第215話 人形少女という神様
≪メイラside≫
正直びっくりした。
ただものではないと思っていたけれどそれにしても教主様は強い…いや、強すぎる。
悪魔の身体だからこそわかる…この人は異常だ。
多分リリさんやクチナシちゃんほどではないとは思うのだけど悪魔さん達よりは確実に強い。
私の攻撃は全て躱されてしまうのも腑に落ちない。
どこから棘で攻撃しても、まるで全身に目があるかのように対応してくる上に稀に当たっても何故かダメージを与えられない。
そして何より向こうからの攻撃を防ぐことができない。
何の変哲もないように見えるナイフを投げられているだけなのだが何故かナイフは私の棘も、柱などの遮蔽物をすり抜けて確実に私に刺さりダメージを与えてくる。
悪魔である私に…ただのナイフが尋常ではない痛みを伝えてくるのだ。
「啖呵を切った割にはその程度ですか。たかが人間だと侮りましたか?私に言わせれば悪魔の分際でよく私に歯向かおうと思ったものですねと言ったところですよ?」
何処からともなく取り出したナイフを指で弄びながらニヤニヤとした笑いを私に投げかけてくるその姿に無性に腹が立つ。
「うぁああああああああ!!!」
自分の指を思いっきり嚙み切って血をばらまく。
飛び散った血の一滴は無数の棘となりでたらめに散っていき、広がっていく。
「美しくないですねぇ~そして邪悪だ。気づいているかは分かりませんがあなたのその能力…外にまで広がっていますよ?どれだけの命が散ったのか考えるだけでもおぞましい」
「黙りなさい!」
私のこの力は一度発動するとどんどん広がっていく。
始まりは数本の棘でもそれが誰かを突き刺し、そして流れた血は新たな棘となり次の血を求めて広がる。
正直自分でも好きな能力ではない…人を殺すことに特化した存在していてはいけない類の力だと思ってる。
いや、思っていた。
今ではもうほとんど何も感じなくて…人が死んでもご飯が増えたと思うくらいで自分がどんどん悪魔になっていくのが実感できる。
そして自分の中の人だった部分が消えていくことにも別にいいかと平然としてしまっている自分が怖い。
だから私はきっと自分の中で証明したいだけなのだろう…まだ私は人間なんだって。
私は両親の敵討ちをするという人らしい心を持った人間なんだって。
そうしないと大切な家族との記憶さえ薄れていきそうで怖いから。
「邪悪な悪魔よ、私が神に変わり慈悲を与えましょう」
投げられたナイフが胸に突き刺さり、後ろに仰向けに倒れた。
なんか…格好付かないけどこのまま死んでしまうのもありなのかもしれないと考えた。
私はどう考えてもこの世界にとって悪い物だから。
ずっとずっと考えていた。
私以外の悪魔…アルスさんに色欲さんに嫉妬さん…全て本人の気質はどうあれ人を一方的に害するような力を持った悪魔じゃない。
なのに私はどうだ。
人を食べないと生きていけない。
力を使えば多数に人が死ぬ。
今の私も見てもお父さんとお母さんは私を守ってくれただろうか…?
誰か…教えて。
すがるように空を見上げると…そこには美しく笑うリリさんがいた。
穴の開いた天井からこちらを覗き込むリリさんは差し込む日の光に照らされているからかいつもより奇麗で…美しくて…神々しく見えた。
「わたしの…神様…」
無意識に私の手は縋るように空に伸びた。
(大丈夫?)
距離があるのにも関わらずそんなリリさんの声が聞こえた気がした。
優しくて透き通っていて…不思議と安心できる声。
(教えてくださいリリさん…私は…生きていていいのですか…?)
そんな私の質問は声には出していないにも関わらず届いたようで、リリさんは少しだけ考えるようなそぶりを見せた後に少しだけ真面目な顔をして…。
(よくわかんないけど生きてていいと思うし、死んじゃだめだよ?)
きっとリリさんはよく考えずに言ったのだろう。
だけど私にはその言葉が何よりも救いで…心が一気に軽くなった。
「私は生きていていい…」
「先ほどから大丈夫ですか?突然おかしくなりましたが」
教主様が憐れむような視線を向けて来るけれどそんなことはどうでもいい。
「私の神様が私は生きていていいと言ってくれたの…だったら私は…生きていていいんだ」
だったらきっと私は力を使っても許される。
だってリリさんが私の存在を肯定してくれるから。
だから全部全部…許されることなんだ。
「あはっ!!」
その瞬間、私の中に残っていた人としての理性が吹き飛んだ音が聞こえた気がした。
────────
≪リリside≫
えらいことになった。
危なそうだったメイラに加勢しようかどうか悩んだ末に本人に魔法で聞いてみたのだけれどなんだか意味の分からないことを聞かれたので答えたら地面が揺れた。
いや私がいるところは屋根の上だから地面が揺れたのかは分からないけれどとにかく揺れた。
そして次の瞬間には夥しいほどの棘が見渡す限りの神都全体に一気に広がっていった。
「いぎゃぁああああああああああ!?」
「痛い痛い痛いいたいぃぃいいいいい!!」
その結果としていたるところから耳を突くような悲鳴が上がる。
意外と生き残ってる人いたんだなぁと妙な関心を覚えつつさすがにもう生き残りはいないかな?と思ったり思わなかったり。
だって本当に隙間が見当たらないほど国全体に真っ赤な棘が現れており、逃げるのはかなり難しそうに見えるからだ。
棘自体が少し綺麗に透き通っているのもあって幻想的で実にキレイな光景なもんでマオちゃんとか連れてきてたら喜んでくれたかな?
いや死体とかあるしムードも何もないからダメかな。
それはともかくとしてこの光景を作り出したメイラはと言うと何やら薄笑いを浮かべながらゆらゆらと立ち上がっており、どうやったのか無事な教主と向かい合っていた。
「ふふふっ…ふふふふふふふふ!」
「ちっ…邪悪な悪魔め…私の国がめちゃくちゃだ!」
「ええ、いい国でしたね…とっても「美味しかった」ですよ?」
「貴様ぁ!」
ちらりと覗くメイラの赤い舌が妙に艶めかしく見えた。
それにしても妙な感じだ。
教主から勇者くんとかに似たような気持ちの悪い気配を感じるし、それ以外にも何か…言葉では言い表せないけど不思議な何かを感じる。
メイラがあそこまで追い込まれるのも納得という感じだけど…なんだかもう大丈夫そうだ。
私は迫りくる棘を躱しながら、もう少し見守ることにした。
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