第205話 ある神様の御伽噺10

『私は娘の力の正体を突き止めるべく、その素性を探ったが「旅をしていた」の一点張りでどこから来たのか、出身地、身の上など一切を話そうとはしなかった。しかし私も研究職に就く身として馬鹿ではないと自負している。故になんとなくだがその事情を推測することは出来る』


繊細そうな細い字で書かれた文字を読み進めていく。

ただの文字列なのだから当然なのだがおおよそ人間味という物が感じられないという印象を受けた。

繊細そうとは言ったがむしろ無機質と言ったほうがいいかもしれない。


『本来我々人族がこの娘のような力を先天的に持って産まれるとは考えられない。ならば可能性があるのは後天的にそういう事が起こる環境にいたという事。検証ができないので何とも言えないが幼い時よりそういう環境に置かれたのなら…魔力という物が身体に定着する過程で神に似通った力を得ることもありうるかもしれない。そしてこの世界でそんな環境が産まれそうな場所があるとすればそれはあの巨大な「始まりの樹」の側だろう』


もしこれが本当にレイの事ならこの執筆者の仮定は当たっていることになる。

しかしレイにそんな力があっただろうか…?


「あの子が何ができるのか…そんな事すら私は知らなかった…」


私は頭に響く母親失格という言葉を振り切るように日記を読み進める。


『今だ絶滅に至らない魔族は始まりの樹の周辺で発見されることが多く、そこに生き残った魔族たちが住んでいるのではないか?と長年言われてはいるが神聖な場所故に強硬手段に出るとうるさい者が出てくるのもあり調査は出来ていない。そこで始まりの樹の周辺に魔族の国があると仮定すれば…あの娘は魔族に育てられた可能性が非常に高い。それならば出身を頑なに口にしないのも一応は納得できる』


違う…あの子を育てたのは私だ。

ほら、この日記に書いてあることは全然あっていない。

でたらめだ…だから大丈夫。


『人と魔族の和解を口にするのが不可解だが仮定が全て間違っていないとして考えると…おそらく魔族側にも私のようにこの娘に目を付けた者がいるはずだ。こんな愉快な実験体がいるのだから。まぁしかしこの娘はおそらく魔族に何かを吹き込まれて何らかの作戦の遂行中、もしくは逃亡してきたというところだろうか?だとすれば哀れだ。救ってあげなくてはならない』


無意識のうちに日記を持つ手に力を入れてしまっていた。

しかし保護の魔法がかかっているのか日記には傷一つつかなかった。

壊そうと思えばいくらでもできるがまだその時ではない。


『最悪だ、裏切られた気分だ。あまりにも頑なだったのでリラックスさせてから軽い催眠状態にしてみたのだが…まさか本当に人と魔族の調和を望んでいるだけの娘だったとは…しかもやはり魔族に育てられていたようで『お母さん』という存在にやけに固執していた。…この娘は力を持っているゆえにその言葉にも力を持ってしまうかもしれない。それではいろいろと困るのだ。いいだろう。さすがに遠慮していたがこれなら遠慮なく実験に使えそうだ』

「催眠…?待って…いったいレイに何をしたの!?」


慌てて私はページをめくった。


『最初はイラついたがこの娘が私の元に来たのは結果的に私にとって有益となった。いやそれどころではなくもはや彼女無しでは私の計画は成功しなかったと言い切れるほどだ。彼女から聞き出した話を元に上層部に話をつけた。いよいよ始まりの樹の調査に乗り出せる。そしてもう一つ…少量だが娘から無理やり抽出することに成功した神の力の実験もできる。実に素晴らしい。まぁ一つ誤算というかやりすぎてしまった点として無理やり娘に協力させるために頭をいじりすぎてかなり不安定な状態になってしまった。ここは反省点だ。だがむしろ好機ととらえ彼女を道化に仕立てられないだろうか?』


違う…ここに出てくる「娘」はレイの事じゃない…だから大丈夫…。

自分にそう言い聞かせるたびにお腹の奥から何かがせりあがってくる感覚が私を襲う。


『幸い見た目もいいし、実験の仮定で神の力を引き出せるようにもなった。人々を先導する役目を立派に果たしてくれるだろう。子供の本に出てくる「勇者」とでも名乗らせようか?』

「違う…絶対に違う…レイじゃない…あの子じゃない…!」


『やはり何事も見方を変えればいい方向に捉えられるようで、精神がほとんど壊れている娘に命令を刷り込むのは思ったよりも簡単だった。「住んでいた場所まで私たちを案内し、可能ならそこで一番偉い物を殺せ」物は試しにとそんな命令をしてみた。私の手の者も同行させるので危なくなったら連れ帰ってくれるだろう。もしもここで最近目撃されたという魔王でも討ち取ってくれれば最高だ』


勇者…魔王…その二つの言葉が頭の中で渦巻き、抑えきれないほどに吐き気は強くなる。

そして…ついに私は決定的な記述を見つけてしまった。


『まさか本当に魔王を倒すとは思わなかった。本当に素晴らしい。魔王の死体を持ち帰れなかったのだけが残念だがまぁいい。これからの実験が楽しくなりそうだ。そういえばあの娘は魔王を殺した後から完全に精神が死んでしまい、もうどうしようもなくなってしまった。だが身体が残っていればいいので問題はない…さてこうなると娘とか彼女と呼ぶのはいささかはばかられる。もはや意思を持たない実験材料なのだからわかりやすいように識別コードを用意したほうがいいだろう…あぁそういえば名前を名乗っていたな。なんだったか…そう、レイだ。今日よりこの肉塊を…神の力を持った素晴らしい素材をレイと呼称することにする』


その瞬間、まるで時が止まったかのように感じられた。

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