第204話 ある神様の御伽噺9
――冷静じゃない、まともじゃない。
自分の精神状態が明らかにおかしいのは良く分かっている。
だけど止まれない。
胸が…いや身体中が痛いほどに脈打っている。まるで私の中で何かが暴れているようだ。
吐きそう…吐いてしまいたい…だけどそれですべてが終わってしまいそうで…。
「フィルマリア」
「…なに」
「せめて行くのなら変装しよう。あなたは少しばかり目立ちすぎる」
「…そうですね」
私はよく特徴的だと言われる髪を一撫でしてその色を薄い黒に変えた。
「これならいいでしょう」
「念のため頭からローブも被っておこう」
「そこまですると逆に怪しくないですか」
「…そうかもしれんな」
話もそこそこに私たちは目的の地…人族たちの国に向かった。
面白いもので殺伐とした雰囲気だった魔界周辺から人族のテリトリーに近づくにつれてどんどんと平和なものになっていく。
争いを繰り広げているというのに有利な方と負け越している方でここまで違うものかと不思議に思えてくる。
そして目的の国が目前まで来るとそれは顕著になり、もはや魔族との争いが起こっているとは思えないほどの平穏がそこにはあった。
「うっ…!」
「お、おい!大丈夫か…?」
理由のわからない強烈な吐き気が断続的に襲い掛かってきて足が止まってしまう。
レリズメルドが背中を優しくさすってくれるがどうしても収まってくれない。
「大丈夫…です。先に進みましょう」
「あ、あぁ…」
魔法を使い移動しているのもあってかなりの距離があったが数時間もしないうちに目的の国にたどり着いた。
入り口で止められたがレリズメルドがかなり口がうまく、無事私たちは入国することができたのだが…。
「なに…ここ…」
「どうした?なにか感じるのか?」
感じるというか…どこかにレイがいる。
間違いなくレイ本人の気配が感じられるのだけどとにかく奇妙だ。
そこにいるのに…そこにいない。
言葉にするとさらに訳が分からなくなって…私はもう耐えられなくなり、衝動のままにレイの気配が最も強く感じられる場所に向かった。
わき目も振らずに移動したのでかなり目立ってしまったかもしれない…レリズメルドも振り切ってしまった。
でもそんな事にすら私は気を裂くことができない。
そうしてたどり着いた場所は不思議な空間だった。
国の中央に鎮座していた細長い塔のような建築物…厳重に封鎖されていたその場所に特に苦労もなく侵入した。
見た目に反して内部は地下に向かって道が続いており、下のほうからレイの気配が強烈にしていた。
ドクンドクンと胸が跳ねる。
呼吸を乱れて息苦しい。
一歩進むごとに引き返したい気持ちでいっぱいになる。
この先にある物を見てはいけない…私の無意識の部分がそう語りかけてくるがそれでも足は止まらない。
やがて一際重厚で大きな扉がある部屋にたどり着いた。
魔法による封印が施されているらしく鍵穴などは無いにもかかわらず扉は固く閉ざされている。
勿論そんなもの私には何の意味もなく…扉は私が手をかざすとひとりでに開いた。
そこは異様な部屋だった。
地下だというのにわずかではあるが明かりがともっており、壁には無数の本が棚に収められている。
床と天井さらには本棚の隙間から覗く壁にまでびっしりと魔法陣が描かれている。
そして部屋の中央には大きな円筒に黒い布が被せられたようなものが存在感を放ちながら鎮座している。そこからは…確かにレイの気配がした。
「レイ…?そこに…いるの…?」
黒い布に手を伸ばしたが、バチッと一瞬電流が走ったかのようにして私の手が弾かれてしまった。
ここを封鎖していた魔法よりもさらに数倍強い封印が施されているようだ。
それも解除しようとした時、黒い布の前面に浮かぶようにして文字が現れた。
「「この封印を何人も解くべからず…ここにあるのは人類の希望である」…?」
その文字を読み上げると、気が付かなかったけどその前方にあった小さな台に乗せられた古い本が淡く光だし、ひとりでにページが捲れた。
震える手でその本を取り、導かれるようにして内容を読み進めていく。
本の内容は日記のような…何かの記録のような描き方をされており、一人の人族の記録が綴られていた。
どうやら執筆者は軍に所属していたようで、最初のほうは魔族との戦いにおいて力で劣る人族がどうやって対抗するべきかなどの戦術や行われた会議の内容に対する主観などが書かれていたが、ある日を境に様子が変わった。
その日付は…私の記憶が確かならレイが魔界を出て行ってから数か月後の日付となっていた。
「私の元に一人の少女が訊ねてきた。魔族と共に歩める道を探したいなどと今時幼い子供ですら口にしない妄言を吐く娘だった。しかし旅をしていたという娘に私は興味を抱いていた…何故ならその身にもつ雰囲気が我々とはかけ離れていたからだ」
違う…そんなはずはないと思いながらもそこに記された少女の正体の事をなるべく考えないようにして本を読み進めていく。
「少女に適当に話を合わせ、身体検査をしてみたところその身体に恐ろしいほどの特殊な力を秘めていることが明らかになった。これは過去に観測されたという「神」の力に酷似していた」
手が震える。
視界が定まらず、ぼやけていく。
それでも私の指はページをめくっていく。
私の目は字を追い、頭はその内容を理解していく。
「私はこの少女に希望を見た。彼女の力を我ら人族の物にできたのなら…まさに神を超える力を得ることにつながると」
私はこの次のページをめくったことを心底後悔することになる。
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