第207話 ある神様の御伽噺12
「フィルマリア!おい!しっかりしろ!なにがあったんだ!?今のは一体…」
何も知らないレリズメルドが私の事を起こそうと手を伸ばしてくるがどれだけ支えられようとも、もはや私には立ち上がるだけの気力すらなかった。
「うぉぇ…!」
それどころかお腹の奥からせりあがってくる衝動に抗えず、再び黒い何かを吐き出し続けた。
その度に私の中で大切な何かも同時に流れ出ていくような感覚がする…いや、もはや私に大事なものなんて何もないのかもしれない。
「フィルマリア…!とりあえずこの場から離れよう。あんまり長居するわけにはいかないぞ」
彼女は至極当然のことを言っている。
だけれど私は…もう何もかもがどうでもよくて、このままここで消えてなくなってしまいたいと思った。
「もう…放っておいて…何もかもがどうでもいい…」
「私にはどうでもよくないんだよ…!こんな状態のあなたを放っておけるもんか」
「レリズメルド…」
「とにかく行こう。状況は分からないが諦めるな。あなたは神様なんだから…きっと何とかなる」
「そう、ですね…そうかもしれませんね…」
私の視界の隅で何かがきらりと光った。
それは私が持っていたレイの石だった。
そうだ…まだあの子は完全には消えていない…何とかなる可能性はあるかもしれない。
私が手を伸ばしてその石を回収しようとした時、複数の足音が聞こえてきて部屋の中に誰かが侵入してきた。
「おいおい!これは…」
「大変なことだぞこれは…!主人にどう言えば…」
その声が異常に耳障り聞こえた。
またもや耐えがたい吐き気に襲われて…何とかこらえながら声のしたほうを見ると見覚えのある顔が見えた。
「レリズメルド。本当に私が眠ってから100年もの時間が経っているの?」
「ああ…間違いないはず…だが」
私がそんな事を言ったのはもちろん理由がある。
部屋に入ってきた数人の男女…それはレイが私に剣を向けたその時にレイと一緒にいた人間たちだったのだから。
100年経っているのなら彼らも死んでいなければおかしいじゃないか。
よしんば死んでいなかったとしても「見た目が全く変わっていない」などありえない。
「貴様ら何者だ!自分たちが何をしたのか分かっているのか!?」
「待って、問い詰めるのは後よ。今はこのことを報告しないと…」
「そうだな。しかし厄介な事になったぞ。見るからに験体はおそらくすでに霧散してしまってる…これからどんどん勇者が現れてしまうぞ…」
勇者が現れる…?
それは一体どういう事だろうか?何かが引っかかる。
私は彼らに話を聞かなければならない。
「それはどういうことでしょうか」
力の入らない身体を無理やり立ち上がらせる。
「どういう事だと?知らずにアレを解き放ったのか!?何と愚かな…」
「ならば知るがいい!自分たちが何をしてしまったのかを!」
「お前たちが今しがた解き放ったのは勇者の力だ!特殊な処置をして「輝石」という固定された物質として取り出していたのにもかかわらずお前たちはその処置を行わないまま放流してしまった!」
「そしてそれは力の無差別な流出を意味する。輝石の形をとっていなくてもあれは力の塊だ…なくなったように見えても大気に溶けて欠片としてそこに存在する。それが無制限、無差別に魔力等を通して見知らぬものに吸収され意図しない勇者の力を持ったものが産まれてしまうのだ!」
彼は興奮しているようで長々と良く分からないことを怒鳴るように力説している。
あまり理解は出来なかったが…ただ一つ。
見えなくても存在しているということだけ私の中で一筋の光のように希望が差し込んだ。
まだあの子は完全には消えていない…?
「それなら急がないと…」
まだ私にはやれることがあるかもしれない。
足は重く、吐き気も治まらないけれど…私は絶対にあの子を助けなければいけない。
「どこに行くつもりだ。お前たちには一緒に来てもらう」
「暴れるならケガの一つや二つは覚悟してもらうぞ」
男たちが私の道を塞ぐようにして立ちふさがる。
邪魔だ…目障りだ…あぁそういえばあの日記が本当なら…こいつらもレイをめちゃくちゃにした当事者だ。
それならばきっちりと償ってもらわなければならない。
いや、あの子に何もしてあげられなかった身として…私があの子の無念を晴らしてあげなければならない。
だから…。
「邪魔」
刀を横に一振り。
なるべく苦しんで死ぬようにしてあげたいけれど…今は時間がないから。
私は地面に倒れた男たちをしり目に外に出ようとしたのだが…何かがおかしかった。
「ああ…そういうこと」
今しがた切り捨てた男たちをよく見るとそれは生身の人間ではなくパペットの身体だった。
道理で見た目が変わらないはずだ。
まぁそんなことはどうでもいい。
はやく…はやくレイを迎えに行かないと。
私はふらふらとした足取りで外に出た。
おそらくだがレリズメルドも後ろからついてきている。
薄暗い地下にいたからか、外の日差しがうざったいほどに眩しい。
そして恐ろしいほどの耳障りな…人間たちの喧噪。
あぁうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
今すぐこの場の全員を切り捨てればスッキリするだろうか?
そんな考えにとりつかれそうになった時レリズメルドが不思議そうにつぶやいた。
「なんだ…?何か騒がしいな」
「…そうですね」
暗い考えを振り切って、私たちは何やら騒動が起こっているらしき場所に向かった。
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