第208話 ある神様の御伽噺13
私は今日まで何をやってきたのだろうか?
その昔一人で何もない世界を歩いて…あの時は今思えば異常な孤独感に苛まれていたなと他人事のような感想を言ってしまうくらいには昔の出来事だ。
だけど…それに比べて今はどうだろう?私の世界はもう私一人じゃなくて…たくさんの生命たちが過ごす場所になった。
その結果が今私の眼前に広がっている光景だ。
「死ね!汚らわしい人族どもめ!!」
「舐めるな!卑しい魔族どもが!!」
人族と魔族が武器を手にお互いを傷つけあっている。
どうやら魔族の侵入を許してしまったらしく、この短時間でのどかだった場所が血みどろの戦場へと変わってしまっていた。
何より私の目を引いたのは今まさに倒れた人族にナイフのような物を振り下ろし笑っている魔族の少女。
それは私が先日助けた魔族の姉妹だった。
「あははははははははは!!!死ね死ね死ね死ね死ね!!!」
血に濡れて狂ったように笑う少女は以前出会った時の気弱そうな感じは鳴りを潜めて別人のようだった。
だがそんな魔族も次の瞬間には横から別の人族が突き出した槍に貫かれてその生を終えた。
私の世界は一体どうなってしまったのだろうか?
私は何を守ろうとしていたのだろうか?
なんだかもう…すべてが馬鹿馬鹿しく思えてきて…。
「ちっ!フィルマリア、とりあえずここを離れよう。巻き込まれてはたまらない…ん、おいそれどうしたんだ?」
「はい…?」
レリズメルドが不思議そうな顔で私の懐を指さした。
なぜかその部分が淡く光っており、手を入れて取り出すと唯一手元に残ったレイの石が光っていた。
「これは…」
その石を見つめているとまるで身体に電流が走ったかのように衝撃が走り、視界が揺れた。
それと同時に私の中に映像が流れ込んできた。
時間にして一瞬。
だがその一瞬で私はレイの人生を体験した。
あの子が生きてきた中で積まれた記憶が全て私に流れ込んできたのだ。
その中で…レイの記憶の中に映る私は楽しそうに笑っていて…記憶から伝わってくる感情は喜び。
「あの子は…私の事を…好きでいてくれたんだ…」
知らずの内に涙がこぼれた。
私の独りよがりではなかった。
その事実が何よりうれしかった。
だが私とレリズメルド以外の記憶は苦痛に満ち溢れていた。
私たちの目を盗み、虐げ嘲り笑うな魔族たち。
私のためにと私の手を離れ人の国に出てからはまさに地獄だ。
無理やり頭をいじられ、屈辱の中で尊厳を踏みにじられ…助けを求めても周りに居る人族は興味深そうに記録を取るばかり。
なんて…なんて醜悪なのだろうか。
汚らわしくて…おぞましくて…臭くて気持ち悪い。
そしてもう一つ…あの子をあの子たらしめていた記憶…それを詳しく覗く前に私は再び嘔吐してしまった。
「おい!くそっ…目立つがもうそんな事を言ってる場合じゃないか!フィルマリア、今から龍の姿に戻るからここを離れるぞ!そんな状態じゃまともに歩けないだろうから、」
「いえ、大丈夫です」
慌てるレリズメルドを手で制してゆっくりと立ち上がる。
もうダメだ、我慢できない。
「フィルマリア…?」
「ねえレリズメルド…私はもうダメみたいです」
「何を言っている?」
「もう気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がない。私の世界を汚す生ごみを…処分しないと」
そこからはもう衝動だけで動いていた。
両手に持った刀を無我夢中で振るって目につく人と魔族という動く生ごみを処分していった。
何やらギャーギャーとうるさいが耳触りだったので声を上げた者からすぐさま斬った。
だって気持ち悪いのだもの。
吐き気が止まらない。
不快で不愉快。
あぁああああああうるさいうるさい。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
臭い汚い。
視界に入るな、耳障りな音を出すな。
どうしてそんなに醜悪な姿をしているの。
もういいからとにかく私の世界から消えて。
真っ赤な血も、ピンク色の臓物も全てが不愉快だ。
斬って斬って斬って斬り続けた。
ひたすら刀を振るい続け私の静かな世界を取りもどすために前も後ろも分からないままで…。
「フィルマリア!!!!」
「っ…」
いつの間にか目の前に白銀の龍がいた。
「止めるつもりですかレリズメルド」
レリズメルドに思うところはない。
むしろこんな私によくここまで心を砕いてくれるものだと思っている。
だけど…私の邪魔をするのなら…。
「止めるも何もあるか…周りを見て見ろ」
私の周囲はいつの間にか海になっていた。
真っ赤な水で満たされ、魚のように臓物が泳ぐ気味の悪い海。
「あはっ!ふふふふ…あははははははははは!!」
気持ちの悪い光景のはずなのに、不思議と笑いがこぼれた。
可笑しくて可笑しくてたまらない。
そして同時に…。
「う、ぉぇ…」
気持ち悪くて仕方がない。
血の海の中に私が吐き出した黒いものが混ざっていく。
完全に壊れてしまったのが自分で分かった。
だから…せっかくなので私は行ける所まで行ってみることにした。
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