてもらいます」


半ば逃げる用にしてクチナシは空間転移を発動させ屋敷に戻った。

その後はリリたちに合流して家族旅行に付き合っていたのだがその間もクチナシの心が晴れることは無かった。


そして現在…リリや魔王が出払っている屋敷の敷地内にザンが現れた。

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