第209話 ある神様の御伽噺14
――新崎麗羅(にいざきれいら)は人を殺した。
幼いころに両親が離婚し、母親に引き取られたものの母親は麗羅の事をいないもとして扱った。
ただ憎い元夫から養育費という名の小遣いを巻き上げるための道具…それが母親にとっての麗羅だった。
しかし彼女はそれでも母親に愛されたかった。
何をされても文句を言わず笑い続けた。
学校では常に上位の成績をキープし、テストの度に満点に近い答案を母に見せた。
迷惑をかけないようにと高校に上がると同時にバイトを始めた。
だが母親は決して麗羅の事を見ることは無かった。
だけど次は、次こそは。
麗羅は努力を続けた。
ただ母親に愛してほしかったから…いや、一度だけでもいいから自分を見て欲しかったから。
やがて麗羅は有名な難関大学に首席で合格した。
誰もが羨み称賛するであろうそれを真っ先に母親に報告しようと家路を急いだ。
今度こそ…きっと母親は褒めてくれる。
もしかしたら幼いころ作ってくれたハンバーグを…もはや味も思い出せないくらい記憶の薄まったそれをもう一度食べられるかもしれない。
希望を持って家の扉を開いた麗羅が目にしたのは…知らない男と裸で抱き合っていた母親の姿だった。
麗羅の中で何かがプツリと切れた。
気が付くとその手に真っ赤になった包丁が握られていて…麗羅はその場から逃げ出した。
どこに行く当てもないけれど、とにかく逃げた。
何から逃げているのかも分からなくなって…ただひたすら走って…踏み込んだ先で迫っていたトラックに気が付けなかった。
そこからの記憶はあいまいで、誰かに罪がどうとか別の世界がどうのと言われた気がした。
そして次に目を覚ました時、尋常ではないほど美しい女性が麗羅を覗き込んでいた。
これが後にレイと呼ばれることになる少女の…始まりだった。
────────
衝動のままに殺戮を行い、それから数十年。
私は心を入れ替えてみんなの願いを叶える良い神様になろうと努力した。
今まではそれが人間たちのためと干渉を避けてきたがここは私の世界なので好きにすることにした。
「そんなに争いたいのなら争えばいい。殺し合いたいならば殺し合え。私が手伝ってあげるから」
争いごとが大好きな皆のために私は舞台と役者を用意してあげた。
「魔族にはさらなる力を。人族では簡単に太刀打ちできないほどの力を」
人族はもちろん魔族たちも驚いただろう。
突如として魔族たちの勢いが増し、いくつもの人族の都市を落とすことに成功したのだから。
人族の持つ武器や魔法では今の魔族たちには決定打にならずそれまでの優劣は一気に崩れた。
だがもちろんそれだけでは「皆」の願いを叶える事にはならない。
私は神様だからちゃんと人族側にも素晴らしい贈り物を用意した。
「人の中からは英雄が産まれるようにしましょう。あの子の欠片を持って産まれた人族に一騎当千の力を」
それこそ魔族たちが束になっても敵わない。
無敵の力を持つ英雄…勇者が産まれるように干渉した。
ね?素敵でしょう?
私はどれだけあなた達が争いたいのかを知った。
だからいつまでもいつまでも争っていればいい…すべてが滅ぶその日まで。
「本当はね?今すぐにでもあなた達全員皆殺しにしたいんですよ私は。だけど今はできないから…だから好きなだけ大好きな争いを続ければいい」
私の想いは無事に人間たちに届いたらしく、争いは日に日にその勢いを増していき両方にたくさんの犠牲者が出た。
あれらの総数が減るたびに胸がスッとした。
何の感慨もなく命が散っていくのが心底楽しかった。
同時に虚しかった。
いつまでたってもこの身を苛む気持ちの悪さと吐き気は治まらない。
だからそろそろ次の段階に進むことにした。
「本当にやるつもりなのか」
「ええ」
レリズメルドが心配そうに私の手を握る。
少しづつ…本当に少しづつ何年もかけて私は私の身体を解くようにして分解していった。
目に見えないほどの小さな粒子となって世界をめぐっていくために。
あの人の国での大立ち回りの後に少し調べた結果、レイの身体は勇者の力として世界をめぐっていることが分かった。
それは普段は捉えることは出来ないが稀に人の中に入り込み、勇者の力を発現させるのだ。
それを利用することで私は人族の中に英雄を作ることができている。
まぁそんなことはどうでもいい…まだレイがそこにいるというのなら私は迎えに行かないといけないから。
私の力をもってしても世界を漂うレイの欠片を集めることは出来ない。
だから私も同じように自らの身体を砕くことにした。
そうすればかなり確率は低いけれど偶然私とレイの力が結びつくことがあるはず…それを繰り返していけばいつか完全にレイを取り戻すことができるはずだ。
「そんなの…どれだけ長い時間がかかるか分かっているのか…?」
「分かっていますよ。でも…たとえ何千、何万年かかろうとも私はあの子を助ける義務があるのです」
何も気づいてあげられなかった、何もしてあげられなかった…だからせめてあの子を助けてあげないと嘘だ。
これは私がやらないといけない事なんだ。
そしてレイを取り戻したその時は…。
「全ての人と魔族を滅ぼす」
それまでは永遠に大好きな争いを続けていろ。
死ぬまで苦しめ、泣き叫べ…あの子の痛みを苦しみを少しでも味わって死ね。
「ああ…忘れてた。一応私の分身体のような物を残しておきますから魔族側に置いてうまく使ってください」
私だけど私じゃない存在…それに「アルギナ」と名をつけてレリズメルドに預けた。
レイの力は人間にしか定着しない。
脳無しの人間どもが争いの果てに絶滅して貰ったら困るのでそれをコントロールする存在が必要だったからだ。
簡単に終わってもらっては困る。
私は出来るだけ皆に苦しんでもらいたいのだから。
それにレイがどの人間に定着するか分からない以上は総数が減りすぎてしまうのは困るのだ。
もしレイの欠片が定着する人間がいなくなったら回収がほぼ不可能になってしまう。
それともう一つ…上から押さえつけるものがいなくなった途端に馬鹿な行動を始める野蛮な魔族を制御するために魔王という物をシステム化することにした。
実はレイの欠片は魔族には定着しない…というよりも取り込まれても一切の変化を魔族に及ぼさず、それどころか魔族に取り込まれた欠片はさらに小さく砕けてしまうことが分かった。
件の老人がレイの欠片を取り込んだのに私に手も足も出なかった理由がそれだ。
純粋に身体の中に力が取り込まれるために能力自体は底上げされるかもしれないが…勇者と呼ぶには程遠い。
これの対策として考案したのが魔王…。
魔族をベースに人族に近い存在を作り出し、かつこれに特殊な魔法を刻んで魔族からレイの欠片を回収するためだけに生きる人形。
今はまだ確実性に欠けるがいずれアルギナが完成させてくれるはずだ。
もし叶うのならそれを量産できれば楽になるのだけど…1から作り上げるからうまく行くのであって、すでに完成している人や魔族に組み込むにはさすがに無理がありそうだ。
そしてどういう理由かは不明だが欠片は…不幸な境遇に置かれている物に取り込まれやすい傾向があるらしい。
丁度いい、魔族の有り余る攻撃性を魔王に向けさせることで無駄を省きつつ欠片も回収できる。
自然な流れではなく創り出され、虐げられてレイの欠片を回収するためだけに生き、ため込んだ欠片が一定量になったら回収するために死んでもらう。
実に哀れな命だ。
さて…そろそろ始めましょう。
きっと長い旅になる…だけどもう一度あなたに出会うために。
許してもらえないかもしれないけれど…ちゃんと謝りたいから。
汚い物のなくなった世界で…今度こそあなたが笑っていられるように。
「では、ここでお別れですレリズメルド」
すでに身体の大部分は力の欠片となって世界に溶けた。
彼女を一人残していくのが少しだけ心残りにならないと言ったら嘘になる。
最後にもう少しだけ話しておくべきかなと思った。
しかし、
レリズメルドの大きな爪が私を襲った。
半端な身体では避けることができず、圧し潰されそうになる。
「…どういうつもり?」
「やっぱりだめだ。あなたにこんなことはさせられない。決断するまでに長い時間がかかってしまった私は愚か者だ。だが力が弱まったあなたなら私にも手はある。止めさせてもらうぞフィルマリア」
そう…あなたまでもが私の事を裏切るんですね。
「ならもういい。あなたもいらない」
始まりの樹が音を立てて崩れ始めた。
「なっ!?」
「残念ですレリズメルド。せめてあなたのためには残しておこうと思いましたが…まぁむしろスッキリしましたよ。さようなら私のたった一人の友達」
雲より高い位置まで伸びていた巨大な樹だ。
それが崩れればその真下にいる私たちなんてひとたまりもないでしょう。
それに余波で人間たちにも被害が出ますかね。
この樹が無くなることで色々影響が出るでしょうし。
「あはははははは!…それはすっごく面白い事ですね」
人が少なくなるのは困ると思ったばかりですが仕方がありません。
だってこんなに楽しいのだもの。
すっごく笑えるんですもの。
「…表情が動いてないぞ」
「…え?」
「待っていろ。私はここでは終わらん。絶対にあなたをいつか止めて見せる…あなたは私の…」
レリズメルドが最期に何を言おうとしたのか…樹が崩れた影響で分からなかった。
どうでもいいですけどね。
頬に一筋…水が通ったような気がするのは気のせいだから。
次に目覚めたときは…世界が終わる日だ。
そう思ったのに目覚めた後の世界は何も変わらなくて…相変わらず吐き気がする。
レイの欠片もまだまだ揃いきっていない。
まぁいい…どうせここまで来たらあとはエンディングまで一直線だから。
もしも私のここまでの歩みをお話にしたとして…それを読んだ者はこの物語にどういう名前を付けるのだろうか?
このどうしようもない喜劇を。
「あぁめんどくさい…つまらない…だから全部終わらせましょう。皆さんもつまらない話をいつまでも見ているほど暇ではないでしょう?」
──絶望と呪いを振りまき、己にナイフを突き立てながら、全てに幕を下ろすためフィルマリアは刀を手に歩き出すのだった。
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